天気屋

天気屋 第12話「第11章」

アオは、石畳の広場で手にした小さな棒を指し示しながら、声を張った。「ここから北の尾根を通れば、雪崩の落盤は少ない。羊の群れはそこを通せば危険が減る」

アオは、石畳の広場で手にした小さな棒を指し示しながら、声を張った。「ここから北の尾根を通れば、雪崩の落盤は少ない。羊の群れはそこを通せば危険が減る」

横並びになった十数人の村人たちの目が、彼に集まる。羊飼いの父トオルは腕組みを崩さず、娘のマリは唇を噛んでいる。ミツは近くの鉄塔で小さな金属片を抱え、ダンは地図をひざに押し付けながら眉を寄せている。エナはアオの隣で、ポケットにしまった布片に握られた紙切れをそっと隠していた。

「言葉だけで人は動かない」とアオは言った。声は低いが、訓練を二日繰り返した疲労のなかで鋭さを失ってはいなかった。「予報は時間をつくる道具だ。時間があるなら、人の手で道を固める。ロープを張って、雪庇を切って、避難所を確保する。今日やるのはそこまでだ」

トオルの唇が動いた。「だが、天気屋の言葉で俺の羊を連れ出せると思うか? 昔、予報が外れて大事な冬毛の時期に羊を失った。あのとき、誰が償ってくれた?」

マリの目は潤んでいた。周囲から同意の沈黙が波紋のように広がる。

ミツは鉄塔の上から腰を下ろし、金属片を弄る手を止めて首を振る。「言葉より、見せてよ。図でも、何か確かなものを」

アオは息を吸った。太陽は低く、谷の縁まで伸びた影が広場を冷たく引き締めている。ここで見せるものが、七日後の「白嵐」へ向かう人々の選択を左右する。彼は自分の能力を思い浮かべた。空に一枚だけ「明日の天気図」を描ける。それは予報を固定する力であり、同時に自分の睡眠を賭ける賭けでもある。描いた地域の天候は明日、その図のままになる。だが、災害を消すことはできず、避難のための時間を与えるだけだ。何度も書き換えれば、彼の目は人の表情の色を見分けにくくなる。眠らない夜を一つ差し出すたびに、色が薄れていくのだ。

「今日は小さな示範でいい」アオは言った。「明日の朝、北尾根の気流が安定することを示す。君たちに一歩を踏み出してもらえるだけの時間を作る。だが、書き換えるときは眠りを差し出さないといけない。明日以降まで変えたければ、俺は眠らない夜を積むことになる」

ダンが地図を指し示した。「つまり、図を一枚貼ってそのままにするわけだな。そこに頼るのは危ない。地図が変えられないのなら、状況が変わったら詰む」

「だから俺たちは図だけには頼らない」とエナが言った。ポケットの紙切れを指で挟み、視線を落としている。アオはエナの手元をちらりと見る。紙切れの端には、わずかに黒い印章の痕と、赤い塗料の小片がついていた。見覚えのある紋様ではなかったが、職人が品物に押した印のように整っている。彼女はそれを誰にも見せずに持っている。

「まずは訓練をやる。俺は天気図を一枚だけ描く。北尾根に『明日の安定』を描く。ミツ、君は鉄塔の代替動力を整えておけ。ダン、危険箇所のロープ張りと仮護岸を指揮してくれ。トオル、マリ、君たちは群れの移動ルートを北尾根に合わせる。失敗すれば被害は出る。だが、ここで立ち尽くしても何も変わらない」

トオルの表情は硬い。だが、マリが小さくうなずいたのを見て、彼の肩が少し下がるのが分かった。村人の一人がつぶやいた。「若者よ、失敗したら誰の責任になるんだ」

「俺のだ」とアオは答えた。言葉は簡潔で、訓練を始める決意のように響いた。

アオはゆっくりと、空に視線を移した。彼の能力はいつでも誰でも観測できる派手さを持たない。空に一本の線を引くような緩慢さで、彼は意識を集中し、自分だけの形で世界の明日を「描く」。手のひらに湿った風の感触があり、瞼の裏で雲の群れが紙の上に滲むような錯覚があった。

