花火師

花火師 第10話「第9章」

ユウは、薄曇りの午前に腰を折り曲げ、指先で紙の束を押さえていた。汗でわずかにしなびた手袋の縁が机に触れる。目の前には、彼がここ数日でまとめ上げた手順書――ガルドの旧点火術とユウが改良した安全手順を併せたものが整然と並んでいる。見せるべきは「手順」であり、守るべきはガルドの名前だった。彼は今、それを公開してガルドを守るしかないと思っていた。

ユウは、薄曇りの午前に腰を折り曲げ、指先で紙の束を押さえていた。汗でわずかにしなびた手袋の縁が机に触れる。目の前には、彼がここ数日でまとめ上げた手順書――ガルドの旧点火術とユウが改良した安全手順を併せたものが整然と並んでいる。見せるべきは「手順」であり、守るべきはガルドの名前だった。彼は今、それを公開してガルドを守るしかないと思っていた。

「ユウ、開始の合図は三分後よ。ミナが人を集めてくれた。あの監視官も来るって聞いたけど……まあ、やるしかない」

ミナが小さな声で言う。避難民区画の代表として、彼女は壇上の脇で声をかけ続けていた。昨夜握手を交わした子どもたちが列を作り、彼らの親たちが不安そうな目で自分たちの小さな工房を見つめている。もし失敗すれば、ただの「不正点火」の口実でガルドは捕まるかもしれない。ユウは紙に視線を戻し、ページの端にかじりついた手つきで短く息を吐いた。

「リラ、音の合図はどうする? 今日はあの一斉合図で青を入れる手順を見せたい。あの方法があれば、遠隔での方向付けが可能だって、皆にわかってもらえるはずだ」

リラは耳に小さな布を結びつけたまま、首をかしげる。彼女は音を色として“聞く”少女だ。かすかな嗜好のように首筋の筋が動く。「問題ないよ。今日の風の音、太鼓、そして私の笛が合図になる。私が決めた一つの音で、みんなが同じ色を思い描けるようにする」

ガルドは、きしむような笑みを浮かべて紙席の端に座っていた。元宮廷点火士。王城での仕事が災いして追われた男だ。彼の手は震えているが、目はひどく真剣だ。「ユウ、頼む。あれがあれば、この区画の人間は守れる。私の名も、恥も、公の前で洗い流してくれ」

ユウは押さえた紙束に軽く拳を当てる。自分が今したいこと──ガルドを公の場で無害な手順として提示し、王都の監視官どもに「危険ではない」と認めさせること。妨げは、王都から送り込まれた監視官の冷たい視線、資材の不足、そして何より“火”を見る人々の恐怖だ。守る対象は避難民たちの暮らし、花火を怖がる子どもたち、そして何よりガルドという人間だった。

「始めるよ」ユウは言い、机の上の小さな筒をひとつ取り上げた。壊れた花火筒の修復例として作った縮小実験品だ。竹の小管に詰めた薬莢には、彼が織り込んだ赤と青が入っている。金は極微量にとどめた。金を足せば守りの機能は確実に強くなるが、ユウはここで金を多用するわけにはいかない。金は使えば使うほど、彼の痛覚を遠ざける。痛みに気づけなくなるという代償は、今日の舞台では許容できないリスクだった。

周囲の視線が集まる。王都の監視官は、記録係を従えた黒い外套の男と共に壇上の正面に立っていた。彼は書類袋を膝に抱え、時折鷲鼻をくしゃっとさせる。来るべき言葉を探しているようで、その表情は冷たく計算ずくめだった。

「……公の実演ですね。安全性の立証を望むなら、きちんと手順と記録をなさい。記録は後で精査する」監視官が言った。言葉自体は穏やかだが、背後にある圧は明らかだった。ユウはうなずき、手元の小管をリラに差し出した。

「リラ、笛を吹いて。私が赤を点ける。あなたの音で青を入れてくれ。ミナ、観衆の安全帯をお願いします。ガルド、点火の合図は私が出す」

ガルドは固い声で同意した。彼の手は炉で鍛えた筋だが、表情は緊張で硬くなっている。ガルド自身が点火を示すと同時に、監視官がメモを取るペン先が紙に触れる音が聞こえた。リラは笛を唇に当て、軽く吹いた。彼女の耳には、彼女しか聞こえない色が流れ込むという。ユウはそれを頼りにした。

