月蝕語りの竜騎士弟子

月蝕語りの竜騎士弟子 第4話「第3章」

地下の石壁は湿り、空気は低く、息を飲むと音が壁に溶けていった。取調室の小窓からは、格子越しに満月の清冷な輪郭が差し込む。月光は狭い切れ端になって、床の上で銀の帯を引いているだけだった。灯の炎は揺れ、書類の端がささやくたびに紙片が震えた。それだけで、ここがどれほど外界から切り離されているかがわかる。月譜の読みは本来、夜の開けた場所で行う。だが王都の地下で、時間は許してくれなかった。

地下の石壁は湿り、空気は低く、息を飲むと音が壁に溶けていった。取調室の小窓からは、格子越しに満月の清冷な輪郭が差し込む。月光は狭い切れ端になって、床の上で銀の帯を引いているだけだった。灯の炎は揺れ、書類の端がささやくたびに紙片が震えた。それだけで、ここがどれほど外界から切り離されているかがわかる。月譜の読みは本来、夜の開けた場所で行う。だが王都の地下で、時間は許してくれなかった。

リュートは台の椅子に縋るように腰掛け、薄い金属板を掌に押し当てた。金板は手の熱を吸って冷たさを戻し、わずかな反響を返す。その反響を彼の感覚は月の譜に変換する。ここでは光が乏しいぶん、間の取り方――沈黙の長さ――がより多くを語る。消え入る息と一拍の長さ、次に来る停滞の幅、そうした空白が音と同じぐらい意味を持っているのだ。

セラは前に置かれた一冊の薄い帳を開き、指先で欄外に書かれた記号をなぞった。羽音を記したという現場の写しだ。爪掻き、喉鳴り、羽の停止、そして――空白の段。彼女は読み上げた。声は低く、規則の口調を忘れないように気を張っている。

「――短、長、短。停止。長。半拍の空白――喉鳴り。これが現場で録られた順序です。これを、条約違反の前兆とする証拠としています。竜語学者の鑑定も、同意しています」

言葉そのものは彼女のものだが、書かれた記号は音の切れ目を示しているだけだ。人々は音節を求める。彼らは言葉を期待する。だがリュートの目は、その記号の間にできた「空白」の輪郭を探していた。羽音と爪痕が形作るリズムは、同じ図形を繰り返している。彼の内部で、色の線が生まれる。白い線、青い線、赤い線――確定しない三本の候補が空中に細く走ったように見えた。三色は彼だけに見えるわけではなく、だが誰でもが認める光ではない。視線の端で揺れる、月のささやきだった。

「どう読めますか」とセラが問うた。彼女の声には、問いの裏にある恐れが潜んでいた。書類を伏せることが彼女の母の死に繋がった過去を呼び戻すのだと、彼は知っていた。だが今は、それぞれの不在を抱えつつも事実を求める場にいる。

リュートは答えを口にできなかった。満月の夜は、自分の声を月へ奪われる。喉を試みても空気は逆流するように消え、言葉は床に落ちた粉のようにばらばらになってしまう。代わりに、彼は指で空中に三本の線をなぞった。紙に文字を残すより速く、相手の視界に印象として残るやり方だ。白い線は「攻撃」、青い線は「停止」、赤い線は「鉱石を指す警告」。その線の終端を王子の胸へ向けて示したとき、セラの瞳がわずかに揺れた。

「攻撃」「止めろ」「月鉱を止めろ」――言葉になれば単純だ。だがここでの問題は、どれが相手の真意かを断定する材料が足りないことだ。リュートはそれを知っていた。断定とは、月譜の線を銀の一線へ収束させることだ。収束すれば銀は彼の頭を冷たく叩き、今夜のどこか一つの記憶を連れて行く。小さな代償ではない。嘘を正しく見抜けば大切なものを失う。真実を得るほど、喪失は深くなる。それが彼の能力の代償であり、彼はそれを長く避けてきた。

