ラジオ局で働きすぎの広報担当は名前のない関係を選ぶ

ラジオ局で働きすぎの広報担当は名前のない関係を選ぶ 第9話「第8章」

朝の光がガラス張りの廊下を横切り、封印テープに貼り付いた埃を白く浮かび上がらせていた。テープには黒い太字で「封印/共創放送機材」と書かれている。指先で触れると、粘着面の冷たさが伝わった。綾音はそのテープに指を這わせ、息を吐いた。たった一枚のテープが、局の空気をここまで変えてしまったのだ。

朝の光がガラス張りの廊下を横切り、封印テープに貼り付いた埃を白く浮かび上がらせていた。テープには黒い太字で「封印/共創放送機材」と書かれている。指先で触れると、粘着面の冷たさが伝わった。綾音はそのテープに指を這わせ、息を吐いた。たった一枚のテープが、局の空気をここまで変えてしまったのだ。

「これ、剥がしたのは誰だ?」

中原局長の声が近づいて、廊下の端に立っていた里見がぎくりとする。里見は手に抱えたファイルをぎゅっと抱え、肩をすくめた。廊内の空気が瞬間的に凍る。綾音は胸の鼓動を抑えながら、無意識にバッグの中で小さな陶器のマグカップを握りしめた。それは先週、鈴倉と一緒に作ったものだ。釉薬のまだ湿った匂いと、二人で笑いながらこねた土の感触が指の腹に戻る。

「綾音さん、局としては共創放送を一時的に停止する方向で内部合意が取れました」中原は書類を差し出し、目を逸らす。「スポンサーと理事会からの圧力が強く、"安全なラベル化"を徹底するよう求められています。対外的には誤解を招く可能性があると」

里見が声を小さくする。「でも、あの告知は──」

「鈴倉のことは分かっている。彼女は自主配信でリスクを取ると言っていた。だが局としては許可は出せない」中原の言葉には疲労と無関係な冷たさが混じっていた。綾音は、管制室のガラス越しに鈴倉の笑い声を思い出す。先日、深夜に二人で作ったショートコーナーのこと。その瞬間だけは、彼女も鈴倉も、名前や肩書を外してただ笑っていた。

「局としての安全措置なら、理解はします」綾音は言った。「ただ、ラベル化って、誰が安全を定義するんですか?」

中原は肩をすくめる。「法律じゃない。リスクの最小化だ。判断は上層部で行った」

廊下の端で市原が唇を噛んだ。彼は技術班で、鈴倉の自主配信に関わる可能性がある。市原の手にはキーが一つ、軽く握られている。深夜のスタジオを使うための、普段は使われない予備の鍵だ。封印テープ越しに見えるミキサーの青いランプが、まるで遠い祭りの灯りのように見えた。

その日の昼、綾音は自分のデスクで追われるようにメールを書き、電話を取り、謝罪の文面を何度も推敲した。広報という職の皮肉は、事態を穏便に見せることが仕事であると同時に、真実を詰められても一手で受け止められない存在だということだ。背中に痛みが走り、肩甲骨のあたりに違和感があった。眠りが浅かった。ずっと眠りが浅かった。

午後になって、局の共有ルームに小さな集会が開かれた。三人三様の顔。鈴倉は、黒いパーカーのフードを被り、目が強かった。市原はにやりと笑い、里見は唇を噛み、技術班の早瀬は冷静に手を組んでいた。綾音は陶器のマグをそっとテーブルに置く。鈴倉の指紋がまだ内側に残っている——彼女が最後に触れた形のまま。

「自主配信はやるよ」鈴倉が言った。「私は自分の声を誰かに決められたくない。局が『安全』って言うなら、私の安全は私が守る」

「だけど、機材の封印があっただろう。剥がすのは立派な違反だ」里見は震える声で続ける。「うちのスポンサー、理事会……それに、私たちの首だって繋がってる。撤退して折衝する選択だってある」

