騎士団の悪役令息は失踪した王女を探す

騎士団の悪役令息は失踪した王女を探す 第17話「第15章」

潮風が石橋の目地に潜む少しの塩を揺らす。ユリオは分厚い羊皮紙を前に、息を合わせるように周囲を見渡した。木製の卓上地図には小さな錐のようなピンが等間隔に並び、色とりどりの糸が引かれていた。領主マーレクの長い指が、港を示す青い糸の結び目をとらえる。遠くでロゼットたちの甲冑が鳴る音がした。若い騎士たちの足並み、短い会話、そして海鳴り。すべてが、「合意」を作るためにここへ集まっていた。

潮風が石橋の目地に潜む少しの塩を揺らす。ユリオは分厚い羊皮紙を前に、息を合わせるように周囲を見渡した。木製の卓上地図には小さな錐のようなピンが等間隔に並び、色とりどりの糸が引かれていた。領主マーレクの長い指が、港を示す青い糸の結び目をとらえる。遠くでロゼットたちの甲冑が鳴る音がした。若い騎士たちの足並み、短い会話、そして海鳴り。すべてが、「合意」を作るためにここへ集まっていた。

「ここに在る条文は、王都が長く示してきた——“騎士の奉仕は、主君の指のままにあらしめる”とあります」マーレクが低く言う。彼の声は塩を帯び、古い城の壁のように滑らかで冷たかった。「我が家の家督は我が一族のものだ。貴公がどう読み替えようと、我が家の血筋だけは守る」

ユリオは羊皮紙を指で撫でた。条文の字は擦り切れ、ところどころ黒いインクが滲んでいる。彼の技能はここで働く。古い制度文書の矛盾を、関係者全員の同意で読み替える。ただしそれは万能ではない。全員の合意がなければ効力はない——そして、もし自分が一方的に誰かの運命を決めれば、自分の選択肢を一つ失う。それはいつも、胸の奥で小石のように冷たく感じられる予感を伴っていた。

「同意が必要だ」ユリオは短く言う。「ここにいるすべての者が、自分の意思でこの解釈に頷く。そうでなければ、私は読み替えを行わない」

長い沈黙のあと、町長セミオンが唇を噛んでうなずいた。商人ギルドの代表、聖職者エイダもゆっくりと視線を落とす。騎士たちは外の広場に並び、ロゼットが彼らの前で声を張っていた。彼女の言葉が波紋のように城内に届く。「名誉は強い人のためだけのものではない。君たちが自らの誇りで守るものを選ぶ権利を、奪われてはならない」

若い騎士アレンの眉がぴくりと動いた。彼は剣の柄を抱えながら、小さな声で言った。「俺が家を出たのは、王女殿下のためだ。だが、家のために動かされるのは違う。俺が誓ったのは、守る意思だ。それは誰かに与えられるものじゃない」

その一言が空気を変えた。ロゼットは微笑を返し、甲冑の間で彼の手を軽く叩く。若者たちが一つ、二つと頷く。マーレクは歯を見せずに笑い、「ならば我が家としても、新しい誓いの在り方を認めよう」と言った。彼のその態度は、末端の支配を失う痛みを隠すための鈍い仮面だった。

ユリオは全員の手を羊皮紙の上へと招いた。風が一瞬強まり、インクの匂いが鼻を刺す。彼らは声を合わせて、短い文言を読み上げる。「我らはここに、契約の解釈を共同で定めることを誓う。各々の誇りと責務は尊重され、同意に基づく奉仕は、個の意思に根ざすものとする」

その瞬間、ユリオの視界が一度だけ鋭く収縮した。彼は読み替えをするにあたって、全員の意思を引き出す交渉の術を働かせた。このやり方では能力は露見せず、代償も生じない。マーレクは重い署名を落とし、ピンが一つ地図の縁で震えたが抜けはしなかった。合意書は生まれ、若き騎士たちは自分たちの意思で忠誠の形を選ぶ道を手に入れた。

だが、その直後、広場の方から叫び声が上がった。屋根の上で瓦がこぼれ落ち、子供の泣き声、何かがぶつかる鈍い音。ユリオは反射的に立ち上がり、全員の視線がそっちへ向く。トマスが走り込んできた。顔は蒼白で、手には小さな紙切れを握りしめている。

