最下層の迷宮主は、救援信号で仲間を集める

最下層の迷宮主は、救援信号で仲間を集める 第10話「第九章」

昼下がりの広場は、思ったよりも寒かった。石畳の隙間から吹き上がる風に、旗が乾いた音を立てる。僕はその音を数えた。三歩、四歩、旗の端がはためく。足音は、いつも僕に秩序を教えてくれた。魔法を失ってから、音は僕が残された唯一の地図だった。

昼下がりの広場は、思ったよりも寒かった。石畳の隙間から吹き上がる風に、旗が乾いた音を立てる。僕はその音を数えた。三歩、四歩、旗の端がはためく。足音は、いつも僕に秩序を教えてくれた。魔法を失ってから、音は僕が残された唯一の地図だった。

ジグは、足音で世界を読む男だ。かつては斥候として魔力を用いずに情報を得る術を磨いたが、組合の採掘で焼かれた彼の魔力は、周辺の微細な振動を感じ取る補助を奪ってしまった。しかし、その代わりに彼の耳は鋭く、体に残った習慣は消えなかった。僕はその習慣に頼って、ここまで来た。

僕たちは取り囲まれ、鎖で繋がれ、広場の中央に並ばされた。エナはいつもと同じように肩に盾をかけ、背筋を伸ばして前を見据えている。彼女の目には疲労があるが、誰が何と言おうと譲らない意思があった。ルウのことを知る者たちは、彼の不在に胸の内で複雑な感情を抱えていた。ルウは長居できない。だから僕たちが語ることが、彼の声になるはずだった。

群衆の端にはヴァルドの標章を付けた人々が立ち、にやりとした笑いを漏らす。噂の男は、広場の高台で掌を掲げ、英雄然とした顔で群衆に向けて話している。彼の声は力強く、安心感を装っていた。「我らが努力の結晶が、迷宮の暴走から町を救うのだ」と。だが僕の胸は、地下で聞いた金属の擦れる低いハミングを思い出す。あれは救済の音ではなかった。あれは軋みであり、裂ける前触れだった。

「証拠を出せ」と誰かが叫んだ。ヴァルドは嘲笑を返し、組合員の中から一人の役人を呼び出す。役人はぺこりと頭を下げ、ぎこちなく書類を取り出した。その紙は整然としている。計画図、許可証、表彰状の写し。だけど、僕はその紙の下に潜む齟齬を知っていた。足音は嘘をつかない。細工された地図が示すべきは位置ではなく、向かうべき方向だった。現場で僕が聞いた振動を、僕は言葉にしなくてはならなかった。

誰よりも先に言葉を切ったのは、僕だった。声は震えていた。太陽が僕の顔を照らす。初めはわずかな声だったが、広場のざわめきが僕の言葉をかき消す前に、僕は息を整えて続けた。「あの――僕は、聞きました。地下で、機械の音を。軋むような――規則的な振動です。人間が作ったものの音でした」

ざわめきが小さくなった。誰かが僕の名前を呼んだ。僕は余計な説明をしなかった。長く人前に立てない自分を知っているから、最小限の言葉で、事実を置いていくつもりだった。「その音は、地脈とぶつかっていました。水脈が逆圧される音が混ざっていた。戻るべき流れが、無理やり押し流されていました。僕はそれを、敵だと感じました」

息を吸い込む。笑い声が一瞬途切れ、ヴァルドの顔がこわばる。彼の側近が前に出て僕をにらんだ。だがそのとき、列の中のカイルが、僕たちの側に寄った。以前、出口で手を握ったときの男だ。彼は少しうつむいてから、低い声で言った。「俺は……あのときに見た。機械が壁をえぐってるのを。結晶を奪うために、核に向けて突っ込んでいったんだ」

小さな動きが連鎖した。聞こえるか聞こえないかの声が、広場のあちこちで上がる。机の上に置かれた結晶が、僕たちの出した証拠となる瞬間が近づいていた。エナが短くうなずく。彼女は僕に目配せし、僕は手にした小さな結晶の箱を確かめた。あれは、僕たちが迷宮の奥で拾ったものだ。割れかけの壁の中で、僅かに脈打っていた青い塊。ルウが見落としたわけではない。ルウは触れるたびに力を削っていたから、僕たちが持ち帰る役割を担ったのだ。

