帳簿の悪役令嬢は王子を選ばない

帳簿の悪役令嬢は王子を選ばない 第15話「第13章」

帳簿は壇上の欄外に据えられた木箱から、誰の手にも触れられないように布で覆われたまま運び出された。ソフィアはその布を、観衆の視線が固まるのを感じながらゆっくりと払った。羊皮紙の匂いが冷たい空気を切り裂くように広がり、古い鉛筆のような、鉄と藁の混ざった匂いが鼻孔をついた。蝋燭の光が頁の縁を浮かび上がらせ、縦長の行に鱗のように走る文字列と、斜めに交差した小さな押印が連なるのが見える。

帳簿は壇上の欄外に据えられた木箱から、誰の手にも触れられないように布で覆われたまま運び出された。ソフィアはその布を、観衆の視線が固まるのを感じながらゆっくりと払った。羊皮紙の匂いが冷たい空気を切り裂くように広がり、古い鉛筆のような、鉄と藁の混ざった匂いが鼻孔をついた。蝋燭の光が頁の縁を浮かび上がらせ、縦長の行に鱗のように走る文字列と、斜めに交差した小さな押印が連なるのが見える。

「ここにあるものが――」ソフィアは声を絞り出した。壇上の彼女の肩に人垣の熱が伝わって、薄い絹の裾が皮膚に擦れる。長い間耳にしたことのないほどの静寂が会場を満たし、誰かが息を吸う音だけが大きく響いた。

最初に立ったのは、細い手をこらえながら前に出た一人の裁縫女、マリアだった。茶色い手は裁断跡のある指先で懐から古い針箱を取り出し、それを観衆に見せた。針箱には――かつて娘の名前を書き込んだ小さな紙が折られて入っている。帳簿の欄外に、彼女の娘の「婚姻指名」が刻まれていたのだ。

「娘は夜、枕の下で泣きました」とマリアは低く、しかしはっきり言う。声には織物を撚るときと同じ滑らかさがあって、しかし言葉の終わりで糸が切れたように震えた。「私が娘のために針を動かしていたときに、役人たちは帳簿の一行を差し込みました。『未婚女は王家の配慮に委ねられる』と――その一行のために、娘は自分の未来を選べませんでした」

観衆の中で何人かが小さな声を漏らす。ソフィアはじっとマリアを見る。彼女の能力はいつもここで求められた。古い文書の矛盾を、当事者全員の合意によって読み替える――それがソフィアの持つ交渉の仕方だ。だがそれは「当事者全員」がいるという前提を必要とする。書かれた文字に触れて新しい意味を与えるためには、そこに名を連ねた一人一人が同意しなくてはならない。合意がない読み替えは、帳簿を震わせるほどの代償を彼女に課した。

壇の端に控えていた審定局の長、マルクスが床を杖で軽く叩いた。鍵の入った木札がカチリと音を立て、会場の空気が再び整えられる。

「審定局は、本日も原則を申し上げる」とマルクスは低く言った。「帳簿における条項の変更は、記載された当事者全員の署名――すなわち『自らの意志による承認』がなければ、審定局は認められない。古い頁を改めることができるのは、合意だけである。それが我々の制度の根幹だ」

声は堅く、しかしどこか乾いていた。言葉を聞いた瞬間、ざわめきは怒りに変わる。会場の端から男の声が割り込み、短い怒号が飛んだ。

「待っていられるか! あの娘を差し出した者がいるなら、ここで帳簿を引き裂け、変えてしまえ!」

叫んだのはヴァンサンという名の男で、酒で赤くなった顔に血管が浮き、拳を振り上げた。彼は壇の前に押し寄せ、そばにあった小さな木箱をひっくり返し、帳簿を素手で掴もうとした。その瞬間、ホールの空気が鋭く張りつめる。

ソフィアは身体が反応するのを止められなかった。彼女の手は無意識に帳簿へと伸び、指先が羊皮紙に触れた。いつもとは違う冷たい感触が、指先から骨の奥へと走った。彼女は一瞬だけ「読み替える」ことができた。目の前の文字列が、薄い膜のように剥がれて、別の意味を帯びる可能性を示した。しかし、会場には全員の合意はない。ヴァンサンの掴んだ手は怒りに震え、他の者たちは混乱し、署名者の一人はこの場にいない。

