夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第23話「第21章」

体育館の入口は熱気と紙の匂いで満ちていた。裏庭で切り出された竹がまだ湿っていて、運搬用のビニール手袋に粘りつく。湿った貼り糊の匂い、足元で擦れるスニーカーのゴム音、誰かの短い咳が反射的に聞こえる。廊下から押し寄せる人波が一塊になって、入り口の鴨居にぶつかるように詰めかけていた。

体育館の入口は熱気と紙の匂いで満ちていた。裏庭で切り出された竹がまだ湿っていて、運搬用のビニール手袋に粘りつく。湿った貼り糊の匂い、足元で擦れるスニーカーのゴム音、誰かの短い咳が反射的に聞こえる。廊下から押し寄せる人波が一塊になって、入り口の鴨居にぶつかるように詰めかけていた。

「そこ、どいてくれ——!」

声は短く鋭かった。委員長の船津が体育館の中から一直線に出てきて、外の群衆と体育館内の混乱を区切ろうとする。だが、誰かが手を振り上げ、手綱を引くようにして突っかかってきた。押し合いが瞬間的に生まれ、裾が風にふくらむ。下敷きのような和紙がパリッと裂け、白い粉が空気に舞った。

その破片は、三日前にみんなで貼り合わせた提灯の一つだった。用具箱の中から飛び出した竹ひご、指先についた糊、紙面に残る、夜中にこそこそ話した声の痕跡――それが今、乱暴に扱われ、引き裂かれている。

「やめて!」光希が前に出て、両腕で裂けかけた提灯を抱え込んだ。彼女の掌は小刻みに震え、指先には透明な水ぶくれのように汗が光っている。透(とう)はその光景を見て、思わず歩を早めた。体育館の床はきしみ、蛍光灯の光が窓のほこりを帯びて差し込んでいる。彼女の声は切実で、どこか大人びた強さを帯びていた。

「光希、こっちだ、静かに—」透は低く言って、近づいた。彼の手は濡れた糊の感触を覚悟していたが、実際に触れたのは光希の袖と、崩れかけた提灯の縁だった。二人の指が一瞬、同じ紙面を同時に押さえた。そこに伝わってきたのは、糊の粘りと、彼女の掌から伝わる熱、遠くで鳴る自転車のベルの高い音――そして、かすかな濃密さ。

能力は、勝手に働いた。透がいつも制御しているものだ。二人で「共同して」作った物だけに、他人の気持ちの痕跡が残るという不完全な仕事。だがその痕跡は、透の目には映らずとも、紙の感触とともに伝播する。触れ合った指先に、薄いアルバムの頁をめくるような感覚が一瞬よぎった。

「触んな、勝手に引っ張らないで!」誰かが叫ぶ。体育館の入口での押し合いはさらに激しくなり、手が積み重なって床の上で組まれ、ひとつの塊になった。久保が腕を伸ばして、伊東の肩を引き戻す。伊東の表情は引きつっている。彼は学園の評定で家計を支えるために、事務側の言う「協力」を無下にできなかっただけだ。責める声は飛ぶが、顔色は青白い。

「おまえら、止めろ!」瑞月が叫びながらスマートフォンを顕にする。画面には、やけに整った記録のスクリーンショットが映っていた。上林――学園総務課の人物の指示と思しき文面。『今夜、混乱を起こして表に出る言い分を作れ。公開は当夜21:00。』という文言が冷たく映る。

周囲が一瞬凍りついた。事務局の影が、この夏の夜をコントロールしようとしている。透は胸の奥がぎゅっと掴まれるような不快さを感じた。制度の手は、個人の悪意よりも冷たい。弱い人間を道具にすることで、責任が霧散するように見える。

「これを、スクリーンショットで撮ったの?」光希が瑞月の画面に視線を固定する。その瞳には怒りよりも先に、計画を読み解こうとする落ち着きがあった。彼女は透の目を見て、首を傾げる。「透、どうする?」

