天気屋

天気屋 第20話「第18章」

空はいつものように重たく、底を持たない鉛色を保っていた。広場には人が集まっていた。成人も子どもも、山仕事着のまま、羊の毛玉を抱えた老婆さえも、顔には疑念と疲労が混ざっている。アオはその群衆を見渡しながら、胸の中で数えた。呼びかける言葉、示す根拠、行動の段取り。今、彼がしたいことはただ一つ──この目の前の空を使って、言葉ではなく「時間」を見せることだった。

空はいつものように重たく、底を持たない鉛色を保っていた。広場には人が集まっていた。成人も子どもも、山仕事着のまま、羊の毛玉を抱えた老婆さえも、顔には疑念と疲労が混ざっている。アオはその群衆を見渡しながら、胸の中で数えた。呼びかける言葉、示す根拠、行動の段取り。今、彼がしたいことはただ一つ──この目の前の空を使って、言葉ではなく「時間」を見せることだった。

「準備はいいか?」とエナが低く言った。彼女の声はいつも真っ直ぐだ。師匠の娘として育ったからか、怒りや希望を隠すことをしない。アオは頷き、手袋を外した。掌の温度が冷たい。これ以上書き換えを重ねたくはない。眠りを差し出す代価がどれほど重いか、彼は知っているからだ。

ミツは首に吊した金具から小さな鉄片を取り出し、それを指で弾いて見せた。指先からわずかな静電気が迸る。雷を集める少女の準備は、見た目よりずっと音を立てず、確実である。

「今日の見せ場は、不安定さを恰好よく見せることだ」とダンが言った。彼は地図を嫌う癖に、現場では的確な指示を出す。大きな手の内側には、これまで歩き回った山道の記憶が地図よりも濃く刻まれている。彼の肩にはまだ古い傷跡があり、動きには無骨な自信があった。

アオは空に向けて息を吐いた。力を集中する際のいつもの儀礼だ。能力は儀式でも技術でもなく、彼と空との約束だった。空に一枚だけ「明日の天気図」を描く。その瞬間、描いた地域の天候は予報に固定される。書き換えたければ自分の睡眠を差し出す。災害を消せはしない。ただ、時間を作る──逃げるための時間を。

彼はゆっくりと手を上げた。人々のざわめきが薄れ、呼吸の音が寄せては返す。白い指先から、見えないインクを空中にひくようにして線を描く。線は青黒の影となり、雲の間に紙の地図のように浮かび上がった。等圧線、寒気の矢印、明日の予報を示す小さな太陽と雲──空の中央に、アオの描いた図が広がる。

「見ろ!」とエナが叫んだ。人々の視線がいっせいに天に向く。図ははっきりしていた。明日の朝、風向きが南に振れ、昼過ぎに一時的な気圧の谷が通過する。つまり──短時間だが、雨と風が一緒に動くことで、雪崩の危険が一部で緩むはずだと示していた。だが、アオの指から伝わってくるのはいつもの冷たさだけで、胸が締め付けられる。これは「消せる」予報ではない。避難の時間を作るだけだ。

ミツが小さな箱を取り出し、蓋を開けた。そこに収められた導線を、彼女は自分の金具に繋げる。指先に残る静電気が導線を通り、箱の中の小さな金属棒が振るえる。その瞬間、周囲の空気が少しだけきしんだように鳴った。ミツは笑ったように唇を弧にしたが、その目は緊張で細くなっている。彼女は雷の片鱗を手にした。その力を借りて、アオの示した予報に沿った「見せる現象」を生み出す計画だ。

ダンは山の方角を指さし、小声で命令を流した。「テントを三列、拠点を二つ。坂道の笹は急いで刈れ。ここに子どもを集中させろ」。命令は短く、的確だった。住民たちが動いた。躊躇の声の中に、好奇と疑念が交差する。だが、何よりも二、三人の年寄りの顔が──アオにはわかりにくくなっているが──少しだけ柔らいだ気がした。彼はその変化を捉えたかったのに、色が薄れて判別が鈍い。

