離島の診療所で離婚相談を受ける新人は故郷に帰る理由を探す

離島の診療所で離婚相談を受ける新人は故郷に帰る理由を探す 第16話「第14章」

午後の光が診療所の庭に斜めに差し込んで、古い作業台の上に木の粉が薄い雪のように降り積もっていた。海風が引き戸を擦って、遠くの波音を帯びた風鈴のように聞こえる。その匂いの奥に、のこぎりの金属の匂いと、焦げたゴム手袋の匂いが混ざっている。蒼は手袋を脱ぎ、指先で棘を拾うように古材の表面を撫でた。そこには深い手跡と、うっすらと指紋のように残る二人分の「動き」の痕がある。

午後の光が診療所の庭に斜めに差し込んで、古い作業台の上に木の粉が薄い雪のように降り積もっていた。海風が引き戸を擦って、遠くの波音を帯びた風鈴のように聞こえる。その匂いの奥に、のこぎりの金属の匂いと、焦げたゴム手袋の匂いが混ざっている。蒼は手袋を脱ぎ、指先で棘を拾うように古材の表面を撫でた。そこには深い手跡と、うっすらと指紋のように残る二人分の「動き」の痕がある。

「もうちょっと押さえて、由梨さん。いや、右——そう、遥人さん、そこは反対にかけてください」

由梨の頬が熱い。遥人は額に汗を浮かべ、ぎこちない手つきでハンマーを握る。二人は診療所に隣接した倉庫の解体材を使って、古い長椅子を作っていた。役場の補助金申請のために“共同制作の証”を示す写真が必要だという、川島の無理な要求に対する最後の抵抗だと由梨は言った。蒼はその「痕」を探るために、二人の共同作業を見守る役割を買って出ていた。

「蒼くん、いい?」と真琴が低い声で口を挟む。彼女は包帯の箱を抱えている。午前中に外来で擦り傷を作ったお年寄りの処置を終えたばかりだ。真琴の手の動きは自然で、診療所の空気は普段より緊張している。

蒼は小さくうなずいて、呼吸を整えた。共同制作に残る「気配」は五感ではない。触れた物の表面に、二人が交わした仕草と合図、すれ違い、妥協の痕跡が滲むように残る。それを拾うには、二人が同時に、ある程度の時間をかけて「創る」行為を続ける必要がある。だが、彼の目は以前の失敗で学んでいた――決めつければ、痕跡は彼の前からたちまち霞む。急がせれば、共同のリズムは崩れ、物は壊れやすくなる。

「由梨さん、顔上げて」蒼は声を落として言った。「今のは——ここがちょっとズレてる。二人の息が合えば、跡がもっと強く出ます」

由梨は息を吐き、遥人と目を合わせる。小さな合図の交換が生まれて、木の端がぴたりと噛み合った。蒼の指先に、ほんの一瞬だけ冷たい感触が走り、二本の手の輪郭がうっすら浮かんだ。だがその瞬間、診療所の裏手から急な足音が聞こえ、重い声が割り込んできた。

「蒼先生、今いいか?」

川島が歩み寄ってきた。ネクタイは緩めているが、額に汗をかいている。彼の手には市役所の封筒があり、中身が重苦しく揺れている。川島の視線は椅子でも二人の手でもなく、蒼の顔を射抜くようだった。

「写真を撮っていただかないと、補助金の決裁が下りません。期間が今月末までで、本庁が強く出てきていまして——」川島は言葉を重ねて、由梨と遥人の顔を見回した。「婚姻の状態も、共同での住宅手当の基準も、全部こっちで処理しなければならない。離婚届が出れば、資金計画が全部変わるんですよ。早く結論が欲しいんです」

由梨の髪が一瞬、波立った。遥人の手に力が入る。蒼は胸の奥がざわつく音を聞いた。資料を急かす行政の圧力は、この島の多くの選択を「数」に還元してきた。蒼はふと、呪文のように覚えている禁止――「関係を急ぐほど共同制作が壊れる」。川島の要求は、その加速装置に他ならなかった。

川島は躊躇なくスマートフォンを取り出し、軽く示した。「ここでいったん、生涯一緒に暮らす意思があるなら、共同制作の写真が必要です。ないなら、離婚手続きに進んで構わないと。市の体裁もありますから」

