花火師 第11話「第10章」
広場の空気は、まだ夏の熱を保っていた。日が傾き始めると、屋外舞台の周りを埋めた人々の声が遠ざかり、期待が濃くなる。ユウは胸の奥でそれを感じ取ると、指先を何度も確かめた。指先には微かに、火薬の粉末が残る。今やりたいことは一つだ。ガルドの名誉を守るため、ここで手順の安全性を見せ、王都の役人たちに「我々は危険ではない」と知らしめること。
広場の空気は、まだ夏の熱を保っていた。日が傾き始めると、屋外舞台の周りを埋めた人々の声が遠ざかり、期待が濃くなる。ユウは胸の奥でそれを感じ取ると、指先を何度も確かめた。指先には微かに、火薬の粉末が残る。今やりたいことは一つだ。ガルドの名誉を守るため、ここで手順の安全性を見せ、王都の役人たちに「我々は危険ではない」と知らしめること。
「準備はどうだ、ユウ」ミナの声が近くで聞こえた。避難民区画の代表らしく、いつもと違う硬さが言葉に混ざる。
「楽屋の隅で最後の調整をしている。リラ、音の合図はどうだ?」ユウは目を細めて、耳を集中させる。リラは掌を胸に当て、音の高さをまるで色を見るように整えていた。彼女はいつでも、街の喧騒の中から合う音を拾い上げる少女だった。
「合図は三段階です。低い鐘が青。鞴の音が赤。保護の短符は金になるでしょう」リラは淡々と答えた。彼女の声は平静だが、その目は真剣で、周囲のざわめきを色に分解しているようだった。
ガルドは舞台の端で、古い点火棒を握りしめていた。かつて王都の宮廷の点火士だったという人が、腰を落ち着けて人々を見渡す。彼の指先は震えず、だがその眼差しには重さがあった。ユウはその重さを知っている。ガルドの背負ったものを守るのも、今日ここにいる理由だ。
舞台の中央には二つの筒が並んでいた。一本は青と赤で色分けした試作の花火。もう一本は、説明用の回路図と手順を記した紙束を挟んだ木箱だ。箱の蓋には避難民のシンボルが墨で押してある。役所の監視官が来ても見せるつもりの、証拠だった。
会場がしんと静まる。王都の役人と称する黒布の徽章をつけた監視官が、壇上に向かって歩み寄った。彼の側には長い記録簿を提げた助手がいる。役人の目は冷たく、しかし公的な微笑を浮かべている。ヴァルナの意向を匂わせる、その微笑だ。
「点火の演示を許可する。だが、手順書は点検のために管理局で保管する」役人が言った。口ぶりは形式的で、群衆に向けては丁寧だが、誰もがその言葉に含まれる鞭を感じ取った。
ユウは答える前に、手元の紙束を見た。ここには、赤と青の組み合わせ、発火の角度、煙の逃し方まで、ユウが工房の仲間と何度も擦り合わせた安全手順が書かれている。ガルドの名誉を守るには、これが公に残ることが必要だった。だが同時に、こんな書類が王都の手に入れば、都合のいい部分だけを抜き取り、都合の悪い部分は隠される可能性がある。ユウはその恐れを体で知っていた。
「公の管理の下で…」ミナの声が小さく震えた。周りの人々もざわつく。誰も、雄弁に役人に楯突けるほどの余裕はない。
ガルドが静かに一歩前に出た。「手順の公開は歓迎する。だが、原本を持ち去るのは違う。複写を許可した上で、元の記録はここに残すべきだ」
役人が一瞬眉を上げた。だがその表情はすぐに元に戻り、まるで用意された返答を吐くように言った。「規定により、公式の記録は管理局で保管することになっております。複写は可能ですが、監視のもとで行います」
拍手は起きない。ガルドの口ぶりには抵抗の余地がない。役人の手が、黒い布の袖口をまくり上げる。助手が木箱に伸びた手を掴む——その指先に、ユウは一瞬だけ光る金属の線の反射を見る。それは、文書を保護するための金の留め具かもしれない、と思った瞬間にはもう、監視官の助手が紙束を抱え上げていた。
