卒業制作室で成績優秀な落第生は一緒に休むことを覚える

卒業制作室で成績優秀な落第生は一緒に休むことを覚える 第4話「第3章」

蛍光灯の白が紙と石膏と接着剤の匂いを切り裂く。窓の向こうではキャンパスの芝生が夜風に揺れ、遠くの建物のシルエットがぼんやりと連なっている。外側は開けているはずなのに、卒業制作室にはいつもより密度の高い息遣いが溜まっていた。誰かが後から入れたBluetoothスピーカーが、ポップな曲を遠慮がちに流している。曲は制作室の緊張に馴染まず、どこか滑稽にすら聞こえた。

蛍光灯の白が紙と石膏と接着剤の匂いを切り裂く。窓の向こうではキャンパスの芝生が夜風に揺れ、遠くの建物のシルエットがぼんやりと連なっている。外側は開けているはずなのに、卒業制作室にはいつもより密度の高い息遣いが溜まっていた。誰かが後から入れたBluetoothスピーカーが、ポップな曲を遠慮がちに流している。曲は制作室の緊張に馴染まず、どこか滑稽にすら聞こえた。

「透、そこ接着していい?」蓮が低い声で尋ねた。手元には、二人で組み上げてきた小さな装置がある。紙と針金、薄い木材を継ぎ合わせた仮の骨組み。展示用に動くはずのパーツだ。

透は瞬間、装置にふっと視線を落とすと、そこにわずかな色のこもった光のようなものが見えた。普段の人目には何の変哲もない紙片だが、透には分かる。残滓——二人が同じ手で触れ、同じ時間を注いだ痕跡が、表面にまるで膜のように薄く残っている。

「うん、いいよ。角はテープで補強して」透は返事をしながら、痕跡に意識を寄せた。確かめたい。蓮がどう思っているか、ほんの少しでも知れたら楽になる —— 透の胸の中でそれが膨らむ。

しかし、いつも通りのルールが身体に刺さる。決めつけて当てはめると、痕跡はふっと消える。透はそれを誰よりも恐れていた。だからこそ、言葉を飲み込んで、指先だけで触れてみる。紙は乾いていて、針金の接続はまだ熱を持っているように感じられる。蓮の呼吸が隣から伝わる。

「ちょっと強めに寄せるよ」蓮がそう言って手を伸ばした瞬間、制作室の外から声が割り込んだ。廊下を歩く足音、部屋の外で交わされる噂のさざ波。遥かに聞こえるのは「魅せ方」「順位」「あの二人」——いつの間にか、透と蓮のことが周囲の話題になっていた。噂は制作を表層化し、手間や時間よりも見栄えを優先させる圧力に変わる。

透は押し殺した言葉をまた飲み込み、無理に笑った。笑うことで、蓮との距離を埋めようとする。休むことを覚えたい──それが透の目的だと、彼は何度も自分に言い聞かせていた。だが今は、休むために近づくのか、制作のために近づくのか、それすら判然としない。

蓮が接着剤のチューブのキャップを外した。瞬間、透は自分の内側でブレーキが壊れるのを感じた。見て確かめたい、蓮の本音を。確かめるために少しだけ「決め」ればいい──そんな囁きが耳に入る。

「……蓮ってさ、いつも制作のときだけ真剣になるよね。そういうとこ、好きなんだなって、俺は思ってる」透はつい口に出してしまった。針金を握ったまま、無意識に自分の感情を一言で定義する。言葉は空気に落ち、蓮の肩に触れる。

言葉を発した瞬間、薄膜のように見えていた痕跡が、まるで薄氷が割れるように消えた。紙の表面が急に冷たくなり、手の感覚の温度が奪われる。透の胸が、凍る。蓮の瞳が一瞬、針金の先で揺れた装置に向かう。そこには何も残っていなかった。

「……透?」蓮の声は驚きでも怒りでもない、ただ確かめを求める音だった。

「ごめん、ごめん、言い過ぎた。気にしないで」透は慌てて笑いを返し、作業を続けようとした。しかし、接着が乾く前に二人の手がぶつかった。そのはずみで、透の肘が紙の薄い部分を押し潰し、接着された木片が微かに裂けるような音を立てた。小さなひび。誰にも気づかれないほどの欠損だが、彼らの作品にはあってはならない亀裂だった。

