卒業制作室で成績優秀な落第生は一緒に休むことを覚える

卒業制作室で成績優秀な落第生は一緒に休むことを覚える 第6話「第5章」

白日の蛍光灯がぶつ切りの影を床に落としていた。卒業制作室は、公開合評会の残り香と疲労でねっとりと湿っている。空気はシンナーとコーヒーの混じった匂い、紙粉のざらつき、そして誰かが床に落としたプラスチックの床材の軋みが重なっていた。

白日の蛍光灯がぶつ切りの影を床に落としていた。卒業制作室は、公開合評会の残り香と疲労でねっとりと湿っている。空気はシンナーとコーヒーの混じった匂い、紙粉のざらつき、そして誰かが床に落としたプラスチックの床材の軋みが重なっていた。

蓮は大きな布を抱えて、ゆっくりと自分たちの作品にかけようとしていた。四角い木枠に取り付けられたあのインスタレーションは、二人で夜を越えて作った「共同の痕跡」の一つだ。布の隙間から、まだ乾ききっていない顔料の光沢がちらりと見える。それが余計に脆さを際立たせていた。

「蓮、待って」――透は言葉にならない音を飲み込んで近づいた。背中越しに聞こえるのは、隣室からの批評者たちの声、スマートフォンの低い振動、そして廊下を走り去る足音。噂はもう、制作室の外の空気を支配している。誰かが「保守的だ」「評価に寄らない」と囁けば、それはすぐに別の誰かの不安になる。蓮の肩はその不安を受け止めきれずに縮んでいた。

蓮が布をかける手を止めた。頬にかかった髪をかきあげる仕草が、子供じみて見えた。彼の瞳の奥には、発表の壇上で浴びた距離感の冷たさがまだ残っている。透はその奥に、触れられるものを探した。

共同で作ったものには、痕跡が残る。透にはそれが見える。細い光の筋のように、温度と色が縒り合わさって作品の表皮に浮いている。夜中に交わしたささいな言葉、蓮がためらいながら刻んだ小さな傷、二人が同じ瞬間に笑った音の粒――それらが織りなす目に見えない地図が、作品にだけ残る。

透はゆっくりと手を伸ばした。指先が布の端に触れる。彼の内部で感覚が開く。音が遠ざかり、色が増幅される。細い光の筋が指先から透の掌へ、そして視線へと流れ込んだ。蓮の笑いの痕、夜明けに見た泣き笑い、逃げ出しそうになった時の小さな決心――その一つ一つが、淡い藍や燃え残る夕焼けの色を帯びていた。

「蓮、これ――」透は息をついた。言葉にすることで、相手を止められると思ったのだ。具体的な確認で、蓮の不安を消せるはずだった。「君は、あの日の夜、ここを離れたくなかったんだ。最後まで形にしたいって、そう思ったんだろ?」

蓮の肩がぴくりと跳ねた。目に一瞬、怒りとも哀しみともつかない光が走る。言葉は届いたはずだった。だが透の手元で、作品の表面が微かに震えた。最初は気のせいだと思った。次の瞬間、色が溶けるように抜け始めた。

布の縁から露出した顔料が、水の中に戻るように退いていく。刷毛跡の微かな高低が、みるみる平らになっていく。透の視界の端で、あの藍が灰に変わり、夕焼けがすりへって行った。音も変わった。作品に触れた空気が、薄いビニールを引き裂くような小さな裂ける音を立てる。時間が遅くなった。透の胸の鼓動だけが大きくなり、周囲のすべてがスローモーションになって観察される。

「なに、してるの……?」蓮の声は震えた。布を取り落とし、後退する動作がぎくしゃくしている。手のひらに残る透の熱が、急に冷えていくのを感じた。

「違う、違うんだ。確かめたかっただけで——」透は声を繋げようとしたが、説明が届く前にまた一つ、色が抜け落ちた。痕跡が透の言葉に反応して縮み、輪郭が消える。蓮との共同の刻印が、透の決めつける言葉で自分自身を溶かしていった。

