潮騒銃の牧童と鉄道皇国

潮騒銃の牧童と鉄道皇国 第5話「第4章」

貨車の影は長く、潮の匂いは薄れていた。線路の振動が地面を伝い、集落の端に立つ老いた踏切の警笛だけが、遠い海を思わせる孤独な音を吐く。ユヅキは壁に背を預け、呼吸を確かめながら白い布切れで手を拭った。潮騒銃は背中の鞄に収まっている。鞄の蓋は金具でかちりと留められ、留め具の感触はまだ冷たかった。

貨車の影は長く、潮の匂いは薄れていた。線路の振動が地面を伝い、集落の端に立つ老いた踏切の警笛だけが、遠い海を思わせる孤独な音を吐く。ユヅキは壁に背を預け、呼吸を確かめながら白い布切れで手を拭った。潮騒銃は背中の鞄に収まっている。鞄の蓋は金具でかちりと留められ、留め具の感触はまだ冷たかった。

「早くしろ、検査が終わる前に脱けるぞ」

カナメの囁きが左耳に刺さる。彼の息は荒い。検査に並ばされた村人たちのざわめき、兵士たちの笛の短い合図、灯りの反射で見え隠れする銃床――すべてが小刻みに鳴っていた。ユヅキは一度だけ背後の鞄に手を伸ばしたが、指先はそのまま戻る。鞄の底で潮騒銃のケースが、わずかに潮のような低い響きを返したように思えた。錯覚かもしれない。だが、その錯覚さえも、ユヅキの心を重くした。

「マルが――」

スズの声が震えた。丘の通路からマルが引き出されていくのが見えた。彼は両手を拘束され、顔には怒りと諦観が入り混じる。鉄道皇国の小隊が、行列に割り込んで村人を攫っていた。検査と称する物資と身元の確認。何でもなく見えた一列が、誰かの明日を奪っていく。

「一匹狼が出たな」

兵士の一人が嘲る。マルが抵抗を試みた瞬間、彼らは腰に下げた短棒の先で脛を叩き、重心を奪った。マルが叫ぶ。叫びはすぐにふさがれる。ユヅキはその声にかすかな呪詛のような感情を覚えた――もっともらしい無力感、そしてそれを断ち切るための、見当違いの怒り。

ユヅキは決断した。潮騒銃は使わない。あの一発で仲間と共有された作戦を一度だけ実現できる力は、ここで浪費できるほど無限ではない。市を守るため、もっと多くの選択肢を開くために温存しなければならない。鞄の金具を手で押さえ、留める。封印は誰にでも解けるが、誓いは自らに課した鎖だった。

「ここで騒げば、人質を増やすだけだ」

カナメの口調は低く、しかし揺れている。彼は村のために計算していた。ユヅキも同じ計算をしているつもりだった。だが計算は紙の上でしか正確ではない。現実は、刃物のように冷たい。

「俺が行く」

スズが前に出た。彼女の目はいつもの軽やかな輝きを失っていた。五月雨のように降る軍靴の音を避けるように、彼女は軽く肩をすくめた。ユヅキはその動きを本能的に止めた。だがスズは首を振り、「やれる」と言った。

「分隊の目を逸らす。通路を作る。ユヅキ、あんたはマルを連れて逃げろ」

スズの指先は細く、震えている。ユヅキは唇を噛んだ。封じたはずの潮騒が、鞄の中でそっと渦を巻くような気配を残した。

「スズを止める」

カナメが割って入った。言葉は刀のように短い。彼は前に踏み出し、兵士の一列と距離をとる。スズは軽く笑って、毒のある言葉で返す。

「お前が止めるべきは兵じゃない。あんたの躊躇だ」

動きは一瞬だった。スズは踏切の方へ駆け出し、意図的に兵士の注意を引いた。鉄の鎖が擦れる音、兵士の怒鳴り声、乾いた木の香り。ユヅキは走った。影と影の間を抜け、貨車の下に潜り込むと、冷えた油臭が鼻を刺した。靴底に伝わる微かな振動は、そこが生き物の腹部であるかのように感じられた。

貨車の下は暗く、空は一切見えない。金属の骨格が耳元で唸る。奴らはマルを拘束したまま、貨車の奥――荷台のすき間へ押し込もうとしている。ユヅキは息を殺し、手にした小刀でロープの拘束を切る。手は震え、指先には汗が滲んだ。ロープが切れる音は、思ったよりも高く、こだまする。

