陶工

陶工 第5話「第4章」

朝の灰がまだ肩に降りかかる工房で、アカリは手を震わせながら皿を回していた。今したいことはただひとつ――あのひとを黙らせて泣かせてしまわないように、最後まで見届けること。顔色の悪い老婆、サキが手に抱えていた小さな箱から、壊れ物のように震える声が漏れている。箱の中には、先日アカリが焼き上げたばかりの壺が入っていた。背後ではカイトが薪を割り、ミナは包帯を縫い直している。彼らは仲間であり同僚だ。だがアカリの望みを妨げるのは、泥と火と、人の言えないもの──そして、誰かが手を伸ばすかどうかだった。

朝の灰がまだ肩に降りかかる工房で、アカリは手を震わせながら皿を回していた。今したいことはただひとつ――あのひとを黙らせて泣かせてしまわないように、最後まで見届けること。顔色の悪い老婆、サキが手に抱えていた小さな箱から、壊れ物のように震える声が漏れている。箱の中には、先日アカリが焼き上げたばかりの壺が入っていた。背後ではカイトが薪を割り、ミナは包帯を縫い直している。彼らは仲間であり同僚だ。だがアカリの望みを妨げるのは、泥と火と、人の言えないもの──そして、誰かが手を伸ばすかどうかだった。

「土を、ください」。アカリは静かに言った。声は低く、しかし揺れてはいない。サキは一瞬驚いたように箱を抱え直し、指先に付いた灰を払うようにしてから、こう答えた。「もう土なんて…ないよ。あんたが――あんたのやり方で、私の悲しみを器にできるって言ったんだね?」

「できる。でも、消すことはできない。分けることだけ。痛みを誰かと分かち合える形にするだけです」アカリは手のひらを差し出した。自分の手から渡す土にしか触媒は起きないという、彼女の術の条件を改めて示す行為だ。サキは黙って握った。土が冷たく、指の間から細かい粒が零れる。アカリはそれを受け取り、土を揉む。泥の匂いが鼻を打ち、亡き者のことを思い出させるが、彼女は視線を伏せない。

「一緒にやってくれるのかい?」ミナが寄り、さりげなく腰越しに確認した。ミナは医術も担う一人で、誰かの痛みを受け止めることに慣れている。だが今回の痛みは形を変えてこちらに来る。ミナの顔に、思案の皺が寄る。

「いいえ、強制はしない。選ぶのはサキさん自身で」アカリが答えると、サキの目が崩れ、やがて小さく頷いた。「じゃあ…お願いするよ、アカリさん。あんたがやったその…泥の術で」

作業はいつものものと違わなかった。アカリは渡された泥をろくろに載せ、指先の感覚を頼りに形を取る。だが彼女の手は、出来上がる文様を追うように軽く震えた。土を手渡される、という契約は絶対だ。もし誰かが土を取らずに自分で寄こせば、術は働かない。そう教わってから、アカリはその一線を決して越えさせなかった。今日も同じだ。サキが土を握り、アカリの手に預けたその瞬間、ろくろの上で土がわずかに熱を持った気がした。感情が、模様を編む前兆として指先に触れる。

「言えないこと、あるかい?」アカリが囁くと、サキの唇が震えた。「息子が…溶けるように帰らなかった。避難のときに、あの溶岩の方に……言えないことがあるんだ。自分は助かったのに、なぜ生きてるって…」言葉の切れ端が器の胴に回り、アカリのつくる釉薬に複雑な渦を描いた。黒と赤が混ざったような模様が、彼女の手の動きに合わせて焼き付いていく。誰かの言えない恨み、後悔、言葉にできないほどの空っぽの感情が器に浮かび上がった。それが術の働きだ。

「消してほしい?」アカリは尋ねた。正直に。サキは首を振り、しかし目は逸らさなかった。「消えるならいいのにって、思うよ。でも、消えたら息子のことも消えるだろう。私には、それはできない」その答えに、アカリは軽く息を吐いた。能力は感情を取り去る道具ではない。誰かの痛みを消すことができるなら、彼女はとっくにそうしていたはずだ。術はあくまで「刻む」。誰かと分け合い、支え合うための記号を土に残すだけだ。