「描く」とき、彼は心の中で言葉を紡ぐ。北尾根――明日の風、湿度、気圧の谷。氷粒の移動方向。山稜に当たる風の伸び。彼が描いたものは鮮明な青と灰色と、白の線で構成された一枚の地図だった。しかしそれは目に見える地図として空に浮かぶのではなく、空の一角が静かに「その明日」の状態へ固まっていくような感覚だ。村人の多くは首を傾げたが、空の薄い層が少しだけ落ち着くのを感じる者もいた。

ミツが手を挙げた。「見えたよ。何か、空がすっとした」

「分かるか?」アオは訊いた。彼の声には静かな期待が混じっていた。

「……多分」ミツは答えた。「鉄塔の音が変わった。風が浅くなった」

訓練はぎこちないながら始まった。ダンは地形を熟知していた。彼はロープを持つ若者たちを配置し、危険箇所に足場を作らせる。ミツは鉄片を修理して、古い観測器を代替動力で短時間動かせるようにした。エナは避難所の配置図を配り、トオルは自分の羊の列を統率するために群れを整えた。アオは中心で、天気図の示した「時間」を意識しながら、逐一はっきりした指示を出した。吠えるような風が冷たく頬を打ち、雪片が舞い始める。だが北尾根の気流は確かに静かに、短く安定した。

訓練は部分的な成功に終わった。移動経路の一部がうまく機能し、数えるほどの家族が避難所へ移し替えられた。羊は混乱し、逃げ場を失って小さな混乱が生じたが、大きな損害は出なかった。人々は疲れた表情を見せながら、成功をかみしめるように肩を寄せた。ミツは興奮して声をあげた。「見せただけじゃない。動いた!」

だが、成功の温度がまだ冷めないうちに、エナがアオの袖をひそかに引いた。彼はその手を見て、エナの指先が震えていることに気づいた。彼女は人目を避けて、広場の片隅へと二人を連れ出す。

「見つけた」とエナは低く言った。彼女は紙切れを差し出す。そこには細い手書きのラインと、半分しか残っていない押印があった。黒い輪郭の中に幾何学的な線が走る紋章らしきもの。それこそが、預かっていた師匠の予報帳に混じっていた紙片の残りだった。

アオは息を飲んだ。紙の角に付いた乾いた赤い塗料が、遠い都市の標準的な色合いを思い起こさせる。彼はその瞬間、頭の中に幾つかの得体の知れない断片がひらめいた。何かが、この予報帳を取り巻く力が都市へとつながっている、と。

「これがどうしたんだ?」アオは問いかけるつもりだった。だがエナが言葉を続けた。「この押印、王都の観測局の備品に使われる印に似ている。師匠の帳面から剥がされた紙に見つかったものよ。偶然かもしれないけど、帳面を手に入れた者が王都へ関係している可能性がある」

アオの心臓が跳ねた。王都、ではなく――気象を統制する中央の機関が動いているのではないかという考えがよぎる。もしそうなら、白嵐の正体は自然だけの話ではない。誰かが意図的に情報を改竄したり、観測を止めたりしているのかもしれない。

「奪ったのが誰か分かれば、取り返す道が見える」ダンの声が背後からする。彼はいつの間にか二人の後ろに立っていた。地図嫌いのこの山岳兵は、くそ真面目な顔で紙を覗き込んだ。「だが、王都に行くのは危ない。兵や役人が目を光らせてるだろう」

エナは首を振る。「僕らが正面から行く必要はない。情報を集めて、隙を突く。師匠の帳面の残りがどこにあるか、どの倉に保管されているかを突き止めればいい。奪還は速攻が勝負だ」

「速攻が勝負だが、時間は限られている」アオは言った。彼は空を見上げた。今日描いた天気図は明日限りの保証だ。書き換えは眠りを削る代償を伴う。ここで寝ず