虫使い

虫使い 第7話「第6章」

朝靄の中、ミオは自分のまっすぐな、どうしようもない欲望をまず確かめた。井戸の水面を見下ろし、指先でそっと水の輪を作る――記録を取ること。誰かに「ここがおかしい」と言わせる証拠を集めること。それだけが今、目の前の混乱を止める最短の道だと信じていた。

朝靄の中、ミオは自分のまっすぐな、どうしようもない欲望をまず確かめた。井戸の水面を見下ろし、指先でそっと水の輪を作る――記録を取ること。誰かに「ここがおかしい」と言わせる証拠を集めること。それだけが今、目の前の混乱を止める最短の道だと信じていた。

「ミオ、今日は木こりが来るって聞いたわ」ルナ婆が釜のそばで言う。湯気が立ち上る。婆の唇は震え、瞳は針のように鋭かった。年寄りたちの不安は、声に出される前に村を冷たくする。

ミオは蜂箱の方を見た。箱の縁には、まだ小さく羽の欠けた白蜂が留まっている。白蜂は彼女が最初に見つけ、手のひらで温めた蜂だ。羽の一枚が欠けているために群れの中でも目立ち、夜になると暗い羽音がみぞれのように聞こえる。ミオは白蜂に向き直ると、無意識に小さな蜜を差し出した。

「行かないでね」声は小さく、しかしまっすぐだった。白蜂はミオの指先を一度だけ突っつき、羽音の節を小さく刻んだ――それが彼女の合図。ミオの胸に冷たい安堵が流れた。合図は合意の合図だった。彼女はまだ、命令ではなく合意でしか使えない力を持っているのだと、手のひらから確かめた。

そのとき、村の入口から木の靴が音を立てて近づいた。足音は一つ。若い男が、背に斧を担ぎ、肩には細い傷の跡が光っていた。連れてきたのは役人の命令書を握った役人でも、豪胆な伐採隊長でもない。徴発されて来た木こり、リクだった。顔は少し青ざめ、声は慣れない畝のように震えていた。

「ミオさんか。俺、リクって言うんだ。隣の村から徴用されて来た」彼は息を吸って、周りを見渡した。「王弟様の命だって。軍用樹脂を取るための下見だって…。手伝ってくれって、言われた」

ミオはゆっくりと頭を下げた。「手伝うって、どういう……?」

リクは紙片を差し出した。そこには王弟バルドの署名のように見える印が押され、森の東部三里を調べるようにと書かれていた。彼の手が震える。文面は冷たく、却ってそれを差し出した彼の人間性を際立たせた。

「俺は嫌だ。けど、断れる人間がいなかった。だって金で雇われてるとかじゃなくて、命令だ。逃げたら番兵に捕まる」

リクの言葉は彼自身への言い訳でもあり、村へ打ち明けるための釈明でもある。ミオは井戸の方へ目を向けた。水面には朝の雲が映り、いつもより泡立ちが多い。昨夜も村人たちは味が変わったと囁いていた。井戸の底には小さな白い筋、砂の模様がいつもと違って流れているように見える。

「伐採を強行すれば」「地下水の通りが変わるかもしれない」ミオは心の中で言葉を組み立てた。しかし口に出したのはもっと違うものだった。「リクさん、あなたは――ここに来るとき、何を見た?」

リクは首を振り、斧の柄に寄りかかった。「森の奥で、木の根元が黒くなっている所があった。幹にねばついた樹液が出てて、巣を作る虫の音が変わってた。役人は『ただの樹脂の匂いだ』って言ったけど、……確かに何かがおかしい」

その言葉で、ミオの背筋が冷たく締まった。彼女は頭の中でチェックを巡らせる。地下水の異変、井戸の味覚変化、そして虫たちの羽音の変調。すべてがつながり始めている。だが今、目の前には徴発された木こり一人の身体があった。彼を叱ることも、役人を引き止めることもできない。直接の衝突は、村の若者たちを逮捕へと繋げかねない。

