夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第17話「第15章」

風に揺れる紙の縁から、わずかな蝋の匂いが鼻腔をついた。提灯の列が縁日通りの暗闇を斜めに引き裂き、遠くで太鼓が一拍、また一拍と刻む。相羽瞬は、指先に残るでんぷんの粉と接着剤の冷たさを確かめながら、灯籠の前で立ちつくしていた。紙面には小さく、二つの手の跡が残っている。指先の押し跡、絵の具の擦れ、貼り重ねた紙片——そこに「痕跡」はあるが、答えはない。

風に揺れる紙の縁から、わずかな蝋の匂いが鼻腔をついた。提灯の列が縁日通りの暗闇を斜めに引き裂き、遠くで太鼓が一拍、また一拍と刻む。相羽瞬は、指先に残るでんぷんの粉と接着剤の冷たさを確かめながら、灯籠の前で立ちつくしていた。紙面には小さく、二つの手の跡が残っている。指先の押し跡、絵の具の擦れ、貼り重ねた紙片——そこに「痕跡」はあるが、答えはない。

「お前、まだ見てるのか?」

背後から光希が鼻を鳴らした。彼はスマートフォンを握りしめ、画面の灯りが頰に青く映っている。瑞月はその横で、裂けた糸を指でつまみながら黙っていた。三人とも、さっきまで仲間たちと必死で作っていた「願い灯籠」を前にしている。共同制作は八割がた完成していたはずだったのに、今や紙の一部は波打ち、骨組みが微かに軋んでいる。

相羽はその「痕跡」を引き出そうと、灯籠の中央に差し込まれた木製の小片に触れた。彼の能力はいつもそうやって働く。二人が共同で作ったものだけに、かすかな感情の残り香が残る。相羽が目を閉じて集中すると、色彩も言葉もない、温度だけを持った記憶が指先に流れ込むような感覚がある。だが同時に、いつも彼は知っている――決めつけると見えなくなる。確信が強まるほど、痕跡は溶ける。

「——次は、どこの貼り合わせ?」瑞月が静かに言う。彼女の声には、今夜のことを終わらせたいという焦りだけが滲んでいた。

「……あの子のところだ」相羽は答えた。灯籠には小島奈緒の名前が一筆、薄く書かれている。彼女は実行委員でもあり、委員会の外にいる誰かの片想いを、相羽が代行していた相手でもある。代行は基本的に匿名で、相羽は「共同で何かを作る」という体裁の中で、相手の気持ちをそっと伝える手助けをしてきた。だが今夜は違った。噂が一夜で膨らみ、ネットの一部は「夏祭りロマンス」というタグで評価と順位づけを始めている。

相羽が灯籠にもう一度触れたとき、視界の端で紙が皮膚のようにざわついた。二つの手の痕跡が、互いにぶつかり合う。彼は見ようとする。誰がどれだけの気持ちを残したのか、奈緒がどう応えようとしたのかを確かめたい。だが欲が膨らむほど、痕跡はぼやける。顔の奥で、遠くから子供の歓声と、焼きそばの油がはねる音が重なった。

「やめろ、相羽」光希の声が急に鋭くなった。「無理に掴もうとすると、壊れるんだ。お前、前にも——」

その言葉が終わらないうちに、相羽の集中はひび割れた。確信を強めようとして心を押し出した瞬間、灯籠の紙がピリッと裂け、骨組みの一本がずれた。三人のあいだに撥ねたような沈黙が落ちる。裂け目から風が入り込み、内部のろうそくの炎が跳ねた。誰かが咳をし、周囲からはざわめきが寄せられる。

「やっちゃった……」瑞月の掌が震えた。彼女はすぐに裂け目を押さえ、皮膜を繕おうとした。だが共同制作は急いで直せるものではない。紙は一度裂けると、その手触りに残った「痕跡」も変性する。相羽は知っている。急ぐと関係自体が切れてしまうのだ。

「いいか、聞いてくれ」光希はスマホを実行委員長の番号にスワイプし、画面を覗き込んだ。「外から介入してもらう。第三者を入れて事実関係を整理する。お前はここに残るな。相羽、君のやり方が——」

