蒼天の雛竜と星喰いの王国

蒼天の雛竜と星喰いの王国 第8話「第七章」

王都の議場は、想像以上に大きかった。石の床に広がる席列と高い天井、その中央を覆うように描かれた壁画が、訪れた者すべてを見下ろしている。壁画の図柄は初代竜騎士とされる人物と、白銀に輝く大きな翼。だがよく見ると、翼の片側にだけ細い亀裂が走り、そこだけ絵具が剥がれて下地の灰色が覗いていた。欠けた部分は、後世が見たくなかった何かを隠しているように見える。リュネはその欠落を、胸の奥で冷たい針のように感じた。

王都の議場は、想像以上に大きかった。石の床に広がる席列と高い天井、その中央を覆うように描かれた壁画が、訪れた者すべてを見下ろしている。壁画の図柄は初代竜騎士とされる人物と、白銀に輝く大きな翼。だがよく見ると、翼の片側にだけ細い亀裂が走り、そこだけ絵具が剥がれて下地の灰色が覗いていた。欠けた部分は、後世が見たくなかった何かを隠しているように見える。リュネはその欠落を、胸の奥で冷たい針のように感じた。

「諸君、時間だ。アルヴェイン家の娘――リュネ・アルヴェインと、その仲間たちの訴えを聞く」

議長の木製槌が一度、低く叩かれた。音は巨大な空間に吸い込まれ、反響が長く残る。けれど、その反響の切れ端がどこか細く、まるで誰かがひとさし指で弦を弾いたかのように僅かに震えただけで消えた。リュネはその消え方を、前世の耳が覚えている──嵐の前、いくつかの波形が一つずつ消えていったあのときと同じだと直感した。

ミレアが先んじて書類を差し出した。紙の端から端まで、塔が記録した生の数値と、上級研究員によって書き換えられる前の原本の写し。年ごとの裂け目の位置、大気の磁場の微かな偏差、色彩と音の欠落が現れる周期表。数字の羅列は冷たく、しかしそこに一貫したパターンがあった。リュネは指先で一行ずつ追いながら、ミレアが眠れずに夜中に震えながら書き残したであろう筆跡の揺れを思った。あの子の顔が、ほんの一瞬だけ青ざめる。

「こちらが我が塔の原本である。上級は数値を修正し、災害の移動を『錯誤』と結論づけた。しかし実際には、空域が帯状に移動し、王都の避難路を繰り返し侵食している。市民への警告を禁じるのは、記録を押しつぶす行為だ」

ミレアの声は震えていた。彼女は制定された論文の言葉遣いではなく、実地の観測者としての言葉で語った。議場の一部席が微かにざわつく。だが議長席の向こう、王都の貴族たちの表情は硬い。記録がどうであれ、秩序と名誉を守ることが彼らの優先だとリュネは知っていた。

カイは、鳥籠のような箱を抱えて出てきた。中には試作の補助具――薄い鉄と革のブレース、可動する関節と、そこに取り付けられた小さな音響器具が詰まっていた。彼は箱を台に置き、丁寧に一枚の翼膜片を広げた。それはノアの翼から剝がしたごく小さな断片だった。布のように薄く、触れると指先にわずかな振動が伝わる。

「通常の鞍は、翼の微細な波動を殺す。ノアの翼は形が違うだけでなく、膜の張力が通常の枠組みと合わない。ここをこうして逃がすと――」カイは言葉少なに手早く取り付け、装置を小さく動かす。微弱な鐘のような音が一度だけ鳴った。音は空間に細い波を描く。その波が消える前に、ミレアが指差した紙の上にある赤丸の位置と一致するように空気が振れた。

議場の一角から、冷笑が漏れた。高位の兵士たちが顔をしかめる。リュネは察した。ここで彼女が《予兆編み》を働かせてしまえば、目に見える証拠として一瞬の「未来」を描き出せるだろう。それは誰の疑いをも掻き消すはずだ。しかし、使用の代償が脳裏に刺さる。灯としての母の声、前世の同僚の名、彼女が灯だった頃の小さな観測所の入り口の色――それらが一つずつ薄れていくことを、リュネは知っている。ここで失えば、彼女は王都の誰よりも早く知らせる女にはなれるかもしれないが、その代わりに自分が灯として持っていた理由、もっと早く知らせたいというあの手の震えが消えるかもしれない。

