通学船で進路が違うふたりは告白しないまま守る

通学船で進路が違うふたりは告白しないまま守る 第6話「第5章」

鉄の舷窓から潮風が流れ込み、展示室の天井から吊るされた裸電球が淡い円を幾つも床に描いていた。通学船の二階コンテナを改装した「交流ホール」は、人々の話し声とパンフレットをめくる紙の擦れる音で満ちている。航也は工具箱を床に置き、じっと手を止めたまま自作のオブジェを見つめていた。木片と古い航海図の切れ端、クラスメイトが寄せた紙片がハーモニカ状に組まれた小さな塔。塔の内側には二人の共作として小さなLEDが配されている。

鉄の舷窓から潮風が流れ込み、展示室の天井から吊るされた裸電球が淡い円を幾つも床に描いていた。通学船の二階コンテナを改装した「交流ホール」は、人々の話し声とパンフレットをめくる紙の擦れる音で満ちている。航也は工具箱を床に置き、じっと手を止めたまま自作のオブジェを見つめていた。木片と古い航海図の切れ端、クラスメイトが寄せた紙片がハーモニカ状に組まれた小さな塔。塔の内側には二人の共作として小さなLEDが配されている。

「航也、ここ、もうちょっとだけ接着強めにしてくれる?」彩花が膝をついて隙間に指を入れ、紙の端を軽く持ち上げる。彼女の手には、数日前に自分で書いたとっさのメモが挟まっていた。航也はそれを見つめ、意識をゆっくり収束させた。

共同制作物にのみ残る痕跡。それは言葉ではなく、ふとした息遣いや、共同で笑った瞬間の乾いた手の温度のようなものが残る感触だ。航也はいつもそれを「触れる」と呼んでいた。触れるというよりも、触れてくる。だが、触れたものを「これがこうだ」と決めつけると、急に見えなくなる。決めつければ決めつけるほど、そこにあるかもしれない可能性ごと、痕跡は痩せ細っていく。だから彼はいつも曖昧さを守るように扱ってきた。

だが展示は時間に追われていた。赤いカーテンが開くのは二時間後。来場者も顧客もスポンサーもいる。交流会の裏では、恋愛情報をパッケージにして売る「進路評価ブース」が設置され、展示を宣伝資源として使う計画が進行していた。そんな圧力が、仲間の焦りを醸している。

「急いだら壊れるよ」と航也は低く言った。指先を塔の曲面に触れたまま、かすかな温熱が通った。彩花が昨夜笑ったときの残像のようだ。手の中の木の節目に、誰かがつけた小さな指紋の輪郭がある。航也はそれを確かめようとしただけなのに、つい「これって……」と口をつきそうになった。決めつけることは禁忌だ。だが待てない空気が周囲にある。

「成海さんたち、もう宣伝フライヤー作り始めてるよ。うちの展示、特別ブースに出すって話があるって」空が背後から言った。空は展示班の中でも宣伝担当として動いている。彼の声には、折り合いをつけたいという色が混じっていた。金銭的な見返りや、作品の露出増が魅力だという。

「露出って言っても、うちの展示があの『進路評価』に載ったら、彩花のことまで値踏みされかねない」凛が眉を寄せる。凛は彩花の友人で、常に彼女の後ろ盾になろうとする人間だ。航也はその言葉を聞くと、胸の奥がぴりりと痛んだ。守るべき対象は、ここにいる。だが守る方法は一つではない。

そのとき、展示場の入り口から革靴の音が近づいた。成海(なるみ)—学生会の進路交流委員で、顔つきは硬いが年長風の落ち着きを備えた女性が、資料を抱えてやって来た。彼女の視線は幾つもの展示案の説明書を素早くスキャンし、やがて二人の塔に留まる。

「これが航也君と彩花さんの作品ね。いいコンセプトだと思うわ。共同作業の痕跡が見えるって、来場者には受けるはずよ。特別展示ブースへの推薦に回すけど、いいかしら?」成海は尋ねる。声には当たり前の事務的な温度がある。