「介入?」相羽は反射的に声を荒げた。「それは外部に晒すことだ。奈緒を——」

「晒すなとは言ってない。誰が何をしたか、制度を変える材料にするってだけだ」光希は低く、だが決然と返した。「内部だけじゃ限界がある。俺は今すぐ、かつて文化祭の仕組みを批判してくれたNPOに連絡を入れる。外の目があれば、噂は勝手に評価を上下させられない。」

瑞月はそれを聞き、深く息を吐いた。「私は逆だよ。外に出すと奈緒が、委員が、もっと狭い目で見られる危険がある。制度そのものを委員会の中で問い直す。明日の会議で正式提案を出す。相羽、あなたはここに残って。被害に遭ったって言われる人を守るのが先だよ。」

三者三様の選択が夜の空気を切った。縁日の灯りは揺れ、人混みのざわめきが遠くなる。相羽は胸を押さえ、手のひらに残るでんぷんの感触を感じた。自分が壊したのは紙だけではない。痕跡を強引に読み解こうとしたことで、関係の可能性をひとつ擦り切らせてしまった。自分の代行が、誰かのペースを奪ったのだ。

「俺は……決められない」相羽は声を出すが、言葉が頼りない。決めるための条件が、自分の能力そのものによってそぎ落とされている。確信するほど見えなくなる、加速するほど壊れる。彼は身動きが取れなくなった。

「それでも、どちらか選べ」光希は言い方を変えた。今度は励ましに近い厳しさが混じっている。「避難するなら、俺が外に出す。制度を変えるなら、瑞月が中でまとめる。あとは相羽がどちらに立つかだ。」

相羽は灯籠の裂け目を見つめた。そこに奈緒の指跡がある。彼女は今、どこにいるのだろう。祭りの騒ぎのなか、誰の目にも晒されることを怖れているのかもしれない。相羽は思い出す、彼女が夜の準備室で小さな声で漏らした言葉を。「私、誰かの材料にはなりたくない」——その言葉が胸に痛い。

「俺だけは……」相羽は低くつぶやいた。自分を避難することで奈緒を守るのか。あるいは制度を変えることで、今後同じことが起きないようにするのか。どちらも正しさと危険を孕んでいる。

光希は携帯を握り直し、指が震えた。「外に頼むのは、時間がかかるかもしれない。だが力にはなる。瑞月は相羽の代わりに委員会に残るってことで合意を取り付ける。お前は——」

「ここで証言する」瑞月が割って入った。「相羽、あなたの能力がどうこうじゃない。問題は、恋愛を噂で消費する風潮。証言は必要よ。だけど外に出すのは、まず奈緒と相談してから。強引に晒すようなことはしないって約束する。」

相羽は顔を上げた。瑞月の目は真っ直ぐで、震えは見えない。光希の顔には決意と疲労が混ざっている。相羽は思い切って、二人の掌を見た。小さな火が、裂け目の中で揺れている。もし自分が今、ここから去れば、灯籠の裂け目は補修されるかもしれない。だが外に出れば奈緒は晒され、相羽の能力が世間の物語に取り込まれる恐れがある。残れば制度と直面することになる。どちらも「大人になりきれない夜」を越えるための道ではあるが、どちらが本当に奈緒の主体性を守るのかは分からない。

「相羽、早く」光希が言う。彼はすでに電話をかけ終えたのか、画面を脇にしまう。「外部の人間は来る。だがそれでも最終的に決めるのは当事者である奈緒だ。相羽、君は彼女と話せるか?」

その言葉が最後の一押しになった。相羽はゆっくりと灯籠を持ち上げ、裂け目に手を当てた。紙の端が指に触れる。あたたかさとやわらかさが、今だけは確かにある。自分が壊した痕跡を直すことはできないが、次の痕跡を共に作ることはできる——ただしそれには急かさない約束がいる。

「話す」と相羽は言った。「奈緒にだけ、どうしたいかを聞く。俺はその場にいる。外にも内にも、それぞれのやり方があるなら、まず当事者の選択を優先する。俺は——選ぶ。でも、急がない。二人で作るものが壊れないように、ゆっくりと。」

光希は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。「いい。それで行こう。僕は外の人間