「動くな」

背後で低い声がした。兵士が手榴弾のようなライトで覗き込み、闇を押し広げる。光は骨のように貨車内部の輪郭を浮かび上がらせる。ユヅキはマルの首にかかった小さな金属板を見た。薄く、時計の裏側のようなそれは、肌に冷たく貼り付いている。タグ。ユヅキはその瞬間、思考が停止した。

「何だ、刻印か――」

兵士の声は遠く、まるで別の時間軸のものだった。マルは薄く笑った。舌先で何かを言いかけ、言葉を止める。ユヅキはマルの手を取り、引っ張ろうとした。マルは微かに首を振った。

「外から、鍵を回してるんだ」

マルの言葉は砂を噛むようだった。彼の視線は遠く、訓練されたものとは違う慌てが混じっている。ユヅキの指先はタグに触れた。金属は冷たく、薄い矢のように皮膚に食い込む。そこから、かすかな温度差を感じた。タグは単なる拘束ではない。何かがそこから生き物の脈に触れているようだった。

「戻れ、ここじゃ無理だ」

カナメの声が後方で叫ばれた。だがその声は、遠くの海鳴りのように届く。ユヅキはマルの目を見た。彼の瞳には、子供の頃に見せた一瞬の反抗の光が宿っている。ユヅキは決めた。鞄を押さえ、その中に封じた潮騒銃を、ただの道具として扱い続けると誓いながら。

「何もしないでくれ」

彼女の声はかすれていた。だがそれは命令でも懇願でもない。未来の選択を守るための、最後の約束だ。ユヅキは小刀で後ろのロープを断ち、マルの手首を掴んで押し上げた。二人は音を立てないように貨車の床下を這い出る。外の空気は生ぬるく、潮の気配は薄い。だが風が頬を撫でるたび、鞄の中で何かが小さく鳴った。

向こうから銃声が響く。スズが兵士の前で倒れたらしい。血の匂いが暗闇を濃くする。ユヅキは片膝をつき、手のひらでその匂いを押し返すように目を閉じた。スズの顔が浮かぶ。彼女は笑っていた‥‥それはもう笑顔ではなく、決意の線でファイルされた表情だった。

「行け!」

カナメの声が最後の一押しをする。ユヅキはマルを引くようにして小道を駆け、村の茂みへと飛び込む。背中の鞄は重く、潮騒銃のケースが脊椎に当たり、冷たい。茂みの中で振り返ると、踏切の向こうに小さな火花が踊っていた。兵士たちが手当てをするのに気を取られている隙に、二人は藪を抜けた。

だが救出が完了した瞬間、ユヅキは違和感に襲われた。マルが急に体を凍らせ、目を見開く。彼の喉元に指を走らせると、先ほど触れたタグが淡い振動を発していた。タグからは、かすかな音が漏れていた。外界の音と違う、低いシーケンス。潮騒のようでもあり、警報のようでもある。

「これは‥‥」

ユヅキの内側で何かが跳ねた。かつて見た、仲間が潮騒銃を単独で使った後の顔が蘇る。サチが使ったとき、彼女は一時的に聴覚の半分を失い、味覚と嗅覚を奪われた。彼女は一晩中、海の音だけを聞いていたと言っていた。誰かが単独で強制的に計画を実現すると、身体の一部が代価として切り取られる。仲間の合意を無視すれば、その効果は敵まで巻き込む――だがその巻き込み方は、必ずしも有利ではない。サチの代償の後、敵側は逆に彼女の位置を察知し、拠点を突かれたのだ。

ユヅキは鞄の留め具に手を伸ばしかけて、指を引っ込めた。あの金具を開くことは、未来を一つの点に潰すことを意味する。だが同時にマルの喉元に埋め込まれたタグは、潮騒銃の媒介を無効化するテクノロジーの存在を示していた。もしこのタグが効力を持つなら、封印したままでは何もできない。だが封印を解けば、ユヅキの身体は確実に代価を払う。しかもそれは、彼女が一人で行使した場合、敵にも作用する危険をはらんでいる。

背後から、低い嗚咽が聞こえた。茂みの縁でスズが伏せられていた。血の滲む手で唇を押