こども王

こども王 第29話「巻末特別章」

広場の中心に据えられた王冠は、人がかぶるにはあまりにも重く、おかしなほど低く見えた。鋳鉄の縁には幾重もの小さな傷が刻まれ、昼の光を受けて黒い光沢を撒いている。誰かがからかうように乗せた青いリボンが、かつて子どもたちがかぶって遊んだ日々を思い出させた。リクはゆっくりとその縁に手を触れた。指先にはまだ乾かぬ絵の具の匂いが残っている。肖像画の最後の刷りを仕上げた画家が、額縁を抱えて後ろに立っていた。

広場の中心に据えられた王冠は、人がかぶるにはあまりにも重く、おかしなほど低く見えた。鋳鉄の縁には幾重もの小さな傷が刻まれ、昼の光を受けて黒い光沢を撒いている。誰かがからかうように乗せた青いリボンが、かつて子どもたちがかぶって遊んだ日々を思い出させた。リクはゆっくりとその縁に手を触れた。指先にはまだ乾かぬ絵の具の匂いが残っている。肖像画の最後の刷りを仕上げた画家が、額縁を抱えて後ろに立っていた。

「いい仕事だ。これで終わりってわけじゃないけど」と同行の教師、イリナが言った。彼女は城下学校の出身で、今は責任議会の教育担当だ。言葉の端々に、議会設立に関わった数年の疲れが滲んでいたが、笑みは真実だった。

「終わりではない、始まりだ」リクは答えた。声はまだ子どもの高さを保っているが、どこか確かな重みが含まれている。彼が十歳で即位してから刻んだ日々の重みが、その声の縁に積もっているのが自分でもわかった。肩越しに見える肖像画には、確かに彼の顔が三十数枚並んでいた。使うたびに一日ずつ進んだ記録だ。最初は笑い顔で描かれていたものが、次第にまぶたの下に影を落とすようになり、最後の一枚は笑みを湛えつつも目の奥に堅さが見えた。

「市民全員に公開してもいいのね?」と、老学者のヤーンが訊いた。彼は国家文書館の整理を任され、リクの王令と関連資料の分類に携わってきた。細い眼鏡の向こうで、彼の眉が期待と不安の間を行き来する。

リクは頷いた。「全部。王令の条件も、代償も、使った理由も。隠すつもりはない。あの肖像も、証拠として残す。誰が見ても、僕の選択が誰かの命を減らしたり、誰かの年を奪ったりするものだったって、隠せないようにするんだ」

周囲にいた子ども代表の一人、七歳のミナが小さな手を上げた。彼女は今や、責任議会の最年少代議員だ。ミナは広場の石畳を踏んでリクの側まで来ると、自分の紙袋から何かを取り出した。紙袋の底には、子どもの字でびっしりと書かれた小さな手紙が入っている。いくつもの筆跡が混ざり合い、消し跡や修正の跡が残る。ミナはその中の一枚を差し出した。

「これ、みんなが書いた。学校の子が、兵役に行かなくてよくて、勉強できるって約束してくれたことを、ちゃんと書いたの。読みたい人に見せるの」

リクは手紙を受け取り、その字を指でなぞった。曲がりくねった線の向こうに、当時の子どもたちの声が透けている気がした。どれも自己決定の言葉だ。「自分で決めたい」「大人はちゃんと責任を取って」。ひとつひとつの句読点が、彼らの覚悟の重みを伝えていた。

「公開教材として、これも使う」とイリナが言った。「子どもの字で書かれたものが、政策の根拠になるってことを、学校で教えるの。彼らの言葉が実際に法になった例としてね」

そこにいた元宰相側の役人が軽く咳をした。彼は不可侵の歴史に苛立ちを覚えているらしく、声には未練が滲んでいた。「だが、王令の原理そのものは危険だ。人の年を奪う力は、放置しておいてよいものか。封じるべきではないのか?」

リクはその問いに、目を閉じるようにしてから答えた。「封じることが、正しいかもしれない。けれど、僕は隠すことで同じ過ちが繰り返されるのを見たくないんだ。封印があると、誰かが『都合の悪い証拠』を無くす。僕は、使わせない代物ならば、それがどう機能したかを知られるべきだと思う」

