古民家シェアハウスで秘密を共有する医学生は一緒に休むことを覚える
古民家シェアハウスで秘密を共有する医学生は一緒に休むことを覚える 第26話「第24章」
釘を打つたびに、古い梁が低いうなりを返した。雨は縁側の屋根を叩き、濡れた土の匂いと混ざった木の匂いが部屋に満ちる。葵は掌に刺さったささくれを指先で押し込みながら、半ば完成した長机の天板を見下ろした。白い目立ての紙やすりの跡が縦に並び、所々に若い指の跡が染みになっている。共同制作。それがここ数日、彼らの呼吸になっていた。
釘を打つたびに、古い梁が低いうなりを返した。雨は縁側の屋根を叩き、濡れた土の匂いと混ざった木の匂いが部屋に満ちる。葵は掌に刺さったささくれを指先で押し込みながら、半ば完成した長机の天板を見下ろした。白い目立ての紙やすりの跡が縦に並び、所々に若い指の跡が染みになっている。共同制作。それがここ数日、彼らの呼吸になっていた。
「もう少しだけ、こっちの角を丸くしよう」椎名凛が言って、木目に沿って滑らかにやすりを動かす。凛の声はいつもより低く、緊張のせいで震えが残っていた。彼女は看護学部の実習先から戻ってきたばかりで、今夜までに大学側に「居住実態」の書面を送るか否かを決めろと通知が来ている。言葉に出さなくとも、その通達の厚みが机の上にどっしりと乗っているようだった。
「締め切りは明日の午前九時だって」渡辺樹が言った。彼は白衣のポケットにペンを刺し、テープの端を引っ張るようにしていた。疲れているのが顔に出ているが、手だけは正確に材木の境目を測っている。高山颯は脚立に足をかけ、梁の補強を確かめた。「大学はいつも、形ばかりを求めるからな。事実よりも紙切れが重要になる」
葵は息を吸い、その木肌に触れた。共同制作の道具としての板材。彼女には、ただ触れるだけで残るもの──それは思考や言葉ではなく、手の温度、指の迷い、夜中にたてた笑い声の律動のような「痕跡」が見える。ともに作ったものだけに残る。直接の本音は拾えない。ただ、重なった痕跡が互いにどう絡み合っているかを見ることができるだけだ。
彼女は小さく息を吐いて、能力を呼び込んだ。集中すれば、その木の表面にある「滞留」が微かな光として浮かぶ。凛のやすりの筋のところから、夜遅くに彼女が泣いた記憶の波が滲んでいる。樹のこめかみのあたりには、眠らないまま朝を迎えた朝食の匂いが残っていた。颯の手先には、いつも押し殺している怒りの擦り傷が浅く刻まれている。
だが、痕跡は決してはっきりとは教えてくれない。葵はそれを知っている。だからこそ、いつもそっと寄り添うようにしか扱えなかった。だが今夜は違った。通知が突きつける「締め切り」と、大学側が要求する形ばかりの説明書類が、彼らを急がせている。
「書面でもいいんじゃないか」凛が言う。声の淵に怯えがある。「私、個人情報を外に出したくない。……だけど、何もしないでいると、誰かが勝手に解釈してしまう」
樹は手を止めずに言った。「解釈される前に、俺たちの言葉で残す。共同で作ったってことを、共同で証明するんだ」
そのとき、葵の視界が木目の光で揺れた。いつものように痕跡が浮かぶ。しかし、彼女はふと、もっと鮮明に見せてほしいという衝動に駆られた。鮮明なら大学に出せる証拠になる。凛の迷いも、樹の覚悟も、颯の怒りも、一つずつ確定させてしまえば、書類に落とし込める。そうすれば、外から来る風を跳ね返せる──
だが能力は、そうやって「確定」されることを嫌った。葵は自分の内部で警鐘が鳴るのを感じた。痕跡を「決める」ほどそれは見えなくなる。思案の時間や共同の工程を飛ばせば、物理的にも作品は壊れる。彼女はそれを過去に二度、痛いほど知った。
それでも、今は短絡的な正義が甘く光って見えた。葵はわずかに指先を強く押し付け、言葉を心の中で締め上げた。「凛は本当にこう思っているのか。樹は本当に断固としているのか。颯は……」
