天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す

天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す 第8話「第7章」

屋上は風を抱えていた。秋の匂いに混じって、街灯の光が網目のように揺れる。天文台の塔が夜空に黒い釘跡を残しているように見えた。彼らはその塔の影に寄り添うように、小さな輪を作っていた。無線機のケース一つ、古いラジオアンテナ、そして持ち寄った毛布。顔に当たる風が、どうにも終わりの匂いを運んでくる。

屋上は風を抱えていた。秋の匂いに混じって、街灯の光が網目のように揺れる。天文台の塔が夜空に黒い釘跡を残しているように見えた。彼らはその塔の影に寄り添うように、小さな輪を作っていた。無線機のケース一つ、古いラジオアンテナ、そして持ち寄った毛布。顔に当たる風が、どうにも終わりの匂いを運んでくる。

「これで、本当に止まるの?」美季が無線機を覗き込みながら言った。指先が冷たい金属に吸い寄せられるようだ。

カナは黙って頷き、スイッチを押した。緑のランプがゆっくり点灯してから、無音がそこに重なった。電波を掴むはずの空気が、薄い布のように閉じられていくのを、誰もが感じた。

「周辺三百メートル、映像のアップロードとモバイルネットワークを抑制します」カナの声は平静だったが、言葉の端に覚悟がある。彼女は昨夜、選択をした——会見で相手を公に糾弾するか、それとも秘密裏に情報の流出を遮断して現場を守るか。声高に叫べば短期的には安心を得られるが、噂は暴徒の槍のように彼らの未来を貫くだろう。カナは、後者を選んだ。

無線機が吐き出す低いハム音は、遠い海のように胸の奥で響いた。屋上の端に立っている蒼は、その振動が吐息と同化するのを感じた。ふと、手元を見る。小さく折られた紙の星が、一つ、ポケットから滑り落ちていた。二人で作った星。観測ノートの隅に、勝手に書き込んだような走り書きの跡。それをもう一度確かめたい──蒼の中でそんな衝動が震えた。

「蒼?」莉央が静かに近づいてきた。彼女の声は夜の密度を引き締める糸のようだった。「無理はしないで。あのことは——」

蒼は紙を取り上げ、指で端を撫でた。二人で同じ夜に折った、角が少し潰れた星。彼らの能力は、このような共同制作物にだけ、片方の痕跡が残る。だが――前回、無理に痕跡を確かめようとして、目が霞んだ。そういう代償を知っている。だが、今は違う。今は時間がない。誰かが映像を掴んで、あの夜の会話を切り取る前に、確かめなければならない。

「一度だけ、やらせて」蒼は言った。言葉に、強い鉛が混じる。莉央は蒼を見る。目が揺れる。誰もが、蒼の中の決意を計算していた。

二人は、星をテーブルに置いた。夜風が紙の縁を撫でる。蒼は息を整え、ゆっくりと自分の指先を紙に当てた。莉央も同じように、その向こう側に指を置く。二つの温度が紙の上で重なり合う。何か見えるかもしれない。触れ合いが、記憶の粒子を引き寄せる。

しかし、瞬間、周囲の空気が引き裂かれるような感覚が襲った。急に、世界の輪郭が歪んだ。蒼の視界に砂が落ちるように、痕跡はまるで引き出しから何かを強引に引っ張り出すみたいに、抵抗した。そして、紙の星の折り目が、ぺりりと音を立てて裂けた。

「だめ!」莉央が飛び上がり、蒼の手を掴んだ。裂けた星の先端が、薄い音を立てて床に落ちる。蒼の目の奥は寒く、何も見えなくなった。痕跡が消えたのではない。彼は痕跡を「決めつけた」。心の中で答えを急ぎ、ラベルを貼ろうとした。結果として、それまで繊細に残っていたものは、一瞬にして白く蒸発してしまったのだ。

胸に、深い痛みが波打った。それは物理的な痛みというよりも、存在の縫い目がむしろ引き裂かれるような感触で、手を離したあとも指先に残った。蒼は無言で地面に座り込む。周りの空気が、さらに冷たく感じられる。

