卒業制作室で成績優秀な落第生は一緒に休むことを覚える

卒業制作室で成績優秀な落第生は一緒に休むことを覚える 第2話「第1章」

蛍光灯の冷たい白が、卒業制作室の長机の上の紙切れを硬く照らしていた。扉はもう閉まり、廊下の足音は遠のいている。空気は接着剤とインクの匂いで満たされ、壁際の模型棚に古いカッターの刃が残す薄い光が並んでいる。僕は机に寄りかかり、指先で自分の成績表の端をつまんだ。上位、だ。いつも成績は上位だ。なのにここにいる。落第の札は胸の内でいつもざらついて、寝つきを奪う。

蛍光灯の冷たい白が、卒業制作室の長机の上の紙切れを硬く照らしていた。扉はもう閉まり、廊下の足音は遠のいている。空気は接着剤とインクの匂いで満たされ、壁際の模型棚に古いカッターの刃が残す薄い光が並んでいる。僕は机に寄りかかり、指先で自分の成績表の端をつまんだ。上位、だ。いつも成績は上位だ。なのにここにいる。落第の札は胸の内でいつもざらついて、寝つきを奪う。

「透くん、手伝ってくれる?」

声は背後からだった。水守蓮──蓮は、シャツの袖をまくり、紙片をテーブルに並べていた。短く切った写真、色紙、古い楽譜のかけら。無造作だがどれも小さな意味を持っているように見える。蓮の指先にはまだ糊がついていて、紙を合わせるたびに小さなぶよぶよという音がした。

「…もう帰るところじゃ」

僕はそう言いながら椅子に腰を下ろす。蓮はちらりと僕の成績表を知っているふうに目を細めた。彼女の眉には今日、学科発表で出た教授の言葉が残っている。松岡教授の、再提出は一度のみ、公開合評で点数は全員に公表される、という冷たい宣告。教室の掲示板に貼られる順位表。誰の心も、点数に晒される。

「公開って、あの掲示のこと? まさか……」蓮が息を吸い込む。指先が震え、それを隠すように爪の先で紙の端を撫でた。「私、ひとりじゃ見せられない。だから、誰かと作りたいの。誰かと並べて出したいんだ」

誰か──。その誰かに僕の名は入るべきではない理由を、僕は積み重ねた成績が指し示していた。成績優秀の落第生。成績は良いが、履修の組み方で年を重ねてしまった。何を選べば「休む」ことが許されるのか、僕はまだ知らない。休むこと。誰かと一緒に休むことが、どんなに難しいか。

蓮は微笑んだ。いつもの、不器用で確かな笑い方だ。「透くん、絵を切ってくれる? 小さいの。左端を少しだけずらして貼ってほしいの」

僕は指の腹で、色紙の角を掬い上げた。紙は柔らかく、乾いた糊が指に貼り付く。置く、押さえる。蓮が同時に自分の指を重ねてきた。掌が触れ合う瞬間、ふっと、何かが指先を滑ってきた。言葉にならない感触。糊の匂いと一緒に、蓮の中の小さな振動が伝わる。

そこに残るのは「読む」感覚ではなかった。記憶や言語としての情報が流れ込むのではなく、素材の隙間に残った温度や粘りのようなものだった。紙の端に残る糊跡の硬さ、色のにじみ方、写真の角が折れた角度。その形で、蓮の不安と優しさが結びついている。彼女が誰かを気遣って紙を指で撫でた小さな仕草、誰にも見せたくないような夜の不安、そしてそれを誤魔化すための明るい声。断片が手に触れるように浮かんでは消えた。僕はそれを「見る」──よりも、触れるように受け取った。

「見えた?」蓮が尋ねる。瞳が不安そうに揺れている。

僕は首を振った。言葉にするには、あまりにも脆かった。「何か、残ってる。…でも、はっきりとじゃない」

蓮は少し笑って、けれどその笑いは自分に言い聞かせるようでもあった。「それでいいの。私もはっきりは言えない。だから一緒に作るの」

僕は自分で決めなければならない瞬間を感じた。能力を使うと言い切ること、使わないとすること。僕には物を見る力がある。だがそれは万能ではない。共同で作られた物にだけ痕跡が残る。しかも、不完全に。決めつければ見えなくなるし、関係を急ぎすぎれば共同制作そのものが壊れる──そんな経験則だけが、繰り返し僕の体に教えてきた。