壺が窯から上がるまで、人々は少しの間、静かに時間を共有した。だが工房の外から、慌ただしい声が割り込んだ。金属の鎧が擦れる音、足音。村の巡視兵だ。イングの旗章を見せぬままではないが、彼らの目つきはいつもより鋭い。カイトが窓を開け、低い声で囁く。「誰かが、器を確かめに来るって。命令だってさ。持って行け、って」

サキの壺を抱えたまま、老婆の顔が瞬間に硬直する。壺は彼女にとって記憶であり、形であり、今にも壊れそうな約束だった。アカリは一歩前へ出る。争いは望まない。だが、この器は、この人の言えないものを示す証でもある。無理やり奪い取られれば、暴発する――その可能性をアカリは知っていた。

「ここで待って。中を見せるんじゃない。もし壊されたら…」アカリの声は静かだが、工房の中にいる誰もがその先を想像した。「壊したら、感情が外へ出る。私の手から温度が失われる。感覚がなくなるんだ。危険だってことを、わかってるでしょう?」彼女は自分で言い切れなかった。過去に誰かが器を壊したらどうなるか、確証はなかった。ただ、手が告げる違和感があった。けれど、ここで自分の感覚の話をすることは、かえって不安を招く。サキは小さく息をつき、箱を胸に抱えたまま言った。「中は、見せない。誰にも」

巡視兵が来た。鋭い男が工房の扉を押し開け、鼻の上に薄い灰が積もっている。彼は名を名乗らず、命令を羅列した。「上層の監査が来ている。混乱の根源と思しき器物を調査する。全ての新造物は提示せよ。検査だ、協力しろ」言葉の態度は冷たい。サキは震え、壺を抱えた手に力が入る。アカリは間に立った。

「これを見せるわけにはいかない。これは私の仕事の一部で、個人的なものだ」アカリは言った。だが巡視兵の片腕が伸び、老婆の箱に触れた――その瞬間、箱が僅かに転げ、壺が床に落ちた。空気が止まった。壺は木板の上で一拍、硬い音を立てて割れた。

粉が舞い、細片が散る。最初に出たのは、悲鳴でも炎でもなく、濃い匂いだった。錆と海と、なにか焦げた布の匂いが混ざったような匂い。そして、空気が震えた。壺に焼き付けられていた模様が、砕けた肉片のように、その場に吐き出された。サキは崩れ落ち、泣き声が工房に満ちる。だがそれと同時に、壁の灯りが一瞬強く揺れ、釜の火が跳ねる。誰かが口を押さえ、子どもが後ずさる。

アカリは自分の掌を見た。血は出ていない。だが、ふっと体温が抜けるような感覚が走った。いつもなら炉を覗けば感じる熱の波が、まるでガラスの向こうで起きているかのごとく伝わらない。手のひらの中、暖かさが忽然と消え失せた。指先で確かめても、熱いか冷たいかの判断がつかない。薄い麻の布を掴んだような、遠い感触だ。

「アカリ!」カイトが叫び、すぐに壊れた壺の破片を踏んでしまいそうになった足を引いた。ミナはサキに寄り添いながら、他の者に指示を出す。「水を持って来て、重い布で覆って! 破片に触れるな!」

しかし、触れたくないのは破片だけではなかった。空気そのものが、誰かの吐き出した悲しみで油断なく満たされている。遠くの窯の火が一瞬で熱を増しているように見えたが、アカリにはその熱の強弱が感じ取れない。脳裏に、術の代償という言葉が響く。器を壊せば感情が暴れる。暴れるとは、物理的に温度を上げることもありうるし、人の理性を溶かすこともある。今、その両方を同時に見ている。

「手を――手を出すな」アカリは自分の声に驚いた。冷静さを取り戻すために、彼女は自分の体を言い聞かせる。感覚が奪われたからといって、判断まで奪われるわけではない。むしろ、行動は慎重でなければならない。誰かの痛みが物理の法則を超えて表出しているのなら、壊れた破片をそのままにしておくことはできない。飛び散った感情は消えない。彼女ができるのは、被害を最小限に抑え、壊れたものを丁寧に収めることだけだ。

カイトが