意図して「答え」を求めたその瞬間、木目の光が濁り、音が遠のいた。やすりの擦れる音が、急にコツコツとした木の爆ぜる音に変わる。葵の心臓が一瞬、空を切ったように浮き上がる。次の瞬間、板の中央に亀裂が走り、ぱきんと鋭い音を立てて割れた。刃物のような冷気が葵の掌を走り、彼女は痛みとともに自分の名前の一部を思い出せないことに気づいた。幼い日の夏祭りの屋台の景色、一つだけが抜け落ちていた。
「やったな……」颯が低く呟き、手で板を押さえた。切れた木の端から粉が舞い、冷えた雨の匂いが混じる。凛の顔が青ざめ、樹の眉がひそむ。
「葵、無理したのか?」樹が尋ねる。言葉には責める色はなかった。彼は葵の手を取り、痛みを確かめるよりも先に、落ちた刃の方を見た。
葵は口を開けたが、言葉がすぐに出なかった。彼女の胸の奥で、何かが鈍く傷ついている。能力を無理に引き出した代償は身体にも記憶にも触れてくる。今回は、短い時間だが確かに一部の記憶が削れた。代償を受け入れる――それが彼女の選択だったが、代償はいつもそれ以上のものを奪う。
「ごめん、壊しちゃった」葵はぽつりと言った。謝罪は習慣のように口をついて出たが、その謝罪の先にある責任は彼女一人ではない。共同制作は傷ついたが、共同性そのものが消えたわけではない。裂けた木板の断面に浮かぶ木目は、よりはっきりと、指の跡や夜の話し声の重なりを映していた。選び取られなかった気配が、凛の指先で震える。
凛は息を吐いて、机の割れたところを両手で抱えた。そして、静かに言った。「でも、これ、誰かのせいで壊れたんじゃない。私たちが一緒にやろうとして、急ぎすぎた。それで壊れたんだと思う」
「急ぎすぎたからって、逃げるわけにはいかない」樹が応じた。「明日までに何か形にしなきゃいけないのは変わらない。だけど、それは書類を揃えることだけじゃない。私たちの言葉で『ここにいる』って示すことだ」
颯はしばらく黙っていた。やがて彼は荷台から古い墨壺を取り出し、黒い墨を小皿に垂らした。「実は、ここに来る前に気づいたんだ。梁の天井裏の古い柱に、誰かの名前が刻んであるって。古い住人が残したもので、戦後すぐの学生たちのものらしい」
その言葉が部屋を揺らした。葵の頭の中で、割れた木板の断面が古い字を浮かべるように連鎖した。彼女は立ち上がり、颯の示す方へと歩を進める。古い柱の一部が、補修のために外されていた。そこには確かに、古い刀痕のような浅い刻みの列があり、小さな墨の斑点とともに、いくつかの名前が並んでいた。文字は読みづらかったが、形は明らかに、誰かがそこに証を残したことを示していた。
「前の住人たちも、同じように—」凛の声が小さく震える。「制度に押されて、でもどこかでこうして名前を残したのかもしれない」
葵は柱の近くに跪き、指で墨の跡をなぞった。触れた感触は、割れた板とは異なり、乾いた冷たさがあった。痕跡はここにも残っている。しかし、その痕跡は誰かの選択の終わりではなく、始まりのようだった。過去の人々がここに自分の存在を刻んだのは、単に反発のためではなく、次に来る人々に選び直す余地を与えるためではなかったか――その思いが胸を横切る。
樹がぽんと手を打った。「俺たちは、これを公開するかどうかを選べる。証拠として出すなら出す。出さないで守るなら守る。大事なのは、誰か一人の決めつけで終わらせないことだ」
葵はゆっくりと立ち上がった。割れた木の断面を見下ろし、その破片を指で拾い上げる。刃のように鋭い一片が掌に刺さって痛むが、その痛みは彼女にとって、代償と覚悟の証でもある。
「私、──」葵は手の痛みをこらえながら、はっきりと口を開いた。「能力を使って、誰かの代わりに答えを出すのはやめる。今回のことは、私が勝手に急いで壊した。だけど、私が見たもの