イリナが付け加えた。「封印は結局、別の人の手に渡るときまでの時間稼ぎになる。公開は検証と教育を可能にする。誰もが見て、測れて、それに対して議論できるなら、力は抑えられる」

リクは、ふと肖像画の最終列の一枚を見つめた。額縁の端には、画家のサインとともに、細い線で小さく日付が刻まれている。最後に王令を使った日。使うたびに一日進んだ少年の実年齢を、世界はこの絵で知る。彼はその日付を指先で押さえた。指先が震えたのを自覚した。震えは、失われた日々を確かめる動作だった。

「僕が使った回数は、誰でも計算できるようにしておく。誰かに都合よく改ざんされないように、公開アーカイブに入れる。ぼくは封じない。けれど、使えないようにすることは、別の場所でやる。使うには条件が必要だってことを、法律で定める。使えるのは、自分より年下が自分の意志で願ったときだけ。その願いも、強制や誘導があったかどうかを第三者が審査する手続きがいる。誘導があった時点で暴走する危険があるから、誘導を取り締まる仕組みを先に作る」

役人は眉を寄せた。「それでも、残るは代償だろう。王が日を失う。若さを失う。国家にとって、そんなものを放置しておくのは……」

「それは僕の代償だ」とリクは静かに言った。「僕が王という立場でここまでやってきた意味の一つは、代償を自分で負うことにある。けれど、その代償を隠蔽の材料にしないでほしい。肖像も、日記も、使った理由も全て残す。誰かが『若さの足りない王は使い物にならない』と言うのなら、それを含めて議論してほしい。僕はそれに耐える」

その言葉に、ミナが小さな手をぐっと握りしめた。「リク王は、僕らを守ってくれた。だから、僕らも責任を取るって約束したの。僕らが大人になったら、ちゃんと決めるんだって」

「それを見届けたい」とヤーンは呟いた。「子どもの文字が、国家の決定に刻まれる。これは歴史の教科書に載るだろう」

だが、そこに淡い影が差した。広場の端に立っていた一人の男が、近づきながら懐から小さな箱を取り出した。見覚えのある細工品だ。過去に年齢操作に関わった技術の断片の一つ。地下で漸次回収されていたはずの物が、いまだに流通している。男は眉をしかめ、箱を握る手を見せる。「まだ残党がいる。こいつを完全になくすには、もっと力が必要だ」

リクは箱を見つめた。記録室に入れられた文書や肖像では証明できない、物理的な危険がそこにある。だが自分の能力でそれを消すことはできない。自分より年下が願わなければ、王令は形にならない。誘導すれば暴走する。もしその場で強引に子どもの願いを引き出したら、どうなるだろう。リクは思いを巡らせる。

「やらない」イリナが言った。彼女は静かに男に近づき、箱を預かった。「これを壊す方法は、王令ではなく、法と技術で探す。ここで約束する。責任議会の付属研究部門で、透明なプロセスのもとで処分する。誰にも隠し事はしない」

男はぎょっとして箱を差し出したが、イリナは毅然と受け取り、箱を開けることなく厳重な箱に入れて持ち帰ると宣言した。隠匿ではない。検証と処分だ。リクはその判断に胸が熱くなった。仲間は、彼の道具ではなく、自分の判断で動く。同意と合意の上で。

夕暮れが迫り、広場に集まった人々の声は落ち着いていった。リクは小さな演壇に上がり、やわらかな声で宣言をした。「僕は、自分の力を教育と証言にする。誰でも見られるアーカイブを作る。王令の使用記録、肖像、子どもの筆跡、すべてを保存し、学校で教育に使い、将来の判断をする材料にする。責任議会では、大人が兵役の決定を取る制度を維持しつつ、子どもが参加する手続きも続ける。これが新しい国のやり方だ」

市民たちの反応は様々だった。歓声ではなく、静かな納得と、まだ続く懸念。それでも、子どもの手紙が広場に広げられ、一人ひと