「これを、管理局に。すぐに検査を」監視官は淡々と言い、掌の中で文書を屈める。群衆の中で、誰かの呟きが上がる。ユウの胸に針のような怒りが突き刺さる。だが言葉は出てこなかった。今、大声を上げれば子どもたちの前で衝突が起きかねない。ここで暴力を起こすことは、今日の目的そのものを壊す。ユウはそれを思い切って押し止めた。
舞台は予定通りに進行した。ユウは深呼吸をして、二本の筒のうち一つを取り上げる。これは赤と青だけで仕組んだ推進花火の模型である。ユウの掌が火薬に触れる。発動条件を確認する――火薬、あるいは鉱石に残る「色の熱」を三色まで編むこと。赤は熱、青は方向。金は守り。ここでは金をほとんど使わない。金の守りは必要だろうが、今日の目的は手順の安全性を見せること。金を少しでも使えば、ユウの痛覚が遠くなり、もし何か異常が起きて自分が気づかなくなったら——それは許されない。
ユウは赤の色熱を一巻き、続けて青を一巻きする。二色ならば比重は安定し、発火も揺らがない。重ねて同色を使わぬこと。これが禁止の一つであり、破れば暴発につながる。ユウはその細かな注意を掌に刻みながら、ガルドに点火棒を渡した。点火棒を受け取ったガルドは、はっきりとした仕草で火を付ける。昔の舞台での所作が自然に出た。火は上がり、赤い花が広がる。その中心から青い矢が飛び、旧避難路の方へ光を導いた。群衆からは驚きと安堵の溜息が漏れ、子どもたちの目が光る。
監視官は腕を組み、表情を崩さずにそれを見守った。点火は完全に成功した。説明者として壇上に立つユウは、手順の丁寧さと慎重さを言葉にして述べ、ガルドは助勢して点火の所作の由来を説明した。手順は評価された。近隣の職人たちが小さくうなずく。ミナは静かに涙を拭い、リラは人々の拍手のリズムを耳に刻んでいる。
しかしそのときだ。監視官がゆっくりと踏み出し、壇上に上がると、助手を促して木箱の蓋を堂々と開けさせた。群衆の拍手が消えていき、ユウは冷たくなる。役人は文書を一瞥し、書かれた一行一行をまるで舐めるように吟味する。そして、あるページを指で押さえると、ありふれた青墨の印ではなく、金箔が施された印章の跡を見つけたかのように目を細めた。
「これは国の重要回路に関する記述だな」役人の声は柔らかいが、群衆の空気が重くなる。ユウは心臓が喉を突くように高鳴るのを感じた。金の線——壊れた花火筒の内側に残った、あの金の線。序盤で見つけたそれと同じように、ここにも金の痕跡があった。役人の視線は、まるで地図の真ん中に置かれたコンパスの針を見ているかのようだった。ユウは瞬間、全てを掴まれた気がした。
「監督の指示で回収します」役人はそう言って、書類の一部を選り分けると助手に包ませた。彼は公的な手続きの名のもとに、都合のいいページだけを抜き取り、残りはそのまま持ち去るつもりだ。ユウは動けなかった。それは一種の略奪だった。だが外形は正式で、声を上げれば自分たちが無作法であるかのように見える。ガルドは拳を握りしめた。周囲の職人たちの顔に、恐れと怒りが走る。
「……行きます」役人は最後に短く告げ、群衆の背後に消えた。助手の背中には角張った箱が当てがわれている。ユウはその箱が王都の役人の手に渡る光景を、冷たい汗を浮かべながら見送った。
夜が更け、広場はざわつきを残したまま片付けが始まる。舞台の残骸を片付ける人々の手がぎこちない。ユウは舞台裏で、木箱の残った底や破れた紙切れを撫でながら固まっていた。ガルドがそっと肩に手をかける。彼の掌は温かかったが、それ以上の慰めはない。
「記録は消えたわけじゃない。監視官の手に渡っただけだ」ガルドが低く言う。だがその言葉に、ユウは希望よりも疑念を感じる。監視官が記録を管理局に持ち帰れば、そこから何が表に出て、何が隠されるのか。ヴァル