「家で──妹が、偽りの密告で騒ぎになっている。税の不正があったとされて、群衆が門を壊しかけている。家が焼かれる」。トマスの声は震えていた。彼はいつも理知的だったが、家族の名を出されると指先が震える。周囲の空気が、一瞬で凍る。

ユリオは胸の奥で何かが反応するのを感じた。思考が走る。ここで議事を止めれば、今までの合意を危うくしかねない。だが、トマスの妹が待っている。人が死ぬかもしれない。ユリオの指先に、かつて味わったことのある欲動が走った——判断を下したいという欲求。だが彼は知っていた。もし自分が一方的に、誰かの運命を決めるような読み替えを行えば、自分の選択肢を一つ失う。だが今は差し迫っている。選べる猶予はない。

「――皆、聞いてくれ」ユリオは低く声を発した。誰もが耳を傾ける。彼は決意を固め、羊皮紙を掴んだ。「私は今、この場で一件の運命を判ずる。トマスの家の税上の疑義は撤回され、その家族に対する暴行は違法であると宣する。これを以て町の執行を停止する」

通常の儀式とは異なり、ユリオは全員の同意を取らなかった。時間がなかった。群衆が門を押し開く前に、即断を下す必要があった。彼は自分の技能を使い、「一方的な決定」として運命を押し返したのだ。

最初に感じたのは金属の味だった。舌の裏に鉄の匂いが広がるように、冷たい硬さが胸に落ちた。次に、ユリオの手のひらに、一つのピンが震えてから、地図の上からするりと外れ、床へ落ちた。赤い糸の端が空中で止まり、はっとしたようにたゆんだ。ユリオはそれを見て、言い知れぬ空虚に襲われた――まるで自分の脳裏にあった無数の扉の一つが、音もなく閉じられたような感覚。

トマスは青白い顔でユリオを見た。「君は……なんという力を」

「——やりすぎた」ユリオは呟いた。言葉の重みは、彼の胸をさらに締め付けた。代償はすぐさま現れた。彼はその場で頭の中にある未来像の一つを、確かに失った。これまでは選べた“王都へ直行して総帥に詰め寄る”という選択肢が、ふいに薄くなっている。思い描こうとしても、幾分か色を失った紙の絵のように、輪郭だけが残る。行けないわけではないが、そこに入れたはずの「自由な選択」が一つ減ってしまった。ユリオはそれを、誰にも見せずに呑み込んだ。

群衆はその間に一旦静まった。ユリオの即断は実効力を持ち、執行者たちは混乱して指示を交わす。トマスは膝をつき、震える手でユリオに礼をした。だがユリオには安堵の味はなかった。代わりに冷たい空虚が胸に居座る。

その時、小さな足音が石畳を速く走って来た。町の門の方から現れたのは、血を跳ねた革の鞄を提げた使者だ。彼の息は荒く、掌は震えている。長い封蝋の印が一つ、彼の胸元で光る。ユリオはその印を見ている間に、既視感のようなものが胸をよぎった。双剣と秤の印だ——王都の騎士団総帥の印章。

使者は声を荒げ、手紙を差し出した。「総帥からの急使です。王女殿下に近い者が――王都の外縁で目撃された。先鋒隊が彼女を監視しているという報告が入りました。総帥は──直接の調査を望んでおります」

会議室の空気が一瞬固まった。ユリオは手紙を受け取り、封を裂いた。文面は簡潔だった。調査の要請、そして総帥の名前が署名されている。字は太く、圧力を感じさせる。

ユリオの目の前で、机上のもう一つの赤いピンが静かに傾いた。彼はそれを見て、失った選択肢の重みを改めて理解した。王都へ向かうか、各地で集めた合意を固めるか。直行すれば、総帥の懐深く入る危険がある。留まれば、王女に近いという証言を逃すかもしれない。しかも、今の彼には、一度自らの判断で奪った選択肢の分、何かを諦めねばならないという代償が残っている。

ロゼットが肩越しに低く囁く。「先に行くか、ここを固めるか。騎士たちは、今こそ自分で決めると言っている。だが総帥の名は重い」

トマスは手紙に目を走らせ、「妹の件は解決した。だ