枯天樹の庭師は、魔王城から世界を芽吹かせる

枯天樹の庭師は、魔王城から世界を芽吹かせる 第5話「第四章」

海からの風は、あらゆる色を削ぎ落としていた。灰色の空、白く焦げた草地、そして地表に溶け残った塩の結晶が、指先を刺すようにざらついている。丘の縁から谷へ降りると、そこは“苔の庭”と呼ばれるはずの場所だったが、もはや庭とは呼べない有様だった。塩を吸い、膨れて膿んだ苔が、互いに絡まり合って巨大なうねりとなり、じくじくとした音を立てて這っていた。根は地面を掻き、葉の表面は白く粉を噛んだように固まっている。ところどころに、根のおのおのが発する青白い光が点々と浮かんでいる――恐怖だ。痛みだ。見張りをするにはじゅうぶんすぎるほどの声が、柔らかな蠢きの中から漏れていた。

海からの風は、あらゆる色を削ぎ落としていた。灰色の空、白く焦げた草地、そして地表に溶け残った塩の結晶が、指先を刺すようにざらついている。丘の縁から谷へ降りると、そこは“苔の庭”と呼ばれるはずの場所だったが、もはや庭とは呼べない有様だった。塩を吸い、膨れて膿んだ苔が、互いに絡まり合って巨大なうねりとなり、じくじくとした音を立てて這っていた。根は地面を掻き、葉の表面は白く粉を噛んだように固まっている。ところどころに、根のおのおのが発する青白い光が点々と浮かんでいる――恐怖だ。痛みだ。見張りをするにはじゅうぶんすぎるほどの声が、柔らかな蠢きの中から漏れていた。

「ここか」カイが小声で言った。彼の地図筒は肩にぶら下がったまま、目は地面のほうを追っている。リュートは足を止め、靴底で塩を擦り落とすようにして一歩、二歩と歩き出した。歩くたびに光の根脈が指先に触れて小さく震える。彼はいつもより慎重に、規則正しく数えながら地面の輪郭を刻んでいった。踏んだ場所が彼の庭の縁だ。そこから外へは、手を伸ばさない。

能力の基本を、リュートは自分に言い聞かせるように確かめた。――僕の根脈剪定は、本人が歩いて測った「庭一枚分」でしか働かない。目で見ただけでは範囲は増えない。歩いて、踏んで、境界を作らねば触れられない。もし無理に広い範囲へ手を伸ばせば、切り落とした記憶は彼の内側へ流れ込み、その代償として前世の記憶が一枚ずつ剥がれていく。そうなると、僕はもう水城透ではなくなる――その恐れが、いつも慎重にさせるのだ。

彼の胸の奥で、黒い種が針のように疼いた。転生のときから掌に残ったそれは、前世の苗木そのものではない。世界樹の欠片――厳密には命令を下すものではなく、再生の可能性を示す印である。眠るように温かく、状況が進むたびに微かに振動する。リュートは種の温度を手のひらで感じながら、ただそれが示す「いける」ということを信じ過ぎないように自戒した。種は道を指すランタンではない。芽を出すためには、水と灰と、誰かが手放した大切な物が必要だ。そこまでを、僕たちが自分たちの足で確かめなければならない。

「ここはひどいね」ネネアが言った。王女の声は無骨だが、庭師としての観察眼が滲んでいた。「塩を撒いたのは意図的か、浸食が進んだ結果か。どちらにせよ、これをただ切るだけでは終わらない」

「切るだけじゃ、いつかまた腐る」グレンが続ける。盾にこびりついた苔の一片を指で払った。「根の理由を残してやらねえと、同じことが戻ってくる」

モルは小さくうなずいた。苔の人の小さな体は闇に紛れていたが、その声は谷に澄んでいた。「私は歌う。眠らせる。歌えば苔は不用意に暴れなくなる。でも、私の歌は代価だ。ひとつ歌うごとに、私の苔が白くなり、寿命がそぎ落とされる」

リュートはモルを見た。彼女の髪の一房がかすかに白んでいるのを見て、胸が痛んだ。彼は帯から剪定鋏を外し、帯の下で指を震わせながら言った。「切る前に、君の歌で少し静めてくれないか。歌った後で、必要な部分だけを僕が摘む。――それと、切ったものは僕だけが受け取らない。接ぎ木を使って君と分ける。根が自発的に求め、君も同意してくれるなら、記憶は二人で分担できる」