彩花が顔を上げる。微かに唇が震えていた。「私、展示を自分で調整したいんです。……人に評価されるために作ったんじゃないから」

成海の表情が一瞬変わる。誰かの自由を尊重する柔らかい表情、と航也は思ったがすぐにそれは引き締まった。「彩花さん、私も個人的にあなたの選択を尊重したい。ただ——」成海は資料を軽くはたき、言葉を選んだ。「この交流会を成り立たせるには、スポンサーと協力しなければならない。奨学金の一部、学内施設の整備費、それらがここで回収される。それを止めることはできないの」

航也は成海のポケットからはみ出した名刺を見た。そこには委員の肩書きと、協賛企業のロゴ。彼女の押し付ける現実は冷たく硬い。だが冷たさの裏には理由がある。航也はふと、彼女の頬にわずかに刻まれた疲労線を見つけ、そこに兄の顔を重ねた。成海は兄が進学を諦めた過去を背負い、制度を回すことで同じことを他の誰にも起こしたくないのではないか——そんな想像がぶつかった。彼女が「敵」ではなく、制度の維持者として動かされているだけかもしれない。

「じゃあ、どうすれば」彩花が小声で尋ねる。彼女の目は航也に向けられた。彼女が自分の声で、展示に関わりたいと言った――それがこの日の小さな勝利だ。航也は胸の奥でふるえるものを感じたが、自分の役割は守ること。だが守るための手段がまた一つ、危険な選択肢を呼び寄せた。

「共同の証として、この作品の一部を誰かと触れ合うインタラクションにすれば、来場者の参加も得られる。だけど、そのためには仕上げを早める必要がある」成海はそっと言った。「スポンサーへも、完成度の高さを示さないと融資は得られないから」

空が肯く。「見せ方次第で、彩花さんの意志は守れる。ここで全部放棄するのはもったいないよ」

航也は言葉を飲み込み、手に持った接着剤のチューブを握り締めた。急がせるほど、共同制作の繊細なバランスは崩れる。紙片を重ねて固定しただけの接合は、適当に圧力が加わると剥がれる。共同で作った瞬間の「息」を壊してしまえば、残るのはただの物体でしかない。痕跡は蒸発する。彼はそれを知っている。だから彼はいつも、もたもたした速度で関わる。だが「時間」は常にこちらを試す。

「急がないで。彩花、君の手で最後に触れて」航也はそう言ったつもりだった。だが口の端が震え、言葉が少し錆びついた。彩花は首を振らず、自ら紙片の一枚を取り、小さな切込みを入れてそこにさらに細いメモを挟んだ。彼女の指先は震えているが、動作は確かだ。

「これ、私の部分。勝手にいじられたくないの」彩花は小さく笑い、それを航也に差し出した。彼女の目には覚悟があった。周囲の期待や圧力に迎合しない意思。それは航也が守る対象そのものを、別の形で守る選択だった。仲間たちが自主的にそのラインを尊重する。凛は頷き、空も顔を曇らせながら応じた。

成海は一瞬ためらったように見えたが、資料を閉じる。「条件が一つあるわ。展示会本番での操作は、彩花さんの許可がある場合以外は行わない。それと、もしスポンサー側が強引に介入してきたら、私に相談して」

「ありがとう」彩花の声は小さく、それでいて確かな勝利感が含まれていた。航也は胸の中で何かが和らぐのを感じた。だがその瞬間、彼は自分の手に走る鋭い痛みを感じた。共同の痕跡に触れたからか。それとも、自分の中で決めつけかけた瞬間に罰を受けたのか。

「触れた、と確かめないで」航也は自分に言い聞かせるように言った。だが指先から染み出す熱は止まらず、まるで誰かが彼の視界の輪郭を指で擦り消すように、塔の内側の微かな思い出がぼやけていった。彩花が笑ったときの音の高さや、夜中に二人で笑い転げた一瞬の温度が、輪郭だけ残して溶ける。航也は喉を詰まらせた。

「大丈夫?」彩花が心配そうに覗き込む。航也はその顔を見ると、何を守っているのかさえ分からなくなった。決めつけかけたことで見えなくなるという代償は、今回は物理的な反応を伴った。こめかみの奥がずきずきと痛む。視界の片隅が白く霞む。

「横になって休め」凛が急