蓮はまた、小さな写真を取り上げた。「松岡先生のルール、知ってるよね? 一度の再提出で公開合評。順位が出る。私、失敗したらきっと取り返せない」

僕はその言葉を聞いて、手に持っていた色紙をぎゅっと押さえた。張り付いた糊が指の皮膚を引っ張る。公共に晒されること。それがどれだけ人を縮こませるか、僕は帳面の上の数字以上に知っている。成績で守られるはずの世界が、順位という短い線であっさりと人を切り捨てる。

「じゃあ、やる?」蓮が言った。笑いながら。まっすぐに僕を見て。

僕は言葉を選んだ。「共同制作なら、触れていい。だけど──」そして、条件を試すために、僕は一つの実験をしてみることにした。言葉で確かめることが、その後の見え方を変えるかどうか、確かめたかったのだ。

「これって、私がどう思ってるか――頼ってるってこと?」僕は、決めつけるように言った。自分でもいやらしい仕方だと気づきながら。

言葉を僕の頭でむりやり組み立てた瞬間、手の中の世界が空気を抜かれた綿のように萎んだ。さっきまでちらついていた蓮の不安の断片、優しさの残滓──それが、指先からするすると剥がれていく。紙はただの紙になった。色は色で、糊は糊でしかなくなる。頭の奥で小さな痛みが広がった。決めつけようとする意志が、せっかく繋がった手触りを曖昧にしてしまったのだ。

蓮は眉を上げた。たぶん僕の顔の変化から、何かに気づいたのだろう。「透くん?」

僕は息を吐いた。「ごめん、余計なことを言った。ごめん」

蓮は首を振って笑ったが、その笑顔にはすぐに影が差した。「…でもそれ、面白い。あなた、見えるんだね。見えるなら、全部見れるんじゃない?」

「全部は見えない。正確に当てはめようとすると消える。決めつけることは駄目なんだ」

僕の言葉に蓮は真剣に頷いた。ここまで来ると彼女の顔が少しだけ、ほっとしたように見えた。「じゃあ、約束して。見ないで、受け取って。私たちで作るものの中にあるものだけを、ただ感じて」

僕はその約束がどれだけ僕を縛るかを考えた。確かに、ルールを作ることで僕は自分の執着を抑えられるかもしれない。だが同時に、公開合評という制度の前では、その曖昧さは武器にもなるし、弱点にもなる。人の心を数値に変えるには、僕の能力はあまりに柔らかい。

蓮が指を差し、再提出の締切日を紙切れに書き込んだ。赤い字で、強く。僕らは急ぎの匂いを感じた。締切が迫るほど、みんなの手は早くなる。早く作れば壊れる。共同制作のリズムが乱れれば、その痕跡は消える。蓮はそれをわかっているようで、目に緊張が戻る。

「ねえ、透くん。私と一緒に出す? 一回だけでいいの。あなたとなら、休めるかもしれない」

その言葉は温度を持って僕の胸を叩いた。休む――二人で休むことを覚える。僕がこの一年、何よりも避けてきたことだ。だが同時に、その選択は公開合評の前で、二人の関係を晒すことを意味する。僕は手元の糊のついたコラージュを見る。紙片の縁に残る微かな指跡。そこに、蓮の夜の不安と日中の笑いが混ざっている。

「やる。…ただし条件がある」僕は言った。声が少し震えた。

蓮の瞳が開く。「条件?」

「僕は痕跡を見ても、決めつけない。製作中に急かさないで。急ぐなら、手を止めさせる。あと、もし僕が見えなくなりそうになったら、すぐに止めてくれ」

蓮は小さく笑って、うなずいた。「いいよ。透くんのルール、守る。私も同じ。急がないで、ね」

二人の間で、薄い合意が結ばれた。部屋の時計は秒を刻み、外の街灯が窓に細長い影を落とす。僕らはもう一度、紙を並べた。指先が触れたとき、前よりもわずかに濃い何かが渡ってきた。言葉にならないが確かな「頼る気持ち」。でも同時に、背後には教授の言葉がまだひっかかっている。再