アオは心の奥で、昨夜のことを思い浮かべるまいとした。眠らずに書き換えを重ねた代償が、じわじわと身に染みてくる。人の表情の色が、一日ごとに薄れていくようだ。怒りが赤く、悲しみが青いという単純な世界が消えかけている。今はまだ言葉で補えるが、決定的なときにそれが致命傷になるかもしれない。だが、選択肢はない。民が動くかどうかは、この日の成果にかかっている。

「これで分かるか?」エナが天の図を指差し、群衆に向けて声を張った。「明日の朝、ここに示した時間は逃げる時間です。私たちは一緒に動く。王都の言葉を待つ必要はない!」

一人の羊飼いが前に出た。粗末な毛織りの肩掛けを羽織り、指に泥を噛んでいる。彼は道具よりも長く生きてきた顔だ。長年の誤報だとか、行政の転移勧告に苦しめられた過去がその目に滲んでいる。アオはその顔を見て、自分の胸が反応するのを感じた。だが色が分からない。頬の赤みがどうだったか、判断はつかない。代わりに彼は言葉を選んだ。

「俺たちは証拠を作る。今日ここで、空がどう動くかを見せる。もし俺が間違っていたら、俺を責めてくれ。だが、一緒に動くことで誰かが生き延びるなら、それでいい──まず一歩を共にしよう」

羊飼いは長い瞬きをした。それから、力のない笑みを一つ、うっすら浮かべた。アオはそれが同意のサインだと受け取った。彼の色覚がなくても、動作の輪郭や息遣いから人の意思を読む訓練をしてきた。それが頼りになる瞬間が来た。

翌朝、空の紙図が示した通り、南からの風が一時的に強まり、雲が速く流れた。雪の落ち着きは一時的に見られ、低地ではほんの短い間だが雪雲の圧が弱まった。ミツが士気高く放った雷の一端が、観測機の記録を刺激して小さな発電を起こし、ダンの指示で設置した目印が正確なタイミングで作動した。人々はその変化を肌で感じ、安堵の声が広場に広がった。宣伝屋や懐疑心の強い者たちも、目の前の現象を無視できなかった。

「見たか!」とエナが叫び、群衆は自然と盛り上がった。誰かが囁き、また誰かが拍手を打つ。アオはその中で、ほっとした。言葉ではない「時間」を見せられたことが、彼らの足を動かす一歩になったのだ。

しかし、成功の余韻は長くは続かなかった。昼が過ぎるころ、遠くの山の端に黒い筋が現れた。それは煙だった。最初は小さな黒煙が、次第に膨れ上がり、観測塔の方向へと伸びていく。観測塔──第二の谷の録音を取り、風見鶏の色を示していた塔。アオはその影を見つけると、胸の底が重く締め付けられた。

「爆発だ」ダンが呟き、顔が一瞬硬直した。彼は本来、地図や塔のことに無頓着だと言い張るが、塔の破壊が示す意味は彼にもわかった。観測の痕跡を消す。証拠を残さないための行為だ。

ミツは走った。雷を操る腕があるとはいえ、少女もまた人の子である。動くことを許された怒りが、彼女の体を速くした。アオは彼女の背中を見て、胸が熱くなるのを感じた。エナは広場の人々に、「落ち着け! 安全を第一に!」と繰り返し叫んでいる。人々は一斉に行動を切り替え、子どもを抱え、テントを畳み、防風のための縄を確保した。

だが、塔に近づいた者から、叫びが上がった。灰と破片が舞う中、風見鶏の支柱が折れ、色を取り戻せぬまま地面に落ちている。塔の一部は燃え、観測記録の箱は破裂寸前で鋼鉄の骨組みがねじれていた。何人かが塔の近くで作業していたが、負傷者は幸いにも軽度だった。けれど、塔自体が壊されたという事実は重い。

「やられたか……」エナの声が震えた。彼女は駆け寄って破片を撫でるように触れた。そこにあるのは焼け焦げた木片と無残な針金だ。風見鶏の色を失ったまま落ちている物体に、彼女の指先は止まった。アオはつい、その風見鶏に視線を落とす。序盤で見た色のない風見鶏と同じ無色の焦げ跡が、ここにもある。色が戻されるどころか、記録そのものを壊そうとする意図が読み取れる。

「王都の手かもしれない」ダンが低く言っ