干谷の水脈守り 第7話「第六章」
乾いた風が谷底の石畳を撫で、砂が細い笛のような音を立てた。腹を擦ったように低い振動は、彼らの足元を伝ってくる。水の欠片は、ここでは記憶にしか残っていない。亀裂だらけの水路、胸の高さまで乾いた堆砂、手の届く限りの灰褐色——そこに七つの影が矢のように伸びていた。
乾いた風が谷底の石畳を撫で、砂が細い笛のような音を立てた。腹を擦ったように低い振動は、彼らの足元を伝ってくる。水の欠片は、ここでは記憶にしか残っていない。亀裂だらけの水路、胸の高さまで乾いた堆砂、手の届く限りの灰褐色——そこに七つの影が矢のように伸びていた。
「匂う」ナナが短くつぶやいた。手にした鉄のバールを握る指先に、いつもより張り詰めた力が入る。彼女の視界は実用に徹していて、感情の起伏を無駄に見せない。だがナナの足元で小さく震えるものが一つあった。モルだ。小柄な背に逆立った毛と、退けないほどの緊張が混じった嗅覚の集中が見て取れる。
モルは鼻先を地面に押し当て、ぶるぶると体を震わせた。砂の匂いの中に、湿り気のある空気、その空気の向こうに生ぬるい鉄のような匂いが混じっている。小さな口がわずかに開き、低い声を漏らした。人間の言葉ではない。けれど仲間にはそれが伝わる。
「巣か?」セドが囁いた。焦げた地図の紙片を胸に押し当てたまま、彼の声は冷えている。元測量兵の目は、地形のわずかな歪みや砂の積もり方から複合的な成因を読み取る。彼には、ここが人が通るための道ではなく、何かを守るための陣地になっていると見えた。
リオは石壁に手の甲を当てた。触れるとすぐに、内部から低いうなりのような音が流れ込んだ。彼が聞くのは「現在」の流れだけ。過去の理由も、未来の動向も教えてはくれない。しかし音は強かった。乾いた水道の中に微かに残る湧き水が、いくつもの細い線となって彼の視野に走った。詰まりの濁り、亀裂が途切れるところ、反転する流れの端。複雑に絡み合った音が、まるで大きな輪のように重なっている。
「入っては来るな」リオの声は思ったよりも小さく、しかし瞬時に全員の耳に届いた。音が伝えるのは、単純に「ここを渡れば安全ではない」という現在の状態だけだった。誰かが何をどう意図しているかは、石は教えてくれない。
砂の向こうから、低い咆哮が地面を震わせた。それは空気の粘度を変えるほどの重さを持っていた。砂が吹き上がり、彼らの顔に粒子が当たる。影が動いた。石造の構造物の中から、長い首と幅広い胴を翻す生き物が現れた。
それは竜、という言葉に似ていたが、鱗は砂に溶け込むように粗く、体表は鱗板よりも鱗砂の集合体のようだった。体の側面には乾いた砂が付着し、尾は紐のように細く伸びていた。砂鱗竜。人が名付けたなら、そんな呼び方が似合うだろう。大きな眼は琥珀を思わせる光を帯び、唇の奥からは潮のような匂いが漏れていた。巣らしい窪みに、無数の割れた陶器片や乾いた植物、刃先の錆びた金属が散らばっている。
ナナの手が即座に動いた。鉄のバールを地面に叩きつけ、そこに備えていた小さな歯車箱を押し出す。箱は重く、古い歯車が数枚、磨耗した歯を見せている。彼女はそれを拾い上げ、腕で抱え込んで盾のように構えた。歯車の一枚を持つその姿は、戦う者ではなく工匠のままの防御だった。
「やめるんだ!」誰かが叫ぶより早く、砂鱗竜は身を翻し、尾を振った。尾が砂を巻き上げ、視界を一瞬奪う。ナナは歯車箱を前に出して身を低くした。鉄と石と砂がぶつかる音が、空気の切れ目を作る。竜の鼻先が箱に触れ、金属がこすれる金属音と、何かが歯を擦るような低い琴線が混ざった。
