白砂月時計のルゥン 第10話「第9章」
ヴァルガの家は、外見からすでに停滞していた。黒鉄の門扉の隙間から覗く中庭は、夜風に砂が流れているにもかかわらず静謐で、空の月と黒い満月の光が交差して石板に薄青と赤の縞を描いていた。門の前に立ったとき、ルゥンはぽつりと、空気の粘度が違うように感じた。時間が濃く、ひとつひとつの粒が重く沈んでいくような重力があった。
ヴァルガの家は、外見からすでに停滞していた。黒鉄の門扉の隙間から覗く中庭は、夜風に砂が流れているにもかかわらず静謐で、空の月と黒い満月の光が交差して石板に薄青と赤の縞を描いていた。門の前に立ったとき、ルゥンはぽつりと、空気の粘度が違うように感じた。時間が濃く、ひとつひとつの粒が重く沈んでいくような重力があった。
「ここが…」ミナが低く言った。彼女の目は鋭く、素早く周囲を測った。夜襲を想定した呼吸だ。エドは鞍の上で手綱を緩め、こちらの気配を確認するように一度だけ左手を握り直した。ノクはいつもより静かで、鼻先を軽く地面に押し付けていた。シアは杖を握った手に力を入れ、十三拍をひそやかに数えていた。拍は、いつもより低く、床の奥から響くように聞こえた。
門を押し開くと、奥の扉がわずかに開いているのが見えた。薄い室内灯がもれて、その先に――食卓があった。皿の上の果実は半分に切られ、ナイフは指紋まで見えるほど鮮明に置かれている。椅子の背に掛かった布は風に揺れているように見えたが、布の縁にある埃の粒が空中で止まっている。髪の房が、冷気に向かって一瞬だけ膨らみ、そこで固まっている。時間が、どこかで息を止めてしまったようだった。
「止まっている」エドの声が震え、それはもはや驚きではなく、もう少し深い哀れみを帯びていた。彼はかつての同僚たちの顔を思い出したのだろう。右手をポケットに入れると、徴税印の跡がぶつかった。指先に残る温度が、彼の中の溶けかけた倫理を思い出させた。
ルゥンは足を踏み入れた。足音はない。白砂の街で何度も感じた、自分の足跡が周囲より一拍遅れて付くあの感覚がここでもあった。だが今回はそれが助けでも足枷でもない。彼は深呼吸を一つするように胸を膨らませ、目の前の光景を吸い込んだ。母の声はもう彼の中にはなく、空虚さが新たな集中をもたらした。
テーブルの反対側に、ヴァルガは座っていた。椅子に深く沈み、黒い服に赤の縁取りが朝露のように光っている。表情は静かで、眠っている者に近い。片手には小さな懐中時計が握られており、彼が少しだけ親指を動かすたびに――その秒針は、二秒早い位置を示した。ルゥンは思わず息を呑む。ヴァルガがその小さな機械に執着を抱いていることは、噂で耳にしていた。しかし、この二秒が意味するものを胸に収めたのは、彼だけではないだろう。
「来るとは思った」ヴァルガの声が、乾いて、部屋の奥の壁の影に吸い込まれた。「だが、こんなに早いとは。ずいぶんと手際がいい。お前たちの王都への反逆心は、時間の厚みを薄くする──な」
言葉は皮肉めいていたが、その目は震えていた。彼が懐中時計を胸に押し当てるたびに、二秒の癖のような違和感がルゥンの胸に刺さる。そこには、細かい計算を乗り越えて選ばれた一瞬が、永遠に据えられている気配があった。
「ヴァルガ」エドが前に出た。服の縁がわずかにこすれる。彼の声は昔の仲間の呼びかけ方を帯びている。「こんなことを続けて何が得られる。家族を、国を守るために始めたと言うが、それは……」
「守る。守るんだよ」ヴァルガが割り込んだ。顔は皺が深く刻まれ、笑いを含まない。彼の口元には、長年の憤りがある。呼吸の間に、部屋の空気がわずかに冷たくなった。彼は懐中時計の蓋を開けて、ガラス越しに中を見た。そこには、小さな封印球が埋め込まれているように見えた。中では、砂が静かに流れているのに、なぜか止まるべき一瞬だけが留まっていた。
