夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第7話「第6章」

作業室の蛍光灯がいつもより鈍く、祭り前の夜らしい湿り気を帯びている。紙の匂い、木工用ボンドの甘い刺すような匂い、遠くで鳴る練習太鼓の低い振動が床板を震わせる。小暮悠斗は長机に肘をつき、細い竹串で糊のはみ出た端を慎重に拭った。掌に残る紙灰のざらつきが落ち着かない神経をなだめる。

作業室の蛍光灯がいつもより鈍く、祭り前の夜らしい湿り気を帯びている。紙の匂い、木工用ボンドの甘い刺すような匂い、遠くで鳴る練習太鼓の低い振動が床板を震わせる。小暮悠斗は長机に肘をつき、細い竹串で糊のはみ出た端を慎重に拭った。掌に残る紙灰のざらつきが落ち着かない神経をなだめる。

「悠斗さん、これ手伝ってくれない?」藤井莉奈が声をかけて来る。彼女の手には和紙の束と、白い提灯の骨組み。目尻に小さな笑い皺ができているが、その目は夜の蛍のようにぴんと硬い。

「いいよ」悠斗は立ち上がり、向かいに座る。莉奈と一緒に作るのは久しぶりだ。ここ数週間、彼は社内での“代行”依頼に応じ、片想いのための共同制作を幾つも作ってきた。相手と相手のために作られた短冊、二人で埋めた絵馬、並んで繕った浴衣の裾。それらには、二人が意識的に手を動かした痕跡だけが残る——彼の力はいつもそんなルールを示してくれた。

「今のうちに数個作って、お披露目のときに並べるの」莉奈が提案する。彼女は広報班として、祭り当日の“伝えるもの”を整える役を任されている。だが彼女の声の端に焦りがある。広報には、上層部が求める“証明”が必要になっていた。先週流出した資料のことは皆知っている。共同制作の痕跡を企業評価に結びつけるらしいという噂が、まだ冷めやらぬ熱で広がっている。

「それで、問題は?」悠斗が刷毛を持ち直す。白い和紙に、黒い墨がゆっくり滲む。

「人事がね、祭りで展示する提灯をサンプルにしてスキャンするって。本社からそういう指示が出たらしい。『自然発生的な共創の証跡』を蓄積して評価に使う、って……」莉奈が言葉を切る。言葉の最後に、無言の憤りが残る。

悠斗の腹が冷えた。彼が過去に手伝った共同制作——それらの痕跡が、誰かの昇進や評価に変換される映像をちらつかせる。自分が誰かの心を助けるつもりで作ったものが、知らずに制度の歯車にかみ合っていたのではないか。だが今は目の前の作業を終わらせなければならなかった。祭りの準備は待ってはくれない。

二つの提灯を並べ、手を合わせるようにして和紙を貼る。莉奈は静かに話しかける。「悠斗さん、これ──真名札にしたいの。莉奈と、私の幼馴染・葉月くんの。彼、異動してきてからずっと、莉奈のことを気にしてるって言ってたから」

葉月真治。彼は温和で、昼休みに社食の列でよく会話する程度の相手だ。莉奈の想いは公然の小さな秘密だった。悠斗は心の中で計算する。この共同制作が“痕跡”を残すかどうかは、はっきりしている。二人が共同で作ること。互いの意志が混ざること。だがここで一つの危険があった。過去に悠斗が犯した過ち——相手の心を“予測”して決めつけた瞬間、痕跡は色を失い、彼はその先を見る目を閉ざされる。決めつけるほど見えなくなる、という禁則を思い出す。

「悠斗さん、僕が手伝うよ」莉奈の声が動く。彼女は自分の指に糊をつけ、笑おうとして少し唇を噛んだ。「でも、早くしないと人事がサンプル取りに来るって言ってる。上からの視察よ。時間がないの」

“急ぐほど共同制作が壊れる”。悠斗の内側に、先週の夜のことが浮かんだ。彼は背中で覚える痛み、紙が同じリズムで裂けた音、相手の目が一瞬白くなった感覚。急いで完成させようとしたとき、共同の呼吸が乱れ、作品は吸い取られるように中身を失った。彼はその代償を払った。だからこそ、急がないことが必要だった——だけど時間は二人の味方ではなかった。

