玩具職人 第9話「第8章」
午前の光が工房のガラスを薄く曇らせるころ、トトは糸杉の臼のそばに座り込み、細い棒に針金を巻きつけていた。指先が触れるたび、小さな木馬の足が微かに揺れる。揺れは手作業の影響でしかないが、その揺れを見つめる目は緊張していた。
午前の光が工房のガラスを薄く曇らせるころ、トトは糸杉の臼のそばに座り込み、細い棒に針金を巻きつけていた。指先が触れるたび、小さな木馬の足が微かに揺れる。揺れは手作業の影響でしかないが、その揺れを見つめる目は緊張していた。
「そろそろ来るよね」
ユナが入り口の方を覗き込みながら言った。大きな紙人形を膝に抱えて、その縁を指でなぞっている。紙は何度も折り目がつけられ、誰かの遊びを待っているように薄く艶を帯びていた。
「うん」とトトは答えた。声は低いが確かな決意が含まれている。「検査に引っかかるわけにはいかない。工房も孤児院も、ここで作る遊びも。奪われたら、子どもたちがどうするか」
ユナはそのまま紙人形を差し出した。人形の顔は鉛筆でさらりと描かれた瞳が二つ。簡単な飾りが付けられ、子どもでも縫い目を辿れるようになっている。
「これが囮になる?」ユナの声はふくよかだが、そこには決意が混ざっていた。「役人たちに『手作りの紙人形しかありません』って思わせるの。彼らは精密な図面や機械に興味があるはずだから」
ドンが作業台の影から顔を出した。片目の下で皺が横に走っている。彼が背負う工具箱の縁には、時計の歯車がちらりと見えた。
「図面はもう隠した。古い柱時計の筐体の中に押し込んである。分解して、振り子の芯に巻きつけた。封印はしてあるが、あの檻の中に入れておくには充分だ。検査官どもが重箱の隅を突くなら分かるが、あの人たちの見方は表面だけだよ」ドンの声は落ち着いている。だが、その目には薄い苛立ちが混じっていた。
「君は何をするの、トト?」ユナが訊く。外ではなにかしら軍のブーツ音が近づいている。全員の肩に小さな石が一つずつ置かれたように緊張が広がった。
トトの手は止まらなかったが、目はユナの顔を捉えていた。「君の紙人形を前に出す。子どもたちに遊ばせて、『手作りの玩具屋』だと思わせる。俺は…必要なら話を合わせる。だけど、玩具を動かして見せるようなことはしない。あの人たちの命令で動くわけじゃないからな」
ユナが眉を寄せる。だがその顔には理解の光が差した。「そうね。大人の命令じゃ動かないって、いつも言ってるもんね。もし動かせたとしても、子どもに強引に選ばせるなんてできない。彼らを道具にするのはイヤだもの」
トトは小さくうなずいた。思い浮かべたのは、以前に一度だけ恐怖を代わりに引き受けたときの夜だった。あのときは眠れない七日間の先に、仲間たちの安堵があった。代償は確かで、単純に払えるものではない。検査の混乱で一時的にそれを使えば、子どもを守れるかもしれないが、その後、誰が工房を支えるのか。
「もし使えば、今日の夜から眠れなくなる。子どもたちを守るための持久戦に、俺がいないのは許されない。短期の手段で逃げ延びても、根本は変わらない」言葉は針金に当たる金属音のように沈んでいた。
ユナは黙って頷き、紙人形の指をトトの掌にそっと置いた。「じゃあ、囮でやる。私が笑わせる。役人が笑うものにしか目を向けないようにするの」彼女の眼差しには小さな炎が灯っていた。
外で鋭い声がした。軍の検査隊到着を告げる合図だ。扉の前で誰かが手を打つ音。全員がその方向を向いた。目の前の空気が冷たく引き締められる。
扉が開き、制服の列が入ってきた。先頭に立っていたのは灰色の軍服に金の縁取りを施した男で、肩章には監査を示す細い紋章が光っていた。彼の名札には「監査官リート」とある。目は計算高く、小さな工房を容赦なく見渡した。