セラの眉が苦く下がる。机にある条約の写しに、まだ彼女の指紋が残っている。彼女は手が震え、しかしそれを隠そうともしなかった。書類が彼女の掌にある限り、母の死の色が翳む。彼女はこれまで規則を盾に真実を押し留めてきた――そうすれば処罰は一貫性を持ち、混乱は最小限に抑えられると信じたからだ。だが今、目の前のリズムは秩序の仮面を貫いていた。どちらを選んでも、彼女の傷は触れられるだろう。

「――あなたは、この三つのどれが正しいと?」彼女は筆を止め、問いを投げた。

リュートは掌の線を少し撫でて、薄く笑った気配を作った。笑顔は声を持たないとき、時に最も雄弁だ。彼はゆっくりと、三つの候補の由来を示した。まず「攻撃」。羽音の先端が鋭く、羽先の振れが大きければ、竜は威嚇や先制としての攻撃を示すことがある。それは短・長・短の繰り返しに合致する。しかし、その場合は尾振りや爪跡に直線的な運動が残るはずだ。現場では爪痕が不規則だ。次に「停止」。連続する羽の停止と、胸にある脈動の同期があれば、竜は対象を止めよと指示していることがある。最後に「月鉱を止めろ」。これは複合的な解釈だ。竜が人の体内にある異物――約束を貯める鉱石――を指し示している場合、音は短い警告を繋ぎ、やがて特定の対象へと輪を作る。

彼は、掌の金属板で拾った王子の胸の律動を思い出した。機械的に──いや、機械そのもののように周期していた。月光に反応して細かく震えるのが、彼の板でも確かに記録されている。羽音と胸の脈動が呼応しているのは紛れもない事実だ。だがそれだけでは、竜が「殺せ」と言っているのか「助けろ」と言っているのかは分からない。ここで断定すれば、月は彼から記憶を持っていく。

セラの手が、机の角を押し込むように握られた。彼女はルールの重さを知っていた。だが同時に、この状況が条例や条文で片付けられるべき事柄ではないと感じていた。母の死は、どこかで誰かが正しい訳を放棄した結果だ。彼女は書類に追われた日々の記憶を思い、リュートの目をじっと見返した。

「もし、あなたが断定するなら。――何を失うの?」

リュートは答えの代わりに、薄い板をテーブルに滑らせた。その表面には今までに彼が見た月譜の残滓が、わずかな光線として痕跡を残している。月光が差している格子の隙にちょうどその板が反応し、三本の細い光が板上をかすめた。白は鋭く、青は静かに、赤は内部を震わせている。彼は言葉を用いず、板に短い線を刻んだ。三つに割った、その線の断片を指で示した。分配する。それは彼の提案だった。

「――三つの可能性を、あなたに渡す。官許の鑑定に一語で決めさせるのではなく、私たちの判断のために、三つの眼で照らしてほしい」リュートは筆談のように空中へ書き、胸の方向を指してみせた。「私が断定して一語に絞れば、私の記憶が一つ消える。あなたはそれを望まないだろう?」

セラは一瞬、ためらった。彼女には規則があった。記録は記録として残し、翻訳は国家の公認に従うべきだと教わってきた。だがその教えを守った結果、母の命が――と彼女の胸が言いかけた。彼女は机上の写しを引き寄せ、薄い紙を取り出すと、そこに小さな三つの印を押した。それは公式の印ではない。自分の掌の汚れでつけた、非公式の印だった。

「あなたは、代償を恐れているのね」セラの言葉は砂を噛むように渋かった。「規則を破ることで母は苦しんだ。だが、規則のために誰かを殺すようなことがあってはならない。――承知しない。私が、これを外部鑑定に提出することはしない」

彼女は言い切った。目は冷たいが、そこには決意が灯っていた。リュートはねじれた笑みを作ると、三つの光線を自分の胸に当てた。指先に小さな熱が走る。彼は、三つの候補を分けて渡す方法を考えていた。誰か一人が全てを握るのではなく、複数で照合することで間違いの確率を下げる。自分が確認して銀色の一線に収束させる前に、仲間の目が各候補を検証する時間を稼げれば、彼の代償は小さくなるかもしれない。

「では、こうしよう」セラは囁くように言った。「あなたは私に、三つの候補の