その音を聞いて、モルが突然激しく吠えた。小さな身体からは想像しにくいほどの断続的な悲鳴だ。モルは鼻を地面に押しつけ、口を開け、何かを吐き出す。砂の中に光る小片。モルが吐き出したのは半分埋まった管片で、刻まれた紋は見慣れた王都の作業印の一部だった。金属の縁が錆びているが、それでも明確な刻印は消えていない。
「持ってこい」セドが静かに言った。言葉は短い策の合図だった。彼は地図片を押さえ、視線を竜の上で送る。竜は巣から飛び出したわけではない。脅かされれば攻撃するだろうが、今のところは侵入者を一方的に排除しようとはしていない。この一帯を守っている——それだけは明白だった。
リオは再び石壁に手を当てた。能力は教えてくれる、ここに「生」と「通路」が重なっていると。複数の水路が、巣の周りで輪を作っている。流れは弱く、しかし確かに存在する。巣は乾いた堆積の中にありながら、中心には湿り気が保たれているらしい。そこを守る生き物がいる。石が示すのは「現在の分配」であって、意図の善悪ではない。
「討つのか?」ナナの拳がぎり、と音を立てる。彼女の中の鍛冶師の血が、直ぐに手を動かせる答えを求めている。だが彼女の目は誰よりも長く竜を見つめ、そこにある生命の重みを測っていた。
セドが手の中の焦げた紙の端を指で押さえ、静かに首を振った。「討つのは賢明でない。巣を壊せば、流れも変わる。ここにある湿り気が枯れたら、別の問題が起きる。村のために通れる道を作るなら、竜を無理に追うより、通路を分けるほうがいい」
誰にも分からないように、リオは薄く息を吐いた。石が語る現在の輪は、ただ一つの方法で分割できるかもしれない。それは、巣の側と通行側とを物理的に切り離すこと。だがそのためには石組みを少し動かし、古い継ぎ目を共鳴させて一時的に空間を作る必要がある。リオの能力はそれを音として教えてくれるが、実際に石を動かすのは人の手だ。代償も伴う。広い範囲を読めば読むほど、彼の体は乾いていく。
「こっちから行く」ナナが低く呟いた。「俺が歯車で食い止める。おまえらは静かに動け。セド、あんたはそいつの視界を読むんだ。リオ、無理するな。触るなら一度で済ませろって言っただろ」ナナの言葉には怒りが混じっているが、そこには同時に守る人の決意があった。彼女は戦うことでなく、時間を稼ぐことで仲間を守ることを選んだ。
ナナは大きく息を吸い、抱えた歯車箱を前に押し出した。砂鱗竜は箱を嗅ぎ、箱の金属のにおいと古い油の香りに興味を示した。ナナはわざと箱を転がし、砂の上に擦らせた。金属が砂を切る音が、砂鱗竜の耳を引き寄せる。竜はゆっくりと身を起こし、胴を大きく捻じって箱を睨む。その瞬間、セドの声が小さくかすれた。「左、三歩。顔を横にやると、尾がこっちに残る」
その指示通りにナナは歯車箱を引いて右へ回り込み、竜の注意をそちらに引いた。金属が擦れて生じる高い音が、竜の神経を刺激する。砂が竜の下で巻き上がり、ナナの髪が顔にかかった。彼女は箱を体で抱え込み、急所を見せないようにしながらも、歯車を盾にしていた。歯車の一枚が擦れるたびに生まれる響きは、空間を振動させる。ナナの体は塩と汗の匂いを混ぜた。彼女の手は擦り傷だらけになったが、顔は笑わなかった。
そのとき、石の継ぎ目がかすかに鳴った。リオが聞いた。微かな共鳴が、巣の縁に沿って走る。石は彼の中で青白い線となり、いくつもの輪を描いて見えた。流れの輪が、竜の背後で重なり合い、音の輪が空気を揺らす。リオはそれを声に出した。
「そこだ。継ぎ目が……二つ並んでいる。歌で振動を誘えば、隙間が開くかもしれない。けど短く、少しだけ——長くやると体が」彼はそこで言葉を切った。喉が渇き、目の奥に白い膜がかかり始めていた。能力を拡張した代償は確実にやってきている。
空気の遠いところから、低い歌が聞こえ始めた。声は単調で深い。初めは風の音と混じり、誰