悠斗は深く息を吐き、刷毛を置く。ゆっくりと莉奈の手を取り、和紙を二人の掌で平らに伸ばす。動作はゆっくりで、意味を持たせて。口から出る言葉も、短い確認に留めた。「どうしてこの提灯なんだい?」

莉奈が答えた。声が少し震える。「葉月くんは、言葉にしないタイプなの。だから、手で触れ合うものが欲しいって言ってた。私が一緒に何か作るっていう形なら、彼も頑張れるって思うの」

二人はゆっくり縦線を描いて墨で文字を入れる。文字は互いに確認しながら、わずかに重なるように。刷毛の穂先が和紙に落とすとき、悠斗はかすかな音の重なりを聞いた。それは、木の心が湿る音のようで、彼の胸の奥にしみる。

完成の直前、遠くの作業場から怒鳴り声がした。階段を駆け上がる靴音。桐島課長だった。「おい、悠斗! 提灯の数は確保できてるのか? 本社の人間が来るって話だぞ。早くサンプルをまとめろ!」

空気が一瞬凍る。莉奈の顔色が変わった。急げという圧力が部屋を満たす。人事の“視察”が実際に動いていることを意味している。莉奈は一瞬ためらったが、決意のように顎を上げる。「悠斗、急いで。これ一つでいいから、人事の目に触れるようにしてくれない?」

悠斗の手が固まる。もし彼が今、決めつけることで痕跡を操作しようとすれば——彼の視界は閉ざされる。だが時間は迫る。胸の鼓動が早くなる。彼は選択を求められている。守る対象は、莉奈の選択を尊重することだ。彼は深呼吸をし、もう一度刷毛を持った。

「一緒に、ゆっくりやろう」悠斗はそう言って、言葉の一端を莉奈に返す。だがその瞬間、彼の脳裏には、かつて相手の気持ちを“補完”してしまった時の景色が走馬灯のように襲う。あのときは楽に終わったはずの作業が、相手の意志を奪った後の静けさを残した。急いだら、同じことが起きるかもしれない。

二人は時間をかけた。呼吸を合わせて、糊を乾かし、糸で縁を結ぶ。言葉は最小限。だがその間、悠斗の中で何かが兆すのを感じた。誰かの心の波紋が、和紙を通して伝わる。温度。間合い。笑い声の残響。彼はそれを“見る”ことはできない。彼の能力は、直接読むのではなく、共同で作ったものにだけ痕跡を残す。触れた紙がどう応えるかを手で確かめるしかない。

やがて、提灯の一つに柔らかな光を灯す。小さな火が和紙の内側で息をし、影を揺らす。悠斗は指先で光の輪郭をなぞると、胸の奥に暖かさが浸みた。確かに、そこには莉奈と葉月が共有した時間の残滓がある。杭の結び目、糊の不均一さ、二人が押し付け合った指紋——物理的な不完全さが、感情を宿す器になる。

「できた」莉奈が言った。笑みが、少し切なげに立ち上る。

そのとき、部屋の奥のパソコンが急に光を点滅させ、誰かがデータを転送する音が小さく鳴った。悠斗は反射的に顔を上げる。画面には、昨日流出した非公式データベースのログが開かれていた。藤井が作業着の袖で素早くタブを切り替えるが、カーソルが止まった瞬間、赤い行が目に飛び込んだ。「共創痕跡サンプル→人事評価リンク:確定」——そこに続く文字列は、複数の社員IDと、検出された“強度”を示す数値だった。

「なにこれ……」莉奈が手を震わせる。悠斗は文字を追う。そこに彼の名前はなかったかもしれない。だが、彼の作ったものが検出されていたら、どうなるのか。作業室の空気がぎゅっと締まる。

「上からは、共創の『自然性』って言葉がほしいらしい」藤井がつぶやいた。「だから企業側は、二人が自然に作った証拠を集めて、業務中の協調性とか、社内コミュニケーションの『可視化』に使う。便利でしょ? って。問題は、自然性をどう判定するかってことよ。で、提灯みたいな儀礼物はいいサンプルになる、って判断されたらしい」

悠斗の手が震