夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第9話「第8章」

夜風が境内の提灯を揺らすたび、細い影が砂利の上にゆらりと引かれた。詩織は倉庫の引き戸に寄りかかり、浴衣の裾を膝の上でぎゅっと掴んでいた。締め切られた昼間の熱気とは違って、夜の空気は縁側に座ると骨に冷たく染みるような涼しさがあった。祭りの準備で散らばった紙片や紐の匂い、焼き板の油の匂いが混ざり、どこか遠くで屋台の鈴と、まだ終わらない打ち合わせの声が波のように来ては去る。

夜風が境内の提灯を揺らすたび、細い影が砂利の上にゆらりと引かれた。詩織は倉庫の引き戸に寄りかかり、浴衣の裾を膝の上でぎゅっと掴んでいた。締め切られた昼間の熱気とは違って、夜の空気は縁側に座ると骨に冷たく染みるような涼しさがあった。祭りの準備で散らばった紙片や紐の匂い、焼き板の油の匂いが混ざり、どこか遠くで屋台の鈴と、まだ終わらない打ち合わせの声が波のように来ては去る。

「詩織さん、ここにいてくれる?」

光希の声は小さく、しかし折れない意志を帯びていた。彼は小さな封筒を両手で挟み、声のする方へ近づいてきた。封筒は真っ白で、端に自分で押したような小さな花のシールが貼ってある。紙の目の肌理が手のひらに冷たく伝わる、夜の紙独特の感触だ。

詩織はその封筒を見つめながら、無意識に指先を開いたままにした。何かをしようとして、手を引っ込める。彼女はまだ、自分の手で幸福を繕うようなことをするつもりはなかった。だからこそ光希がここに来たのだろう――自分の言葉で届かせるつもりで。

「これ、渡したいんだ。直接。けど……」光希の声が一瞬詰まり、唇を噛んだ。「なんか、みんなに笑われそうで。実行委員って、そういう目で見られがちだから」

詩織は夜の空気を吸い込んだ。蝉の鳴き声は切れている。向こうの桜の木に取り付けた提灯が、ひらりと揺れて光をこぼした。彼女はゆっくりと立ち上がり、光希の隣に腰かけた。二人並んで座るその位置は、以前何度も共同で台本を折ったり、のぼりを縫ったりした場所だった。

「一緒に折ってくれない?」光希が言った。「一緒に、折りたい。君の手も、欲しい」

その一言に詩織の胸が細かく震えた。共同で作ったものにだけ痕跡が残る──彼女の能力の原理は、いつもここに立ち戻る。二人が同じ動作を共有すると、過去の気持ちが紙に浮かぶ。だがそれは脆い。詩織は最近、力を使うことを控えていた。使えば、誰かの負担になることがあったからだ。決めつければ見えなくなる。急げば壊れる。幾度もその代償を見てきた。

「いいよ。でも条件がある」詩織は唇を丸め、光希の手の動きをじっと見た。「僕の言葉だけでなく、君の手で、君自身の呼吸で折って。僕が引っ張ったり、代わりに書いたりしないで。二人で同じ動きを重ねるだけ」

光希は頷き、箱の上に肘をついた。封筒を開けて中の紙を取り出す。紙をめくる音が、静かな夜に小さく反響した。二人とも指先の先を紙の端に触れ、同時に折った。紙の折れ線が二つの手の動きに合わせて静かに生まれていく。その瞬間、詩織の胸の奥に淡い光の粒が浮かんだ。温度ではない、匂いでもない。誰かの決意の余熱が紙に残ったような感覚だった。

「感じる?」光希が囁いた。声が震えている。

詩織は答えず、ただ目を閉じた。両手の触れ合いが伝える共同作業の確かさ。その微かな振動をかき分けると、文字にならない言葉が紙の筋に沿って走る。けれど、彼女はそれを「解読」しようとしなかった。以前なら自分が代わりに意味を当てはめてしまい、相手の選択を奪った。今はそれを繰り返したくなかった。