蒼は砂を噛むような気分になった。決めつけることで空間が凝り固まり、彼の視線はすうっと曇る。蒼は自分が見たいものを決めつける誘惑に抗わなければならない。だが時間はすでに切迫している。彼は口を開いた。

「ここで『続ける』か『区切る』かを俺が断定するわけにはいかない。ただ——」蒼は言葉を選ぶために喉を鳴らした。「共同で作る時間をもう少しください。今日ここで、二人に椅子を完成させてもらえませんか?」

川島は眉をしかめる。「その時間がないと言っているんです。役所は結果を求めています」

由梨が震える声で言った。「でも……ここで終われない、私たちもまだ決められない。子どものこともあるし、でも生活も……」

遥人はハンマーを握り締めたまま、俯いた。彼の手の甲に血が滲んでいるのが見える。由梨は無意識に彼の手を取った。二人の指が、木の角で擦れて白くなった。

蒼はその触れ合いに反応した。彼の視界の端で、木の表面に細い線が浮かぶように見えた。二人が同じリズムで釘を打ち、同じタイミングで息を吐くと、線は少しずつ濃くなる。これこそが彼の術が捉える「痕」だ。しかし川島の言葉が頭の中で反芻して、蒼は焦りを覚えた。もし行政の圧力で二人が今この場で「結論」を出せば、共同のテンポは壊れ、痕は消える。彼はどうしても時間を買いたかった。

「わかった」と蒼は言ってしまった。「ここで二人は『続ける』と宣言して、補助金の申請は保留にしましょう。写真は後日でも構いません」

言葉が出た瞬間、蒼の胸に冷たい感触が走った。見えるはずの線が、霧が晴れるように消える。彼の視界の中心が白くなり、一瞬、耳鳴りが混じった。決めつけたことで、術の感知が遮断されたのだ。蒼は急に動悸を感じ、手のひらに汗をかいた。頭の中の像が揺れる。

「蒼先生?」真琴の声が遠くなるように聞こえた。彼女は眉間に皺を寄せている。「大丈夫?」

「見えない…」蒼は額に手を当てた。言葉が震える。彼は能力を制御するには、事実を読み取るより先に、無理に結論を出してはいけないと知っていた。それを破った今、彼は何も見えない。だがそれだけでは済まなかった。

由梨と遥人は、蒼の言葉を受けてぎこちなく笑った。川島は満足げな顔をした。「それでいい。形式は整います。後は市の手続きだけだ」

二人が笑った瞬間、遥人のハンマーが力を抜きすぎて、鋭い角が椅子の脚をえぐった。木材の古い部分が裂け、勢いで鋭利な破片が飛んだ。遥人の手首が椅子の端に当たり、皮膚が裂けて血が飛び散る。由梨の叫び声に、蒼は身体で反応し、手を伸ばして遥人の腕を掴んだ。切り口は深く――簡易処置を施すには十分すぎる。

「クソッ!」真琴が即座に仕事モードになる。包帯を取り出し、洗面所から水を運んで来る。川島は慌ててでも携帯を取り出すが、どこか動揺が見える。由梨は手を震わせ、遥人の顔を覗き込む。

蒼はその時、腹の奥に違和感が走った。能力を使う時、彼には代償がつきまとう。単に視覚が曇るだけでなく、自分の記憶の抽出が鈍る。今は目の前の状況を把握するのに必死で、昨日の夜に母が縫ってくれた襟の色や、故郷の祭りの音がすぐには思い出せない。術の代償は時折、身近なものを忘れさせる。焦りは、彼自身の帰る理由を曖昧にしていく。

真琴の手際は確かだ。蒼は出血を押さえるためにハンマーを放り、遥人の手首を固める。由梨が震える声で謝りながら、コンビニ袋に氷を詰めてくる。川島はそれを見て黙った。彼の目には、数値の行き先ではない「人」が見えたのかもしれない。

処置を終えた後、由梨はベンチに座り込み、両手で顔を覆った。遥人は傷を抑えながら俯いていた。二人の肩が震える。蒼はその横顔を見て、失った視界の代わりに、聴覚と触覚で相手の微かな変化を拾おうとした。木の端にはまだ細い線が残っているようにも感じられたが、それが彼の作為による幻なのか、本当に二人が残した痕なのか、確信が持てな