モルの目が大きく開いた。彼女は薄く笑ってからゆっくりと首を振った。「接ぎ木……私が? あなたと、同じ痛みを?」

「うん」リュートは小さくうなずいた。「接ぎ木は、根が自分から伸び寄るのを待つ。僕一人で奪うんじゃない。根が『ここへ繋がりたい』と望み、君がそれを受け入れてくれるときだけ成り立つんだ。信頼と同意が要る。あと、範囲が広がっても、損耗は消えない。代わりに痛みは共有される――だから、無理はしない。僕には庭一枚分という枠がある。君と歩幅を合わせて、その枠を一緒に描こう」

モルは黙ってリュートの手を見る。白い輪が増えるたび、彼女は何かを失っている。だが彼女の唇は震えず、答えは静かだった。「半分だけ。半分だけなら、分けられる。苔は守るためなら枯れることもあるけれど、誰かと分かち合えるなら意味がある」

二人は歩き出した。リュートは踏幅を整え、モルは彼に合わせて小さく歩を刻む。歩測とは、ただの物理的な距離測りではない。彼が自分の足で確かめた輪郭だけが、彼の剪定の効力となる。モルと歩幅を一致させることで、彼らは一つの「庭」を共有することを選んだのだ。だがその選択は同時にルールを守ることでもある。接ぎ木は二人の合意と同じ歩幅が前提であり、合図なしに範囲を伸ばせば、記憶は一人で抱え込むことになる。リュートは自分に何度もそう言い聞かせた。

モルの歌が始まる。最初はかすれ、まるで潮風に溶けていくような低い旋律が口端からこぼれる。だがすぐに、声は谷を満たす広がりを持った。緑の波紋が空気を揺らし、苔の表面を撫でた。暴れる根がひとつずつ静まっていく。眠りの歌は記憶を消すわけではない。むしろ、記憶を柔らかく包み込み、傷の表面張力を和らげる。苔は怒りを見せなくなり、内側へと閉じていった。

その瞬間、根の一群が白い光を帯びて、二人の間へと伸びてきた。小さな糸のようだった――見えないが確かな接ぎ木の合図。リュートは鋏を握り、刃先を根の結び目に当てる。刃が触れた場所から、光が割れ、葉形の欠片のような断片がふわりと舞った。断面から流れ出る青白い光は、彼の腕の内側に根紋として浮かんだ。痛みが胸を押すが、同時に白い糸がモルの掌へも伸びているのが分かった。二人で分け合うということは、痛みを二つに折るのではない。痛みが形を変えて分配され、残るのは共有された痕跡だ。

切るたびに、断片が空気を切って飛び、彼らの間を流れた。ふと、塩を撒いた者が泣き叫ぶ夢の一断片、子どもの手を引く老人の祈り、破れた網の臭い――そんな人々の断片が胸を撫でる。リュートはそれらを抱きしめるようにして耐えた。黒い種が胸で熱を帯び、そこが痛みを受け止めるのを助けているようだった。種は命令を下さない。それでも、種の存在が彼を焦らせず、一定の節度を保たせる作用を持っていると彼は思った。種は再生の可能性を示すだけで、何をどう手放すかは僕たち自身の選択だと。

モルの声はだんだん細くなっていった。彼女の肩がしきりに震え、髪の一房が白く光る。歌には代償があり、代償は確実に現れる。だが苔は眠り、その表面には小さな余白ができていた。根の絡みはほどけ、苔の色がわずかに深みを取り戻す。葉の間からは、かすかな幼い笑い声や太鼓の余韻が漏れ、それが彼らに慰めを与えた。

「止めるか?」リュートの声は風に吸われるように低かった。モルは首を振り、わずかな息で答えた。「まだ。もう少し。分かち合うっていうのは、こういうこと」

最後の結び目を切ったとき、青白い根紋がリュートの腕から胸へ、胸から背中へとひろがった。前世の母の顔が一瞬薄れるような気配がした。黒い種は内部でひとつ小さくはね、冷えていた胸が再び少しだけ温かくなる。記憶は完全に消え去るわけではない。切り落とされた断片が彼らの内側に残ることで、彼らは何かを失い、また何かを得た。

谷は静まり、苔は以前のような暴力性を失っていた。眠りの中で根は整理され、絡まりは解けていく。水も灰も、まだ