透の掌は光希の手にまだ触れている。さっき触れた紙の端に、ほんの一条の温度が残った。能力を働かせれば、提灯の紙には彼女たちの不安や励まし、夜中の笑い声の痕跡が濃く残るだろう。それは「証拠」にもなりうるし、誤読を招く刃にもなりうる。透は思い出す。以前、勝手に「これは恋だ」と決めつけて見てしまった時、痕跡が薄れ、自分の判断が紙面ごと壊してしまったことを。決めつけるほど見えなくなる。急いで束にしようとすれば、共同制作は脆く壊れる。

「読むな」と透は自分に言い聞かせた。同時に、胸の中で別の声が鳴る。大人になりきれない夜を越えたい。誰かの選択を奪うつもりはない。だが、証拠を隠されれば、好きな人も仲間も、説明のしようがなくなる。

「我慢しろ」久保が低く言った。その声は簡単な命令ではなく、判定を委ねる合図のように響いた。周りの時間が、ほんの少しだけゆっくりになる。誰もがそれぞれの答えを探している。

一息、透は光希の手を強く握り直した。握ることで、彼の能力は「共同」を確認する。二人の持つ温度を紙が受けとめる。だが透はその温度を決定づける言葉を頭に浮かべなかった。代わりに、彼は自分の心臓の鼓動を指先に集中させた。鼓動はゆっくりで確かだ。共同制作が壊れないように、急かさない速度を選んだ。

すると、不思議と紙のひび割れは広がらず、裂け目はつぶれるようにして落ち着いた。成熟した仕事とは程遠い不器用さで、ふたりは破片を拾い上げる。光希が紙を重ね、透が糊を薄くのばす。瑞月は書類を投げ出さず、静かに人々に向かって言葉を放った。

「これ、全部公開する。手遅れになる前に。私たちで決める。誰か一人に任せたり、事務が書類を捏造するのを待ったりしない」

彼女の声は震えていたが、決意が伝わった。スマートフォンの画面が青く光り、複数の写真とメッセージが会場の至るところに配られる。コピーされた文面が手渡しされ、目で読む時間が生まれた。人々はそれぞれの判断を迫られた。

だが、制度は黙ってはいなかった。入口の向こう側で、黒い簡素な名札をつけた男が近づいてきた。上林だ。彼の顔は中年の落ち着きを保っているが、瞳の奥には何か計算された冷たさが光る。彼は一枚の書類を取り出し、落ち着いた動作で差し出した。

「それは憶測だ。公開すれば混乱を招く。私どもは—」

船津が飛び出す。二人の間を、押し合う人々が締め付けるようにして通り過ぎた。その瞬間、体育館の入口での押し合いが最高潮に達する。手が組み合わされ、爪先が床を蹴って体勢を保とうとする。透はその押し合いの中心で、手の組合せを見た。光希の指先が、伊東の手の甲に触れる。久保が瑞月の肩を掴んでいる。誰かの親指が、破けた紙の端を押さえ込む。

クローズアップのように、透の視界に「手」が迫る。手の温度、指紋の微かな溝、爪の端の白い筋。今まさに支え合っている身体と、そこから伝わる決意。彼は手の感触を通して、自分が守るべきものをはっきりと認識した。それは、誰かを彼の判断だけで守ることではない。自律的に、自分の意思で選べる場を守ることだ。

「これは——」上林がさらに冷静を装って言葉を繋いだところで、瑞月がスマートフォンの記録を大声で読み上げた。「このメールは、校内共有サーバーのログから抜き取られたものです。公開は当日の21時。つまり、今夜、私たちの描く提灯と、私たちの選択が『証拠』として切り取られ、仕立てられ、外へ出されようとしています。受け手は、私たちが誰かを傷つけたように感じるかもしれない。誰かの事情を踏みにじるかもしれない」

空気が確かに変わった。拍手でも怒号でもない、静かな責任の共有。だが同時に、事務局がこの「痕跡」を利用して世論を作ろうとしている事実は、透の喉に石のように詰まった。

「公開すれば、誰かが傷つくかもしれない」光希が囁いた。「隠せば、誰かが背負わされるかもしれない」

透はふっと息を吐いた。鼓動が指先に戻る。自分の能力で「読む」ことはできる。だが読むとい