「やめて、透……」蓮の瞳がゆっくりと赤くなった。涙か、怒りか、透には判断がつかなかった。布の上に残されたわずかな色が、箔のようにゆらりと剥がれ落ちる。床に落ちた色粉が、まるで吸い込まれるように薄くなっていった。

それを見た近くの学生たちがざわつく。実里が透の腕を掴んだ。「何をしたの、気付いてたのにどうして――!」彼女の声はただの非難ではなかった。混乱と恐れが混ざった実里の手が、必死に作品を守ろうと伸びる。ほかの何人かも駆け寄り、剥がれた顔料を拾おうとするが、指先で触れるとまた色は薄くなるだけだった。

野中先生の声が遠くから響いた。「そこまでだ、学生同士で解決しろ」彼は動かない。制度の側に立つ人間の無関心は、いつもこうして現場の温度を下げた。透はその声に、さらに深く責任の重さを感じる。

透の感覚は裂かれた。能力が示すものは鮮やかで、しかし自分の言葉で言い固めた瞬間に壊れる。痕跡は保護的ではなくて、きわめて脆い。彼はその事実を、身体に刻まれる痛みとして初めて知った。頭の奥に冷たい鉛のような重りが落ちる。鼓膜の内側がきしみ、歯茎の奥に金属の味が走った。指先は震え、掌の体温が一瞬で吸い取られたように感じる。

「透、君はいつも……」実里が呟く。言葉が続かない。彼女は自分が何を選べばいいのかを探していた。仲間たちの目が透に向く。その視線は問いであり、非難であり、救いを求める懇願でもあった。

蓮は布を抱き寄せると、ゆっくりと荷物をまとめ始めた。動作は静かだが決意の硬さがある。誰にも見せないように、彼は指の間で小さな紙端を揉む。透はその紙端が、先ほどの合評会場で渡された匿名のメモの一部だと気づいた。「卒業に値しない」——そこに書かれた複数の鉛筆の跡。そうした痕跡が誰かの力を得て拡大していくのを、蓮は耐えきれなかったのだ。

「行かないで」言葉は透の喉から絞り出された。それは頼みではなく、懇願のようだった。だが透はもう、その言葉が何を意味するのか分からなかった。自分が何を失わせてしまったのか、確かめる術すら奪われていた。

蓮はゆっくりと顔を上げ、透を見た。その目には怒りの火と、やはり深い疲労が混ざっている。「透、君のその能力はさ……他人を助けるためのものじゃない。誰かの気持ちを封じるためのものでもない。確かめたくなる気持ちは分かる。でも、決めつけることは、私たちがここまで大事にしてきたものを壊すんだよ」

その言葉は、透の胸を重く鷲掴みにした。蓮の横で実里が布を押さえ、ほかの学生たちが掻き集めた剥がれた顔料の粉を紙の皿にのせる。どれだけ集めても、もう同じ色には戻らないと、誰もが知っていた。

「僕は……」透は自分の能力を弁明しようとした。条件は彼の中で明確だった。「共同で作ったものにだけ痕跡が残る」——それが能力の唯一の救いだったはずだ。だが今は、その条件でさえ自分の行為によって裏返された。決めつけることで痕跡は薄れ、関係そのものが亀裂を起こしたのだ。

蓮は荷物を背負い、背中を向けた。彼の肩は一直線に伸び、足取りは確かだった。振り向くことなく、彼は廊下へと進み出す。廊下の蛍光灯の明かりが、彼の背中に刃のように当たる。扉が開くと、外の暖かい昼光が差し込んだ。廊下には、合評会の余波で残されたちらしや紙屑が舞っている。誰かが落とした図面の端が、蓮の靴下の間でくるっと丸まった。

「蓮、待ってくれ——」透は立ち上がろうとしたが、足がもつれた。頭が割れるように痛む。手のひらの感覚が薄れて、指先の白い爪の縁がぼんやりと光る。実里が透の背中を押して、無理にでも彼を立たせるようにした。

蓮は扉のところでふと立ち止まり、振り返った。距離がある。互いの間には、もう自分で修復できない何かが横たわっている。蓮の目は透をまっすぐ見据えた。怒りでも哀しみでもなく、静かな決断の光だった。

「透、今は行くよ。私、自分のことは自分で決める。噂に引