「トト・カンポ? ここが託児所と兼ねた玩具工房の現場か」リートの声は低かった。声の端に興味と疑念が混じる。
「そうです。トト、と呼んでください」トトは立ち上がり、手を軽く合わせる。動きは自然で、無理がない。
検査は早速始まった。リートは棚を指でなぞり、木製の積み木を一つ取り上げた。彼はにわかに命じる。「この積み木で、何か動くものを見せてみろ」
トトの心臓が一瞬跳ねた。命令だ。自身の能力にとって致命的な条件だ。大人の命令で動かせるはずはないと知っている。だが、もし動いたら、彼らの疑念は払拭されるだろうか——いや、動いてしまえば、軍の機械と似た現象として目を付けられる危険がある。ユナの囮は、そうした見せ物を決してしてはいけない。
「手で動かすだけです」トトはにこりともせず答えた。ユナが素早く出てきて、子どもたちが遊んでいるふりをして、積み木を手渡す。子どもが笑い、手先で積み木をひょいと落とす。リートはそれを見て軽く眉を上げた。
「ふむ。機械的な仕掛けは無いようだ。手作りの子供玩具——簡素で安全。興味深い。設計図や試作はあるか?」
ユナは紙人形を示した。「ええ、主にこういう紙人形や簡単な人形を作っています。ここにあるのはすべて、子どもが自分で選んで遊ぶためのものです。特別な装置はありません」
リートの目が細くなり、隅々まで見渡す。ひとつの仲間の兵士が、棚に置かれた片翼の木鳥を片手で取り上げて笑った。彼は舌打ちしながらからかうように言った。「こんなものを怖がるやつがいるのか。くだらん」
その瞬間、木鳥の羽根が小さくクラックする音を立てた。木の古い接合部が、兵士の無神経な握りに耐えかねて折れたのだ。破片が床に落ちて、工房の静けさに鋭い音を刻んだ。
トトの胸が跳ね上がる。木鳥はミオの形見に似ている。だが木鳥が壊れたこと自体が何かを示すわけではない。リートは眉をひそめ、口元に薄い笑みを浮かべた。「脆い。年季ものか。念のため、玩具群を詳細に検査する。隠し場所がないとは言い切れない」
その言葉が誰に向けられているかはっきりしていた。検査官たちは棚を開け、箱をめくり、布の裏を探した。トトは息を殺し、手の中の針金がかすかに音を立てるのを気づくほどの緊張を感じた。ユナは子どもたちを抱き寄せて、明るく話しかけ続ける。笑い声と紙の擦れる音が、検査の鋭さを和らげる。
ドンがそっとトトの肩を叩いた。目配せだ。彼は既に時計の筐体に図面を押し込んである。検査が棚から離れ、入り口の方へと移る。ドンは扉口へ歩み寄り、外の兵士に対し低い声で冗談を飛ばした。兵士は少し笑い、リートはその間に別の箱を調べる。トトは汗をかくが、顔には出さない。
だが、検査は単に表面をなぞるだけでは終わらなかった。リートが、紙人形の一つを手に取り、子どもたちと目が合う。彼は眉を上げて、それを弄りながら言った。「この人形を一つ、ここで動かしてみろ。子どもの手でなく、職人の技を見せてもらおう」
その場は凍りついた。命令だ——大人の命令。もしトトが命じられて、その意のままに玩具を動かせば、役人の疑念は消えるかもしれない。だが、今ここで大人の命令で動く姿を見せることは、玩具の性質を誤解させ、後で武器としての規制対象にされる恐れを生む。しかも、トトが恐怖を代わって引き受ければ、一週間もの不眠が待っている。
ユナが顔を強張らせ、低く言った。「やめて。そんな見せ物は……」
トトは一歩前に出た。手は自然に紙人形の頭を添える。だが言葉は静かだ。「この人形は、子どもが自分で選ばないと動かないんだ。大人の命令で動いたように見えたら、逆に不審になる。今日は手作りの玩具だけ