「ダメだ、そこは失敗できない」蓮が静かに、でも強い語調で言った。指先が震えている。透は自分が慌てていたことを、自分で知らされた。急ぎすぎたのだ。追い求めるあまり、共同の形を壊してしまった。

沈黙が三秒ほど続いた。電気の羽音だけが部屋を満たす。蓮は小さくため息をつき、表情を整えると接着のやり直しに取りかかった。透は自分の失敗を埋めるために、黙々と補修をした。だが手の動きはぎこちなく、蓮との呼吸は合わない。共同で作ったものにだけ残るはずの「痕跡」は、今はもう見えない。透はその喪失感に、実体のない重さを押し付けられる。

その時、制作室の奥のテーブルに腰を下ろしていた白坂まひるが立ち上がった。まひるはいつもなら冷静で、必要なときにだけ大きな声を出すタイプだ。だが今夜は違っていた。彼女が立ち上がると、周囲の空気が少し引き締まった。

「こんな話、今さらだって言われるかもしれない。でも、私、言うよ」まひるの声は低く、はっきりしていた。「合評のやり方とか、順位付けのための展示とか、そもそも『魅せ方』だけで評価される構図――それで関係が消費されるの、もう嫌だって思う人、ここにいるでしょ?」

部屋の端から小さなざわめきが起きる。透は糊の匂いの中で、まひるの顔を見た。彼女の目には苛立ちと、何かに耐えきれなくなった決意が混ざっている。まひるは続ける。

「噂が立って、私たちの制作が『二人の関係を前面に出すことで注目を稼ぐ』って消費される。そうやって一部の人間関係がプロモーション素材みたいに扱われるの、やめない? 合評は作品の批評であって、人の価値を測るためのショーじゃないはずだよ」

透は胸の奥が軋むのを感じた。誰もが同意しているわけではない。傍らの学生の一人が溜息をつき、「でも順位が無ければ就活で不利だよ」と小声で言う。現実の圧力は冷たい。教員側の評価基準がキャリアに直結するのだから、生徒たちは無関心にはなれない。

「それでも、何もしないよりは良くない?」まひるは問い返す。「私、明日の合評で、ランキングのやり方を問い直す発言をする。文句が出るなら出てこいって言うよ。署名を集めて、手続きも踏む。みんなで決めるんじゃなくて、みんなで変えるんだ」

言葉は刃にも紙にもなった。透の心は揺れる。こういう行動はリスクを伴う。教員の目に触れれば、評価に不利に働くかもしれない。だが、何もしなければ、彼らの制作はさらに薄く、表面的な魅せ方だけで判断されてしまう。

蓮は、作業中にも関わらず、まひるの方を向いた。彼女の顔には疲労と苛立ち、そして決断が混じる。蓮は小さく首を振り、言葉を選んだ。

「私は署名する。私たちの制作を、ただの話題で消費されたくない」

その一言が静かに落ちると、透の胸の奥で何かが少し解けた音がした。というのも、蓮の意思表示は透の能力とは別の種類の証拠だった。共同で作った物に残る痕跡が見えない今、彼女自身の選択は残る。透はそれを握りしめたくて、手のひらをぐっと強く握った。すぐには分からないけれど、何かを戻せるかもしれない、という予感が僅かに差し込む。

隣のテーブルから、ひとりの学生が疑問を投げかける。「でも、署名って具体的に何するの? ただの抗議で終わったら意味ないよ」

まひるは事前に考えていたらしく、封筒と紙を取り出した。そこには「合評の透明性を求める請願書」とだけ書かれている。署名欄がいくつも並んでいて、下には「提出先:制作課事務局」と小さく印刷されていた。

「まずは手続き。形式から変えるよ。みんなが手続きを踏めば、教員だって無視できない。曖昧にされてきた評価の理由を、全部書き出させる。それで公にする。私たちの関係が評価の材料にされるなら、評価の基準も表に出すべきでしょ」

透は視線を蓮に向けた。蓮は、修復しようとしている作品を一度だけ見て、そして透を見返