夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第18話「第16章」

ブーン、という白い音が部室の天井を震わせていた。青白い蛍光灯はひとつの固まりのようにテーブルを切り取り、紙の切れ端や麻ひもの影を鋭く落とす。夏祭り実行委員会の部室は深夜になると、日中の喧騒と違う匂いをまとった。汗と接着剤、古い紙の匂いが混じった静けさだ。

ブーン、という白い音が部室の天井を震わせていた。青白い蛍光灯はひとつの固まりのようにテーブルを切り取り、紙の切れ端や麻ひもの影を鋭く落とす。夏祭り実行委員会の部室は深夜になると、日中の喧騒と違う匂いをまとった。汗と接着剤、古い紙の匂いが混じった静けさだ。

「まだ終わってないのかよ、今日はもう寝ろって」フジモリが腕組みしてドアに寄りかかったまま言う。袖の先に糊が着いている。机の上には未完成のちょうちんの骨組み、色紙、細い竹串、透明な箱に収められた小さな札が整然と並んでいた。札にはまだ文字はない。誰かの跡が残るための空白だけがある。

俺、橘レイは札を指先で撫でた。皮膚にざらつく紙の感触。手のひらの熱。共同で作った物にだけ痕跡が残る、それが俺の「技能」だ。今日の議題は外部に情報を晒す計画だった。噂や評価で恋を消費する文化を一気に露呈させて、制度の根元を揺さぶる。フジモリを中心に、短絡的に効くやり方を支持する声が大きくなっていた。

「一回出せば終わるんだ。名前と評価を並べれば、恥ずかしい奴らは逃げる。制度は自滅する」フジモリの目は赤く光る。簡単そうに見える。俺の技能をそのまま証拠として使えば、確かに説得力はある。共同制作の痕跡を一つに集めて、誰の感情がどう残っているかを外に示すことは可能だろうか。

「でも、それって──」ミオが言葉を切る。彼女は作業用の指先にセロハンテープの端が引っかかっているのを気にしながら、札のひとつを手に取って折り目を整えた。ミオは昔、噂で苦しんだ経験がある。彼女の顔に浮かぶ影を見れば、簡単に踏み切れない人間の痛みがわかる。

俺の指が札の縁を撫でると、いつものように視界の縁に薄い影が立ち上がった。掌の熱と紙繊維の匂いの間に、ふわりと二つの手が交わる映像が差し込む。言葉にはならない。笑い声の震え、避ける視線、遠慮がちな押しつけ。共同で折った瞬間に残された、断片的な「行為」の痕だ。俺はそれをただ見ているだけしかできない。読み取るのではなく、痕跡を読むというか、見る、感じるだけだ。

「聞かせて」フジモリが身を乗り出す。彼の声には欲が混ざっている。欲は人を急がせる。

頭がざわついた。もし俺がその痕跡をひとつにまとめて提示すれば、制度は一気に瓦解する。だが同時に、そこに残るのは何だったのか。痕跡を『決めつける』作業──たとえば『これは恋だ』『これは好意だ』とラベルを貼ること──それを俺はしてしまえば、痕跡は目に見えなくなる。経験で知っている。決めつけるほど、俺の視界から消えていく。しかも急いで共同制作をさせれば、物が壊れる。紙は裂け、糊は弾き、誰かの信頼は音を立てて剥がれる。代償は身体にも跳ね返る。頭痛、眩暈、記憶の欠落。何度か無意識に吐き気を催した夜があった。

「……やめてくれ」俺の声は意外と低かった。机を叩いてしまい、色紙の束がカラカラと足元に落ちる。フジモリの口がわずかに歪む。

「じゃあどうするつもりだ。何もしないで制度に押しつぶされるのを見てるつもりか?」彼の問いには、取り返しのつかない軽さがある。

ミオがゆっくりと札を持ち上げ、俺の手の横に置いた。「見えるものを並べて誰かの選択を奪うのは、復讐に似てる。私たちがしたいのは復讐じゃない、でしょ?」

フジモリは肩をすくめ、怒りが小さな火の粉のように顔を赤らめたが、黙った。そこに、部屋の重力のような葛藤がしばらく落ちた。誰かが口を開くように息を吸う音だけが聞こえる。

