枯天樹の庭師は、魔王城から世界を芽吹かせる 第6話「第五章」
橋は、ひび割れた石と湿った縄で繋がっているように見えた。崩落した側面からは古い根が露出し、乾いた泥の層が層を成していた。歩を進めるたびに、足下の砂利がささやくように崩れる。リュートは短く息をついて、ゆっくりと橋の中央へ向かった。背後ではネネアが短剣の柄を握り締め、カイが地図の端を指でなぞりながら進路を確認している。モルは肩越しに小さく歌の覚え書きをつぶやき、緊張の中で自分の呼吸を数えていた。
橋は、ひび割れた石と湿った縄で繋がっているように見えた。崩落した側面からは古い根が露出し、乾いた泥の層が層を成していた。歩を進めるたびに、足下の砂利がささやくように崩れる。リュートは短く息をついて、ゆっくりと橋の中央へ向かった。背後ではネネアが短剣の柄を握り締め、カイが地図の端を指でなぞりながら進路を確認している。モルは肩越しに小さく歌の覚え書きをつぶやき、緊張の中で自分の呼吸を数えていた。
「安定してるか、リュート?」ネネアの声に、彼はうなずく。歩測でこの橋を「庭」として扱えるかを測るために、彼は踵から爪先までを確かめるように歩いた。能力は目だけでは働かない。自分の足の長さで区切られた土地でしか、根を視ることができない。もし誤って広域に手を伸ばせば、前世の記憶が滑り落ちていく。彼はそれを知っているから、慎重に、ただ足を運ぶ。
だが、踏みしめた石がひとつ沈むとき、遠くから金属の響きが剣戟のように混じった。甲高い号令が谷を越えて届く。人間の軍装をした兵が、崩れかけの道を駆け下りてくる。彼らの胸には白い十字の紋章。先頭の伝令が声を張り上げた。
「魔王城の手先だ! 根城の庭師どもを生け捕れ!」
訓練された隊の動きに、ネネアが咄嗟に前に出る。だがその瞬間、谷の向こうから別の影が飛び出してきた。一人の大男が、盾を高く掲げて橋を渡る。彼の甲冑は使い古されており、盾の表面には擦り切れた紋章がある。盾の縁には幾重もの傷痕が刻まれていたが、その中心にはまだはっきりと、古い「勇者の紋」が残っていた。
兵たちは一瞬、足を止める。リュートはその紋を見て、知らぬ感情が胸を襲うのを感じた。紋章が持つ語りかけのようなもの——誰かがかつて誇りを託した記憶の残滓だ。だが相手の顔には冷たさがあった。大男は人間兵を押し返すと、声を上げた。
「貴様らの目的は何だ。誰をここから奪おうというのだ!」
伝令が震える声で答える。「ヴァルド様の命だ。根城を制圧し、魔族の治療区画を王都へ繋げる。命令に背く者は——」
言葉はそこで途切れた。大男は盾を一振りして、人間の先鋒を押し倒すと、ぐらりと崩れかけた橋の端を見下ろした。そこに、子どもかと思うほど小さい眼差しが見えた。橋の下の崩落のせいで数人の兵が足を滑らせ、石の断片とともに落ちかけている。動揺が一瞬で広がる。
大男は叫んだ。「動くな! 皆、下がれ!」
その声には、威嚇でも命令でもない何か別のものが混じっていた。護る者の決意だ。リュートたちは反射的に身を退ける。崩れる石塊が風を切り、土煙が空に舞った。橋の一部が、音を立てて崩れ落ちる。
大男は、盾を体の前に据えて、崩落の直撃を受け止めた。灰と小石が戦うように跳ね返り、彼の鎧は轟音の中できしんだ。盾の大きな丸い面が、落下する岩を受け止め、その縁がぐにゃりと歪む。リュートは時間が引き伸ばされたように感じた。風が砂を運び、陽光が盾の鉄粉に当たって瞬く。大男の膝が土に落ちる。
だが、その瞬間、盾の下から小さな緑が見えた。石と土の間、砕けた縄の隙間から、ほんの一筋の草が土を押しのけるようにして顔を出したのだ。細く白い胎芽が陽に向かって伸び、破片の間で悠然と成長しようとする。ネネアの目が一瞬見張られ、カイは息を呑んだ。モルは、かすかな歌の一節を口に乗せたように息を漏らす。