せっぱ詰まった思いのまま、ソフィアは――抑えるべき本能を捨てて、彼女の力を一方的に使ってしまった。小さな光が帳簿の頁の上を走り、文字が細かく震えた。変化は瞬間的に起こった。会場で一つの叫びが上がり、マリアの顔がぱっと明るくなった。娘の名前につけられた不利な一行が、別の言葉に塗り替えられたのだ。

だが同時に、ソフィアの胸の奥で何かが切れた。硬い、紙の裂けるような断絶音が頭の中で鳴り、右手の中に冷たい空洞が残ったように感じた。彼女は体温が一瞬にして引き抜かれるような虚無に襲われ、幼い頃に母が唄ってくれた子守唄の一節を、ふっと忘れてしまった。記憶の一片が、風に飛ばされた枯れ葉のように消えていく感覚だった。

「――ソフィア!」クレアの声が割り込んだ。彼女はすぐさまソフィアの横へ飛び出し、軽く肩を掴んだ。「やってしまったのね。代償が来た――!」

マルクスの眉がぴくりと動き、審定局の書記が慌てて記録を取り始める。その書記のペン先が紙に引っかかる音が、広間のヘビのように鋭く響いた。ソフィアは右手を見た。指先のひとつに、黒い紋様のような痣が滲んでいる。小さな紙片が紋様のように皮膚に張り付いているようにも見えたが、触れば消えるのだろうか。彼女はその痛みを噛みしめるようにこらえた。

隣でマリアは、涙を拭いながらも震える笑顔を見せる。娘の未来を取り戻した。ただし、代価はソフィアのものだった。

「これが――」会場のどこかで、低い声が漏れる。「力を一方的に使うと、持ち主が何かを失う――と聞いたが、あれは本当なのか」

ソフィアは口を開こうとした。だがその時、クレアが前に出て、高く、はっきりと声を張った。

「私たちが署名します。ここにいる者全員で署名してみせる。あなたが一人で背負わなくてもいい」

クレアの言葉は火の点のように周囲に伝播した。席から立ち上がる者、脇に控えていた青年たちが前へ出る。エドゥアン――小柄な元書記の青年は、震える手で白布を取り出すと、そこに短く自分の名を書き付けた。誰かがその横に手を差し出し、次の者が墨を受け取る。ひとつの動きが波紋のように広がり、古い儀式を思わせる署名の輪ができあがった。

「全員の意思で変えるならば、私たちは自分たちの意志を示す」とレオンが言い、彼の筆跡はいつもより固い。兵士のエリオは叫んだ。「俺たちはここにいる! 自分の未来を奪われた者は自分で取り戻す!」

署名はゆっくりとしかし確実に増えていった。審定局の書記がそれを黒く記録すると、帳簿の頁の縁にまた柔らかな光が戻った。ソフィアはその様子を見ながら、胸の中の重さが少しだけ和らぐのを感じた。自分が一方的に運命を定めるのではなく、当事者たちの合意で変わる――それが、本来の形なのだと、今この場で誰もが証明している。

帳簿は、観衆の署名列ごとに、ぱりりと、しかし厳かな紙擦れの音を立てた。改変履歴の欄に、新しい黒い線が入り、そこに「202年・公開討論会・合意改定」と書き添えられる。マルクスは渋い顔でその行を書き写し、審定局の印を押した。その瞬間、会場全体から一つの吐息が出たように思えた。

だが、彼女たちが勝ち取ったものの向こう側に、別の影が立っているのを誰もが見落としてはいなかった。ソフィアが帳簿の改変履歴を指差してみせると、観衆の一部がざわりと波打つ。

「ここを見てください」ソフィアの指は古い頁の、一段下の行を示した。そこには過去の改変が細やかな筆跡で列挙されている。頁の隅に並ぶ数行のうち、ある一行だけ、署名欄に明らかに異質な印が押されていた。――それは既知の氏名でも、いつもの役人の筆跡でもない。小さな円の中に、まるで消えかけた影のような印影があるだけだ。

「影の印」――会場の中の一人が吐き捨てるように言った。マリアの手がふるえ、針箱は床に転が