夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第20話「第18章」

テントの骨組みが風にきしむ音が、夜の屋台通りを断続的に引き裂いた。雨は傘を通り越して人と人を濡らし、提灯の薄い和紙に水玉が伝う。藤堂透は、濡れた軍手のまま一つの赤い提灯を抱えていた。提灯の朱色は雨に弱く、触れるたびに和紙から冷たい水分が指先に染み込む。向こう側で、山崎楓がずぶ濡れの髪を耳の後ろに押し込みながら、声を荒げる。

テントの骨組みが風にきしむ音が、夜の屋台通りを断続的に引き裂いた。雨は傘を通り越して人と人を濡らし、提灯の薄い和紙に水玉が伝う。藤堂透は、濡れた軍手のまま一つの赤い提灯を抱えていた。提灯の朱色は雨に弱く、触れるたびに和紙から冷たい水分が指先に染み込む。向こう側で、山崎楓がずぶ濡れの髪を耳の後ろに押し込みながら、声を荒げる。

「中止なんて、そんな言葉は出さないでください。やる方法はあります。参加したい人がいるんです。選ぶ権利を奪うことだけは——」

広報の島村が折れた笑いを返す。肩書きが薄く光る名札をぶら下げ、行内の言葉に慣れた切れ味がある。

「現実問題としてね、松永課長の言う通りなんだよ。テントが飛んだら責任問題だ。管理が崩れれば混乱が生じる。保険も、許可も、設備も。うちの名前がついている以上、安全確保は最優先だ」

松永課長はテントの側で短くうなずいた。長い間、責務の重さを背にしてきた人の首の角度は、これが職務だと示している。責任という鉄の輪を落とせない人に、楓の言葉は突き刺さらない。

透は提灯の縁をぎゅっと握った。自分の掌の中で、先ほど楓と一緒に擦り合わせて作った糊の感触がまだ残っている。共同で塗り直した朱色のニスが乾く匂い。二人で動かしたブラシの微かな弧。彼の能力はこういう「共同の動線」に反応する。二人の手が同時に物に触れ、同じ呼吸で作業したものだけに、心の痕跡が残る——不完全に、しかし確かに。

「透、お願い。松永さんと、話してくれない?」楓が言った。目の前で濡れた瞳が光る。彼女の手は震えているが、決意の硬さがにじんでいた。

透はゆっくりと前へ出た。言葉ではなく、行動でしか糸をたぐり寄せられないことを、彼はよく知っている。腰を落とし、提灯を楓に差し出した。楓は一瞬戸惑ったように見えたが、受け取ると二人は同時に提灯を持った。掌の底でニスのべたつきがくっつき合い、雨音の合間に心の痕跡が立ち上がる。

透は息を整えると、能力の入口に手を差し込むように集中した。痕跡は匂いでも色でもなく、縮小された時間の断片だ。楓の不安が丸くひそみ、松永への苛立ちが鋭い線として現れる。松永の恐れは鈍い重石のようだ。二つの感情が提灯の表面で交差している。

最初に浮かんだ像は、透の胸を突いた。若い頃の小さな祭礼の夜、責任を問い詰められて泣いた男の背中。水をかぶったテントの支柱にすがるようにしていた。松永の顔が透の内奥で重なる。だが、透はその像に言葉を与えようとした瞬間、視界が白く滲んだ。確信を持って定義しようとした途端に、痕跡は薄れていく。輪郭がぼやけ、色が落ちる。

「駄目だ」透は小さく呟いた。自分で禁止を犯したことを知る。彼の能力は「痕跡を決めつけるほど見えなくなる」。知るためには、決めつけないこと。理解するためには、判断を後回しにすること。だが、場はそれを待ってはくれない。

島村が腕時計を見やる。画面の数字が点滅する。広報は既に外部に連絡網を動かしていた。何百という期待の目がこの夜にかかっている。中止の一報は、瞬時に広がる。透は自分の無力さを思い知る。