「娘の笑う声を、あの瞬間に残したかったんだ」ヴァルガの声は突然やわらかくなった。外側の硬さは消え、ひとりの父親の音になった。「強い風が急に吹きこんで、屋根が剥がれ、――あのとき。あのときだけは止めておきたかった。戻らないことが、恐ろしくて、ならなかった」
言葉が、部屋の空気を揺らした。ミナは目を細め、小さく唇を噛んだ。彼女は救いたい者の顔をたくさん見てきた。ヴァルガの語るものが、彼らと同じ種類の痛みであることを認めたくなかったが、否定することもできなかった。エドの表情は、苦渋に固まっている。
ルゥンはそっと懐から薄い布を取り出し、掌の上でそれを揉んだ。触れていたのは、先に冷却室で使った小判ほどの銀色の部品だ。彼の能力は機械や記憶の「ずれ」を読むときに銀色の線を見せる。だが今、どれだけその力が火を吹こうとも、彼はそれを行使しないつもりだった。胸の奥で、ある種のルールが鳴っていた。あの人の痛みを、機械のように引き裂いて覗き見ることは、彼がこれまで反射的に行ってきた行為だった。だが今日だけは、違う。
「読めるんだろう?」ヴァルガがルゥンを見た。目の奥で、何かが閃いた。「お前は――透の魂を持っている者だ。機械を覗ける。見れば、私の痛みは証明される。止め方があるのなら、教えてくれ」
その言葉は甘い毒のようだった。ルゥンの指先に、記憶を読むための想像図が浮かぶ。銀の線が皮膜のように、ヴァルガの胸に絡みつく。透の記憶に宿った職人の手つきは、今でも彼の手に残っている。だが、読むたび響く代償の鐘がある。修理するたびに彼は一時間分の自分を失った。あの鞄に入っているのは失った母の声であり、帰らない日々の破片だ。
「君の言うことは分かる」とルゥンは静かに答えた。言葉は小さく、それ自体が決意の刃になった。「でも、今は読まない。君の痛みを知る方法は、他にもある。君の言葉を聞かせてくれ。自分で語る機会を奪いたくない」
沈黙が落ちる。ヴァルガの顔の筋肉が一瞬固まった。周囲の者たちは、その決断に驚いたかのように目を見合わせた。エドは少し前に踏み込もうとして手を止め、ミナは拳を引き締めた。シアは杖を握ったまま、静かに十三拍を数え続けている。ノクは鼻を鳴らし、懐中時計の近くで座り込んだまま、尾をゆっくり振っていた。
「待つのか」ヴァルガは、淡い嘲笑を含んで言った。「待って何になる。私はもう何年も待った。待っても戻らない。機械を破壊しても、彼女は戻らない。私は――私は、時間を支配する方が早いと悟った。守るとは、消えるのを許さないことだ」
彼の言葉は、そのまま部屋の静寂を破る槌音のように床に落ちた。ルゥンはそのとき、はっきりと分かった。ヴァルガは「待つ」ことをすでに知っていた。しかし彼の待ち方は、ルゥンのかつての待ち方と同じ歪みを孕んでいた。待つことで責任を先送りにし、最終的に他人の時間を奪う方法へと辿り着いたのだ。
「お前は誰のために時間を止める?」ルゥンが問うた。質問は単純だが重かった。ヴァルガは瞳の色が多少薄れるように見え、小さく息を吸った。
「娘だけだ」ヴァルガは答えた。彼の声には恥も嘘もなかった。言葉が部屋の角で反射して戻ってくる。それは告白であり、言い訳でもあった。「彼女が最後に笑ったとき、私はそこに居られなかった。助けに行くより先に、王都からの報告書の修正を優先してしまった。時間の帳尻を取ることが、私の仕事だったから。だが、その仕事が私の子を奪った。ならば私は――私が奪われた分を取り戻す。人々から一秒ずつ、私の娘の一日分を取り寄せる。それが、正しいだろう?」
「違う」エドが割って入った。怒りが滲むが、彼の声には疲労の影があった。「お前は何をしているんだ。金や砂を集