「直ちに抗議するわけにはいかない」ミオは自分で言い聞かせるように言った。「証拠を集める。それが先だ」

ルナ婆が頷いた。「村の文書はまだ都には通じぬ。証拠を出せば〈事実〉に縛られる。言葉だけでは、役人は粉飾する」

ミオは白蜂の箱へ戻った。箱の扉を木片でそっと開ける。箱の中は朝でも温かく、蜂たちがせわしなく働いている。彼女は箱の中に手を突っ込むわけではない。触れるのは白蜂だけだ。白蜂は彼女の指先に飛びつき、羽を小刻みに震わせる。その羽音の模様は、恐怖を含んだ短い符丁になっている。ミオはそれを耳で聞こうとしたが、羽音は紙のように薄く、直接意味を伝えるのではなく、彼女の胸の中に微かな像を浮かばせるだけだった。

「お願い、行って」ミオは命令ではなく頼みかける。彼女は蜜を手のひらに垂らし、小さく唄を口ずさんだ。唄は蜂の生活のリズムに合わせた、古いいつくしみの調べだ。蜂たちは唄に反応して、雑然とした羽音を徐々に整え始める。これは命令ではない。餌を与え、彼女自身がその群れの一部として羽音を作る作業だ。合意の形だ。

彼女の力はここに制限されている。自分が世話した虫でなければ何も起きない。命令だけで動かすと群れは散る。女王蜂を失えば、三日間、彼女は音を聞くことができなくなる――その代償は重い。だからミオは声高に蜂を使って人々を脅かすような行為を避けようとしていた。今回も、目論みは慎重だった。目標は、リクが報告してきた変調を記録に残すこと。蝶のような羽音で、近隣にいる協力者へ「見るべきところ」を示すこと。言葉ではなく指し示し。短い恐怖と不安の模様を乗せた羽音で、隣村の観測者に目を向けさせる。

ミオは箱の隣に小さな木板を置き、そこへ井戸の水位記録の帳面を差し込んだ。彼女は村人の若者、イグナとサラを呼んだ。イグナは井戸の口に腰掛けると、古い水位棒を取り出した。棒には何年分もの印が付いている。いつもなら嵌め合いで十分なのだが、今はもっと厳格に測りたかった。ミオは手旗を作り、簡単な符号を描いた。二つの縦線は「異常」、丸は「変わらない」、短い斜線は「要注意」。これが彼女たちの仮の共通言語だ。

「記録をとるわ。私が蜂を使って、東の枯れた根元の場所を示す」ミオは言った。「だけど私一人でやると、女王に負担がかかる。だから蜂の世話は――交代で。私が直接合図を出すときだけ、白蜂と二つの群れに頼む」

イグナは斧を地面に突き、咳払いした。「女王に何かあったらどうするんだ?」

「そうなったら、三日間、私には羽音が聞こえない。だけどその間、井戸の記録と手旗を頼む。小さな記録でも積み重ねれば、都に出せる証拠に変わる」ミオの声は冷静だったが、その瞳は熱を帯びている。彼女は白蜂を見つめると、心の中で小さな約束をした。女王を守る。村を守る。一人の力には限界があると知っているからこそ、彼女は他者の手を借りるのだ。

午前のうちに、彼らは分担を決めた。イグナとサラは井戸の毎朝の水位と味の変化を記録する。リクは森の奥へ行った際、幹の写真を撮るように頼んだ。ミオはその間に蜂箱から小さな群れを連れて、東の黒ずんだ根元へ向かうことにした。彼女の役目は、昆虫の反応を「目撃者」にすること。彼女が羽音の模様を作り出せば、遠方にいる観測者がそれを受けて現地に来る。だがそのためには、蜂たちの合意が必要だ。

森の縁に行くと、木々は低く息をしているようだった。薪の匂いと土の湿りが混じり合い、どこか金属のような香りが漂う。ミオは背中の小箱を開け、蜜を少量だけ白蜂に渡した。箱の中の小さな群れは、蜜の匂いでまとまり、心地よさそうに羽を震わせた。ミオは唄を低く口ずさみ、蜂の動きを観察する。羽音は固まってきた。彼女はその中に恐怖の短い模様を織り込む。直接脅かすのではなく、「ここに異常がある」という注意喚起を作りたかった。それは短い、一瞬の震えだ