彼女は黙って、胸の鼓動を聞いた。鼓動はリュネとしての今の体に刻まれたものであり、灯としての声とは違う。だが灯の記憶は、ここに来るまでの観察の力の片鱗として残っている。それを使い切るのは、その後の彼女を根こそぎ失うことだ。リュネはひとつの判断をした。自分は証拠と理性で戦う。能力は最後の最後、どうしようもないときの切り札にする。

「我々の説は、観測と物理に基づいている」リュネは低く、はっきりとした声で言った。彼女の言葉は議場の空気を割った。小さな、しかし確かなものがそこにあった。雨雲の前の湿り気、帯状に移動する音の消失、井戸周辺の黒い水面に映った影。あらゆる断片を繋げるための線は、前世の観測技術が磨いた目でなければ見落とされただろう。

「まず、色と音の欠落は単発の異常ではありません。ミレアのデータが示すように、北西から南東へ、同じ帯状の軌跡を描いて移動しています。これは偶然ではなく、何らかの場の構造が動いている証拠です。次に、我々が収集した物証――カイが持ってきた鱗粉、現地の水面に浮かんだ黒い紋様、改ざん前の観測値、この三点が一致する。誰かが意図的に記録を消し、現象の原因を覆い隠している可能性を排除できません」

言葉を積み重ねながら、リュネは垂直に伸びる壁画を見上げた。初代竜騎士の翼の欠けた部分が、まるで彼女たちの訴えを冷たく切り捨てているように見える。あの欠損は、王家が過去に何かを隠してきた証かもしれない。だがそれをここで口にすれば、彼女はただの陰謀論者として殺されるだろう。彼女は事実に基づく言葉だけを操った。

しかし、力ある者の疑心は容易に消えなかった。議場の右手で、アルヴェイン家の長――彼女の父が立ち上がった。王都の面前で父の顔が蒼ざめる。それは、彼が自分の家名の重さを知っているからだ。長年にわたりアルヴェイン家は名門として、契約竜を通じて王国の信頼を得てきた。その信頼は一点たりとも揺らいではならない。

「娘にそんな話を信じる余地はない。記録の改ざんだと?」父の声は低く、しかし会場を支配する。彼の目がリュネを捉えると、そこに見えるのは失望と恐れだ。リュネはその視線に、己の無力さを噛み締めた。彼女は家族や血筋に救われた者とは違った。彼女はいつも、結果でしか評価されない存在だ。

「街の秩序をかき乱す者を、我が家が擁護するわけにはいかない」父は宣言した。彼の言葉は鋭利な刃となり、リュネの周りを通る空気を切り取った。観衆のざわめきが一斉に後退し、陰口が木陰の風のように広がる。ミレアの顔が青ざめる。カイは無言で拳を固めた。

彼は続けた。「リュネよ、あなたはアルヴェイン家の娘である前に、王都の一員である。もしあなたの行動が家名と我らの信用を損なうならば、家としての処分を免れぬ。よってここに宣言する。娘リュネ・アルヴェインは、当家の正式な後継候補から外す。家の施設への立ち入りを禁じ、家屋の金庫の利用を停止する。これが王都が安定を望む以上の私の選択だ」

その言葉は駄目押しの砲声だった。リュネは頬を伝う熱に気づいたが、涙ではない。怒りでもない。むしろ、冷静な哀しみが体の内側で広がった。父が自分を切り捨てることは、彼女にとってどこか予想の範疇にあった。愛情は常に「家名」と結びつけられていたのだ。リュネは何も言わず、頭を下げた。誇り高い者の前で、自分の小ささをさらけ出すしかなかった。

議場は一層険しい空気に包まれた。王命に近い者たちが顰蹙(ひんしゅく)を示し、臣下たちはひそかな安堵を露わにした。権力は自分たちのものだと再確認するように、声が洪水のように戻った。ミレアは震える手で書類を抱え、カイは装置の箱を抱えたまま、皆の目を避けた。リュネは自分の足元にある細い影――自分がこの国で見つけ