「透くん、どう見える?」楓が聞いた。透にかけたのは、助けを求める問いだ。彼女はただの感情の手掛かりではない。彼女自身の選択を守る主体だ。透はそのことを胸に刻む。

「静かに、二人で作ってくれ」透は言った。「言葉で詰めるんじゃない。手を動かして、同じ動線で、もう一度。急がないで。急ぐと、ものが壊れる」

楓は眉を寄せた。松永は複雑な顔色になったが、しぶしぶ頷いた。二人はテントの支柱のもとへ行き、濡れたロープを取り出した。支柱の下で二人の手が同じロープを掴む。ロープの繊維は粗く、濡れて重い。透は近くで見つめ、二人の間に必要な間合いを作ろうとする。彼は知らないうちに大きく息を吸い込み、手の内側に小さな痛みを感じた。能力を使うと、いつもどこかが損なわれる。今回は、左の指先が痺れ、味覚が薄くなった。舌の上に金属の匂いが残る。

「ゆっくりだ。呼吸を合わせて」楓がささやく。松永はぎこちなく息を吐く。ロープの端を互いに重ね、結び目を作る。透は手を添えない。指先で空気の流れを感じ、二人の力の差を読み取る。共同作業のリズムが整っていくと、提灯の痕跡よりもっと深いものが現れた。松永の恐れの正体は、自分の若い頃の過ち——祭りでの事故で人を怪我させた経験があり、その後遺症として「管理し尽くさねばならない」という信念が根付いていた。それは責任感の裏返しだった。楓の怒りは、誰かにその選択を代わりに押し付けられることへの反発だった。

だが、痕跡は完璧ではない。互いの言葉にならない断絶や、楓の胸に残る父親の無関心の影が、細い亀裂になって見えた。透はそれらを拾い上げるとき、いつもの代償を払った。痛みが掌に走り、視界の端で幼い自分が笑っている記憶の一場面が抜け落ちた。母の手の感触、夏の匂いの一部が、ふっと欠けた。覚えていたはずの台詞が、夜の温度と共に記憶の端に落ちる。能力の対価は、思い出の切り取りだった。透はその痛みをこらえながら、何とか言葉を紡いだ。

「松永さん、その恐れは理解できます。危険を避けた上で、選択肢を残すことはできないですか?」透は堅苦しくないように、優しい語調で続けた。「もし、楓さんと参加者が自分で守る意思を示すなら、僕たち実行委員会が自治のルールを作って管理する。外部に広がるリスクは最小化します」

松永は黙ってロープを見つめた。雨が彼の肩を叩く。過去の景色が彼の瞼の裏で揺れ、老練な顔の線が深くなる。やがて、静かに吐息を漏らした。

「……君たちが本当に責任を持てるなら、好きにはさせない。だが、解決策を出せるなら聞こう。形式を変える、というのは——どういう形だ?」

楓が即答した。「自由参加の小規模エリアに分けて、安全パトロールを組みます。参加者の誓約書を交わして、ワークショップ形式での出し物だけに限定する。広報にはこちらから詳細を出して、外部に誤解を与えないようにします。会社名を全面に出さないことも検討します」

透はそれを聞いて、胸が軽くなった。だが、島村が眉を寄せる。広報はコンプライアンスの先を読む。小さな抜け穴でも、問題であることに変わりはない。

「それでも、うちの判断基準に反する場合がある。上の意向もある」島村が冷静に言った。「中止を促す方向で調整が進んでいる。もしこちらが強引に進めれば、もっと大きな問題になる」

会議は膠着した。外では風が強まり、テントがまた大きくたわんだ。雨粒が吊るされた電灯のコードを伝い、点滅する。時間だけが、無情に過ぎていく。

そのとき、森下泉が手をあげた。彼女はボランティアの一人で、大学生の活動に熱心だった。透は彼女が自分の判断で動ける人だと知っている。

「私たちは、形式を変えるかどうかで議論しているけど、選ぶのは参加者自身だと思うんです。中止を叫ぶのは安全のためかもしれない。でも、参加を望む人の声を無視していい理由にはならない。だから私たちが責任者として、安全に運営する委員会を別に作ります。会社の判断に従うけれど、その上で参加者が選べる仕組みを作る。私はその責任を負います」

透は森下の手を見る。彼女の掌は真