光希が封筒に手紙を戻すと、短い沈黙の後、彼は素直に言った。「僕、行く。直接、言う。笑われてもいい。だけど、君の手があったら、怖くない気がするんだ」

詩織は頷いた。胸の奥に何かが疼く。手を貸してしまえば痕跡は残る――だが、彼が自分の言葉で動いたことが大事だ。二人で折ったという行為は、彼女の能力に痕跡を与える条件を満たしている。しかし、禁忌はまだ静かに目を光らせていた。決めつけると見えなくなる。急ぐと壊れる。

「僕は見てるよ」詩織は小声で言った。「だけど、言葉は君のもの。僕は受け取ったあと、何もしない」

光希が微笑んだように見えた。それは易しい、しかし硬い。彼は封筒をぽんと自分の胸に当て、立ち上がる。祭りの通り道を抜け、小さな路地を歩いていった。詩織はその背中を、提灯の灯りの下で見送った。

光希が立ち去った後、詩織は手に残る温もりを確かめた。共同で折った紙の痕跡が指紋のようにまだ残っている。彼女はそれに触れようとして、つい欲を出して目を閉じ、内容を「知ろう」とした。ほんの一瞬、どの字が彼の想いを示すかを決めつければ、彼の秘密は守れるのではないかという思いが頭をよぎった。

指先に力を入れた瞬間、紙の筋が消えた。光は霧散し、温もりは冷たくなった。詩織の胸に鋭い痛みが走り、耳鳴りが囁きのように大きくなった。慌てて目を開くと、世界が薄いガーゼを通したように遠ざかる。思考の縁がぼやけ、言葉が喉でこもる。能力を「決めつけよう」とした代償は、即座に来た。彼女は荒く息を吐き、手を握りしめることでやっと感覚を取り戻した。

「馬鹿みたいだ」詩織は呟いて、砂利の冷たさに指先を押し当てた。詩織の手はしびれていた。しばらくすると耳鳴りは遠のき、視界が戻る。二度と他人の秘密に勝手に意味を与えてはならない、という痛みは身体で学ぶしかなかった。

しばらくして、路地の方から微かな足音が戻ってきた。光希は俯いていた。彼の頬に、花のような紅が差している。封筒はまだ胸に抱えられていた。

「返事があったよ」光希は言い、封筒をそっと詩織の方に差し出した。「渡して、きちんと受け取ってくれたって。僕の言葉、ちゃんと読んでくれたって」

詩織は息を整え、封筒を受け取った。封筒の端に、先ほどと同じ花のシールが二つ重なっている。誰かが封をしたのか、手の加え方が微かに違った。中を開ける気にはならなかった。彼女はただ、封筒を胸に抱く光希の表情を見た。軽く、安堵が広がっている。その顔が詩織の胸を温めた。

だが、満足は長くは続かなかった。小さな物音とともに、社務所の明かりがゆっくりと点いた。事務仕事をしていた芽衣が、書類を片手に出てきた。彼女は詠み人知らずの静かな顔で、二人の方へ歩み寄る。芽衣は祭りの“事務局”に属する、冷静で几帳面な女の子だ。普段は表情が変わらないが、今夜は何か決意を持っているように見えた。

「光希君、渡したのね。よかった」芽衣はそう言って、差し出された封筒を一瞥した。だが彼女の視線はすぐにそらされ、代わりにポケットから小さな端末を取り出した。画面には、神社の公式アプリのインターフェースが映っている。そこには「願い事登録」と書かれた欄があり、申請を受け付けるためのバーコードが表示されていた。

詩織は一瞬、何が起きているのかわからなかった。芽衣は申し訳なさそうに笑いながら言った。「ごめんね、でも……うちの規則で、境内での個人的なやり取りは記録に残すようになってるの。実行委員の透明性のため、って最初は堅苦しかったけど、最近は――問題が増えてね」

光希の顔から笑顔が一瞬消えた。詩織の身体が小さく震える。記録、透明性、問題――その三つの単語が、ここで結びつくとは思ってもいなかった。詩織は薄氷のような冷たさを感じた。共同で作った紙に残した痕跡は、彼らだけのものだと思っていた。だが、もし事務局がその痕跡を公的なシステムに取り込めば、痕跡は扱われ、評価され、噂の材料になる。光希の勇気は、制度の物差しに乗せられてしまうかもしれない。

「登録しないでほしい」光希の声が小さくなった。「これは、僕とあの子だけの