「じゃあ、提案がある」俺は思い切って前に出た。手の中の札をテーブルに滑らせる。札はまだ白い。蛍光灯の光で紙の表面がきらりと反射した。

「見せるんじゃなく、選べる場を作る。『見える化』じゃなくて『共作による選択肢の提示』だ。俺の技能を証拠にするんじゃない。共同で作る過程を場にして、その場で人が自分の痕跡を確認して、選べるようにする。外部に突きつけて断罪するんじゃなく、誰もが手にとって、自分の気持ちを確認して、次の行動を選べるようにするんだ」

言い終えると、部室に小さな波紋が広がった。フジモリの眉がさらに寄る。ケンジが顎に手を当てた。ミオは紙札を指で押し、折り目を直した。

「具体的には?」ケンジの声は実務的だ。彼はいつも目の前の作業に戻すことで安心する。

「『共有工房』みたいな屋台をつくる。ちょうちん、札、短冊──祭りの道具をその場で共同制作する。作る過程で出る痕跡は、関わった人たちだけが確認できる。外部には見せない。強制も強要もしない。参加は任意。その場で、自分がどんな気持ちを残したのか、あるいは残らなかったのかを本人が知る。それを元に選べるようにする。公開して評価を下すんじゃなくて、選べる場を用意するんだ」

ミオの目が潤んだ。ふいに今夜の匂いが彼女の幼い頃の夜祭りの記憶を呼び戻すらしく、手が震えた。フジモリはまだ反発しているが、俺の言葉には動く余地があるらしい。

「それ、向こうにバレたらどうする?」フジモリが訊いた。「匿名で集めるとか意味ないだろ。制度をぶっ壊すのはそれなりの力でやらないと」

「制度を壊すことだけが目的なら、確かに手っ取り早い方法がある。だが、そのあとに残るのは破片だけだ。誰がどうなっても構わないなら別だけど、俺たちのやりたいこととズレる」俺は札を裏返して、紙の白さを見つめた。紙の裏側には、共同で糊を塗った指先の微かな凹みがついている。それだって、誰かの選択の予兆だ。

フジモリが唇を噛んだ。長い沈黙の後、彼は小さくため息をついた。「お前、それで誰かが逃げられるなら、まあ──いい。だが実際に人が来るのか?」

「来る。来るように工夫する」ミオが言い、笑いを浮かべた。笑いにほっとしたような安堵が混じる。ケンジは書類棚からボールペンを取り、手元のメモに何かを書き始めた。

「ただし条件がある」俺は続ける。「俺は技能を武器にしない。痕跡を『証拠』に変えるような決めつけはしない。誰かが無理に早めて共同制作を壊そうとしたら、俺は止める。代償が出るかもしれない。それでも止める。代償は共有する。みんなで引き受けるなら、やる」

ミオの目が鋭く光った。「それを守るのはみんなの意思になる。いいね」

ケンジが顔を上げる。「例えば、どのくらいの規模でやる?」

「規模は小さく始める。縁日屋台の半分のスペース、数組の担当者で試験運用。それから来場者の署名で参加を確認する。俺の役割は、共作された物に残る痕跡を確認する補助だけ。ただし、外に出さない。本人が求めれば、製作者同士で交換する方法を作る──それくらいでどうだ?」

書き出された設計図がテーブルの上で現実味を帯びていく。蛍光灯の下で、細い竹串が真っ直ぐ影を落とした。計画は言葉で生まれて、道具を介して形になり始める。それを見て、フジモリはやっと肩の力を抜き、苦笑いを浮かべた。

「まあ、噂を晒すよりよっぽど祭りらしいかもしれないな」彼は言った。「目に見えるもので人を縛るんじゃなくて、選ぶ場を出す。悪くない」

その矢先、部室のスマートフォンがいっせいに震えた。委員会のグループチャットだ。画面を覗くと、赤いマークのついた短いメッセージが飛び込んできた。差出人は市の文化課の名を名乗るメール