「急ぎすぎたんだよ」祐がそっと肩に手を乗せる。美季は泣きそうにしているが、声は出なかった。カナはただ、無線機に視線を戻した。彼女は紙の破片を拾い、丁寧に折れた角を指で撫でた。

「能力が完全に無効になったわけじゃない」カナは低く言った。「でも、強引に答えを得ようとすると、見えなくなる。痕跡を決めつける行為が、痕跡そのものを消してしまう。──これ、前にも書き換えたよね?」

蒼は何も答えられなかった。言葉が喉に引っかかる。莉央は、ぽつりと言った。「私たち、焦った。外からの圧に押されて、二人で作ることを急いじゃった。──それが駄目だったんだね」

仲間たちの間に沈黙が広がる。天文台の塔の上から、遠くで救急車のサイレンが消える。誰かが監視カメラを覗き込んでいるかもしれない。だが、今は誰も外に向けて声を上げる気力が残っていなかった。

「公に出すっていう案もあった」美季がかすれた声で言う。「もっと大勢の前で、私たちのことを守ってくれって言えば——」

カナは首を振った。「真実を話すことと、祭りにすることは違う。噂は食べ物みたいに増殖する。君たちの関係は、あの噂に食い荒らされてしまう。私はそれを防ぎたかった。ただ……それには代償がある」

その時、屋上の鉄扉が静かに開いた。くぐり抜けて現れたのは、見慣れた制服ではない背広姿の男だった。顔には年季が入っている。石田。学園の総務課にいる、制度側の人間だ。彼の到着に、五人の顔が一斉に向いた。

「石田課長」祐が小さく息を吐く。普通なら彼は冷たい空気を撒き散らすところだが、彼の目は、不思議なほどに柔らかかった。

「ここで何をしているのかは分かっている」石田は静かに言った。遠目には非情な人間に見えるはずだが、声には疲労が混じる。「しかし、君たちを即座に処罰することは、私の仕事ではない。今は調査が入るだろう。明日の朝、事情聴取だ。私はそれを止めるつもりはないが、時間は作れるかもしれない」

カナは眉を上げた。「なぜ、あなたが?」

石田は、小さく笑った。笑いは乾いていて、まるで砂を噛むようだった。「昔、妹が同じように"見られること"で評価された。彼女は大学で、研究と恋愛の間で潰された。制度は均一な評価尺度を求める。だが、人の心は測れない。私はそれを知っている。だから今、せめて余裕を作ってやる。展示室の封鎖を伸ばす。だが条件がある」

みんなが息を呑んだ。条件という言葉は、いつだって刃物を含んでいる。

「君たちの"現象"についての報告書を、局に提出することだ。匿名で構わない。制度は知るべきだ、だと私は思う。だが、真実を公開すること──それは君たちの選択に任せる」

「公開…?」莉央が震える声で繰り返す。「誰かに研究されるってこと?」

石田は黙って頷いた。「制度は、危険を分離して管理する術を持っている。だがその術は時に、可能性を奪う。君たちの意思で、どこまで見せるか決めることだ。それが今回の"条件"だ」

屋上の空気は、さらに冷たくなった。選択だ。公開か、隠蔽か。研究に委ねることで誰かの手に未来を預けるのか、それとも自分たちの手で選び直すのか。蒼の胸の中で、また波が立った。

カナが、無線機のダイヤルに指を当てた。緩やかな指の動きで、機器のランプがチラリと映った。彼女はふっと笑ったように見えた。笑いは、どこか諦観に近い。

「私はもう一つだけできることがある」カナは言った。「今夜、映像は外に出ない。けれど、データを完全に消すことはしない。コピーを取って隠す。君たちが本当に選び直したいなら、そのコピーは君たちのものだ。誰にも勝手に使わせない」

「なぜそんなことをしてくれるんだ」祐が訊ねる。言葉には不信も混じっていた。

「私にも守りたいものがある」カナの視線が蒼に向く。「誰かの選択を、勝手に奪われるのを見たくないだけ。だけど、それは