リラの笛が長く澄んだ音を出す。彼女は音を“青”として定義していた。集まった人々の間で、いくつかの囁きが走る。青だ、方向だ──と誰かが言う。ユウは赤を込めた薬を手に取り、指で微細な粉末をまぶすようにして合図を織り込んだ。赤は熱。短い閃光と温度の変化を生む。

「注意」ユウが低く言い、ガルドが小さく頷く。ミナが客席の端でロープを張り、人々を前へ出す。リラの二度目の笛が入り、ユウは手を払い、赤の導線を点火させた。小管の先端がほろりと燃え、短い火花を散らして上がる。火は低く、真っ直ぐ上へと推進され、漆黒の布に当たってゆっくりと広がった。青の作用で軌道が安定し、観衆の誰もが息を呑む。

見る者の中には、花火を恐れて背を向ける子どももいた。だが多くは目を輝かせ、拍手が小さく生まれる。監視官は顔色を変えずに書類をめくるだけだった。ユウは金をほとんど使わず、赤と青の二色で安全な推進花火を見せた。これでガルドの主張する「制御された火」が本物であることを示せるはずだった。

だが、すべてが思い通りに進んだ瞬間、監視官が立ち上がり、すっと前に出た。彼の手にはいつの間にか小さな革袋があり、中には彼が先ほどから書き留めていた書類と、いくつかの実験記録、さらにガルドの点火手順の写しと思しき巻物があるように見えた。観客のざわめきが大きくなる。

「公表は有り難いが、これは公式の検査を経るべきである。資料は私が預かる」監視官の声には一切の揺らぎがない。誰かが抗議しようとしたが、監視官の付き人がすぐに男たちを押しとどめた。公権力の空気が会場を覆う。ユウの胸に冷たい石が沈むような感覚が走った。

「それは、私たちの記録だ」ガルドの声が震える。彼は前に出て、監視官の手に触れようとするが、付き人により腕を押し戻される。ミナが間に割って入り、監視官に顔を近づけて言った。「返していただけますか。これは区画の安全のためのものです。持ち去る理由は何ですか?」

監視官はミナを一瞥し、表情に僅かな嘲りを含ませた。「王都の指示である。資料は王都の保管に寄越される。安全審査のための一時預かりだ」彼が楷書のような丁寧な言葉で言っても、その手は確かに資料を包む革袋をぎゅっと握っている。彼の袖口には小さな紋章が見えた――王都のものだ。

ユウは言葉を出せなかった。目の端でリラが眉を寄せ、小さな音を忍ばせた。彼女の聞く“色”に何かが変わったのが伝わる。リラは息を呑み、すぐに唇を噛んだ。音の色が、どこか灰色に、抑圧されているように感じられると言った。耳栓をする人々の多くが、そうして過去に警報を消させられたという話をした彼女の声を、ユウは思い出す。

「監視官殿、それはこちらの物だ。後日お返し願いたい。公式な手続きがあるにせよ、丁寧に扱ってほしい」ユウはできるだけ穏やかに言った。だが監視官は冷たく笑い、革袋を肩に掛けて立ち去ろうとする。

彼の背中を一瞬だけ二人の影が伴った。片や黒い外套、片や銀の桜模様の刺繍が目を引く若い役人だった。彼らは書類袋を抱いたまま、人混みを割って行く。その様子は周到に計算されたもので、まるで出来事が最初から用意されていたかのような速さと正確さだった。ユウの胸の内に、さざ波のような嫌な予感が広がる。

「返せ!」ガルドが叫んだ。壇の上で、ガルドの手が懐から切り出した短冊の束を指差す。だが監視官は振り向きもせず、漸く振り返ると薄い嘲笑を浮かべ、「名誉のために、我らは検査するのだ」とだけ言って去った。

人々の拍手が凍りつく。ミナは膝をつき、顔色を失った。ユウは紙の束をつかみ直し、ふと自分の右手のひら