その草が芽吹くのを見たとき、リュートの胸にひとつの感覚が転がり込んだ。それは、根が持つ記憶の味わいのようなもの。盾に伝わった振動は、ただの物理的な衝撃だけではない。根に残る「守られなかった時間」がそこにあり、それが土の中に練り込まれていたのだ。大男は盾で土を受けとめながら、無意識にその場の喪失の一端を受け取っていた。小さな草は、守られたものが生まれる証だった。
兵士たちが再び構えを取り、矢をつがえる。伝令が震えを抑えきれずに叫ぶ。「そこにいる魔族め、降伏しろ! ヴァルド様の名において!」
「降伏はしない」大男は低く答えた。彼の声には疲労が混じる。疲れが、戦士の強さの一部を削いでいた。だがその疲労は同時に、誰かを守りたいという静かな熱を残している。ネネアはその声に反応して前に出るが、彼女の刃が揺れる。リュートはその場で立ち尽くし、根に触れる準備をした。橋の露出した根は、兵士たちの恐怖と憤りで黒く輝いている。彼らの記憶が泥に染み、絡み合っていた。
「待って」リュートは声を上げ、手を伸ばす。足で測ったこの橋の幅のなかでだけ、根を視ることができる。彼は慎重に、指先で土を撫でるようにして触れた。光る根が指先から視界へと浮かび上がる。青白い光が恐怖を、赤い脈が怒りを示している。切ればその感情が自分の中へ流れ込む。だがこのままにしておけば、橋は確実に裂け、人が落ちる。リュートは動くしかなかった。
剪定鋏を抜く。刃先は月の光を受けて冷たく光る。彼はふたつの根を見定め、片方だけを切る決断をする。広い流れをそのままにしておけば、恐怖は連鎖して暴走するだろう。だが一度に処理できるのはここだけ——自分の足の届く範囲に限られる。彼は刃を沈めた。
刃が土を裂くと、青白い光が一気に彼の胸へと流れ込んだ。兵たちの喚声、子どもの泣き声、母の最後の呼び声が入り混じり、彼の胸の奥をえぐる。冷たい恐怖が、前世の夜の温室で感じた嵐の記憶とぶつかる。リュートの視界が揺れ、頭の中で温室のガラスが砕ける音が鳴った。母の顔が、子どもの顔が、あの黒い種が――
「リュート!」
誰かの手が彼の腕を掴んだ。グレンだ。大男——グレンは盾の主であり、彼の力はただ暴力を振るうためのものではないことを、行動で示していた。グレンの手の温度は熱い。彼はリュートを支えながら、にらむように兵を睨みつける。
「動くな、こっちは生かして連行する。殺すな」
その一言に、命令のような強さがあった。伝令は歯ぎしりし、矢を下ろす。大男は息を吐き、盾を地面に突き刺すようにして、崩壊した石を支えた。土の圧が彼の腕へと伝わる。リュートは胸の中で溢れた恐怖が、とても大きな塊になっているのを感じた。彼の頭蓋を突き抜けそうなほど生々しい感情だ。
だが次の瞬間、奇妙な感覚が交差した。グレンの盾の縁に触れた根が、彼の刃に反応する。盾の金具が古い記憶を吸い込み、反射的に細い光の線を放った。その光線がリュートの体を走り、彼は思いがけず別の景色を見た。郭壁のそばで小さな子が笑っている。誰かが盾に手を触れ、誓いを立てる。勇者の紋章には、かつて守られるはずだった場所の記憶が埋められていたのだ。だがその記憶は、どこかで放棄され、盾の重みとなって残っていた。
リュートは息を詰め、その流れの一部を切り取ってみせると、手元に青白い糸のようなものが残った。刃から零れたその光は、彼の腕を辿って皮膚に細い根紋となって浮かぶ。痛みが腕を走り、前世の温室で抱いた小さな苗のざらついた幹に触れた記憶が、今ここにある。母の手の暖かさが曖昧になりかけるのをリュートは感じ、顔を歪めた。
「もういい、俺が受ける」グレンは言った。言葉は低く硬いが、そこに揺れはない。彼は盾を押す手の力を緩め、リュートに向かって体を傾ける。リュートは驚いてその胸に顔を向けると、グレンは片手を差し