「折衝だけで変わるんなら、ここまで来ない」市原が言った。「向こうは評価と噂を使う。噂とは言葉だ。言葉を声にするのが俺たちの仕事だろ?」

議論はすれ違った。綾音はその場に立ち尽くし、内側で何かが裂ける音を聞いた。ここでしか作れないものがある。だが、ここで作り上げるものはすべて「共同」でなければ、彼女の力は働かなかった。共同制作の痕跡だけが、他人の本音を残す容れ物になる。だが同時に、それは脆い。急いで作れば粘土は割れ、言葉を決めつければ痕跡は消える。彼女はその条件を僕らの言葉で説明してきた。けれど今、それをどう運用するかが問われている。

「綾音、最後に一つ聞かせて」鈴倉が目を向けた。「あんたは私に付いてくる?」

綾音の手が無意識にマグカップの取っ手を握り直す。陶器の冷たさとざらつきが指に伝わる。あの日、二人で指の跡を残したあの瞬間と同じ。綾音はそっとマグを耳元に当て、音を聞くように掌の感触を確かめた。何も聞こえない。だが、指の腹に残る鈴倉の笑いの余韻は確かだった。

「鈴倉さん、私が参加したら、私は痕跡を探すために——」綾音は言葉を選んだ。「共同で作る時間を増やす。だけど、急ぐこと、決めつけることはできない。もし私たちが急いで結果を出そうとすると、その瞬間に──」言葉を詰まらせた。説明すればするほど、条件は脆くなる。彼女が「これは彼の告白だ」と断言すれば、痕跡は溶けるのだ。

「それでも、やるしかないんじゃないか?」鈴倉の目が潤む。強がりと本気だった。「私たちの声が封殺されるのは嫌だ。綾音の力があるなら、一緒にやりたい」

綾音は息を吐いて、頭を振る。「私の力は万能じゃない。共同で作ったものだけに残る。それに、私が痕跡を読み取るとき、相手の負担になる可能性もある。誰かの気持ちを『見える化』するってことは、彼らの選択を狭めることにもなる。あなたが一人でやるなら、その選択を尊重する。でも……」

その「でも」以下が言えない。彼女の中にある恐れ、これまでの代償の記憶が顔を出す。無理に答えを出したときに壊れた共同製作、必死に埋め合わせようとして緩んだ信頼。綾音はその夜に起きた小さな出来事を思い出した——昨夜、急いで作った放送案内の紙を使ったとき、紙の端が裂けて、そこに残るはずの「誰かのためらい」が消え去ったことを。

「私がいない方がいいわけじゃない」鈴倉が続ける。「でも、あんたがそんなに怖がるなら、私は自分でやる。自分の声は自分が守る。綾音、お願い。あなたは私の安全装置だ」

場は静まった。綾音の胸の中で何かが膨らみ、そして収縮する。自分の存在が誰かの「安全装置」になれるという気持ちは、嬉しくもあれば重くもある。

その晩、綾音は事務所に残った。蛍光灯が点いたままのスタジオの窓からは、夜の街のネオンがゆらりと反射している。鈴倉は約束どおり、局を離れて自前の機材で配信を始めたという通報が入っていた。市原がその配信を暗号化されたチャンネルで受け取り、局のネットワークに負荷がかかっていると告げる。綾音のスマートフォンには、数十の通知が鳴り、ツイートやメッセージが流れた。正義と批判が同時に押し寄せる。だが彼女の心は別のことに釘付けだった──局の封印テープの下で、一枚だけ剥がされた跡があったことだ。

深夜、綾音は封印のかかった機材倉庫の前に立っていた。鍵は普段の管理者しか持たないはずだ。だが床には小さなへこみがあり、そこに指紋の跡が付いていた。テープの端っこがわずかに剥がれ、内側に新しいテープが貼られている。まるで誰かが一度剥がしてから、別の誰かが慌てて二重に封印し直したようだった。二つのテープの間に挟まれた小さな紙切れには、くっきりと指の跡が残る。綾音はその指跡を見て、息をのんだ。それは、彼女の指紋だった。

時間が止まった。綾音は自分がいつ、その倉庫の鍵に触れたのか思い出せなかった。今日、彼女は多忙で、鍵に触る理由もなかったはずだ。もし自分が触れていたとするなら、何のために──。

背後でドアがきしん