箱の蓋を開けた。結晶は冷たく、手のひらで微かに振動した。青白い光が封を破った瞬間、空気が変わる。僕はそれを見て、無意識に背筋を伸ばす。小さな光が、ゆっくりと浮かび上がった。結晶の芯から、薄い膜のような光の映像が広場の空に展開していく。

映像は最初に、採掘場の地図を映し出した。だがそれは静止画ではない。線がひとつずつ動き、矢印が勝手に消える。戻り道の記号が消され、通路は一方向へと矯正されていた。人々の目が映像に吸い込まれる。次に、薄く揺れる画像が重なった。石壁に設置された歯車、油と煙を撒き散らす刃、黒曜石の核に向かって収束する巨大な掘削部の動きが、ループするように映し出される。音は出ていないはずなのに、広場の空気は機械の唸りに満ちたように感じられた。人の感覚は、映像の示すリアリティを何よりも信じる。

僕の胸の奥で、あの地下の振動が蘇る。ルウが僕たちに与えてくれた視点が、ここで形を取っていた。ルウは核に触れた者の本心を読むことができたが、僕たちの仕事は記録を持ち帰ることだった。僕はあの場所で、足音を、機械のテンポを、壁の裂ける間隔を刻んでいた。それが結晶に反応し、映像となってここに示されたのだろう。僕は声を震わせながら、記憶を呼び起こして語った。

「ここに映っているのは、ヴァルドの採掘機です。地図から帰路の表示を消すことは、ただのミスではありません。人を出口に導かせないための意図的な改竄です。そして、この機械は——核に向かって破壊をもたらすように設計されている」

広場が静まり返る。子供の手を握る母の目が潤み、年寄りの顔に驚愕が広がった。ヴァルドは眉をひそめ、冷たい声で言った。「でたらめだ。これは幻覚だ。敵対者の策略にすぎない」

彼は足元を固めるようにして叫んだ。だが映像はなおも動きを止めない。刃が黒曜石に触れると、光がはじけ、結晶の中の画像は破片となって舞った。舞った破片はゆっくりと広場の上空を落ちると、再びひとつの像に戻り、採掘機の設計図が拡大された。そこには、機械が水脈を逆流させる配管の設計が明確に示されている。配管は迷宮の生命線を無効化する意図を露骨に示していた。

だれかが叫んだ。「あれは……!」 吐息のような声が群衆の隙間から漏れる。多少の人は、ようやく現実を受け止め始めた。だがヴァルドは隙を見せなかった。彼の口からは、すぐに反証の言葉が飛んだ。「証拠は偽造だ。採掘のための改善であり、我々の街を救う道だ! 我々は誰でも豊かにする! 迷宮を守るという者たちは——怠け者の理想に過ぎぬ!」

エナが口を引き結ぶ。彼女の肩越しに、僕は一瞬ルウのことを考えた。核の傍らで、彼がどれだけの代償を払ったか。声を上げられないほど追い詰められても、彼は僕たちを信じてくれた。彼の代わりに、僕がここで言葉を紡いでいる。僕の声は彼の代理であり、僕はそれを裏切りたくなかった。

「嘘じゃない!」と突然、カイルが前に出た。彼の顔は青ざめ、手は震えている。「俺は町へ戻ったら言うって、言ったはずだ。今なら言える。俺は、あの機械を見た。奴らが核に突っ込もうとしたんだ。奴らは……奴らは皆、金で動いてた」

カイルの言葉は、他の人間の胸に触れた。小さな波紋が広がり、同調が生まれる。通りすがりの商人が、あの日自分が受け取った袋の重さを思い出す。年配の冒険者が、若いころに見た傷ついた魔物の姿を重ねる。集団は嘘をつくには複雑すぎる。真実は、断片になって落ちてきていた。

だがヴァルドはまだ諦めない。彼は役人を呼び、僕たちを法の前に引き出そうとした。僕たちは鎖を掛けられたまま裁判の場へ連れて行かれる。そこは町の評議堂で、重厚な木の扉と高い天井を持つ場所だ。僕は