灯火斧の観測員と夢見兵団 第18話「第16章」
広場の空気は、二つの光の間で引き伸ばされていた。片方は夢見兵団の舞台灯で、人工の朝焼けのようにピンクと金を溶かし合わせた光。もう片方はミカたちが置いた仮設のブース群——荒い布切れと木製の机、消毒液の匂い——が吐く白く冷たい光だ。前者は拍手と歓声を誘い、後者は話し合いのための静けさを求めていた。
広場の空気は、二つの光の間で引き伸ばされていた。片方は夢見兵団の舞台灯で、人工の朝焼けのようにピンクと金を溶かし合わせた光。もう片方はミカたちが置いた仮設のブース群——荒い布切れと木製の机、消毒液の匂い——が吐く白く冷たい光だ。前者は拍手と歓声を誘い、後者は話し合いのための静けさを求めていた。
「ここからだと見えないかな」ルイが低くつぶやき、屋根の縁に置いた双眼鏡をミカに差し出した。指先は震えていた。両腕に巻いた包帯の縁が擦れて、ほんの僅かな血の匂いが混じる。熱気と揚げ物の油の匂い、遠くで鳴るスピーカーから流れる甘い音楽。すべてが一つに溶けて、広場を覆っている。
舞台の中央にぶら下がる灯火斧は、その柄先で夢を織り、刃の輪郭が白い炎のように揺れていた。司会者の声が増幅され、洗練された笑顔で誰かを紹介する。スクリーンに映る映像は現実を美化し、避難民の生活を「模範的に変換した夢」として見せていた。どこかの家族が笑っている。どこかの子が海で遊んでいる。だがミカは画面の笑顔に違和感を抱いていた。笑っているのは確かに人間の形だが、目の奥に自分の意志はなかった。
「向こうはメディアを取ってる。あれを潰すにはうちの広場で“選択肢”を見せるしかない」サトハが言った。彼女の声は寒かった。鞄の中から紙を取り出して、ノートに書かれた段取りを指でなぞる。「避難民が自分の選択を語る。助けを受け入れるか、自分で動くか、制度を選ぶか。色を対比させて、夢と現実の違いをはっきり見せるの。映像作りは私たちでやる。誰の発言も編集しない。生で、選べる場を作るだけよ」
ケンジが歯を鳴らす。彼の拳は白くなっていた。「危ない。あの灯火斧がある。公開で仕掛けられたら、また人の心を奪うだけだ。俺たちのやり方は一度しか使えない。共有しなきゃ意味がない」
ミカは握ったままの灯火斧の柄を見た。正確には“媒介”であるこの短剣は、布で覆ってあったが、その重みはいつもより増して感じられた。彼女は元観測員として、危険地帯で味方の位置を共有し、戦術を正確に実現させるために何度も灯火斧を触った。しかし能力のルールは残酷だった。仲間と設計した作戦だけを「一度だけ」現実に落とせる——その代わり、合意を無視して単独で使えば感覚の一部を代償に失う。合意を無視した場合、能力は限定されず、敵にも作用する。そのことを、ミカは血の匂いと共に思い出していた。
「私たちのやり方でやる。編集しないで、選べる場を作る。だけど——」ミカは言葉を切った。胸の奥で何かが締め付けられた。舞台の前で、泣き声が上がった。小さな子どもの声だ。ルイが顔を動かしてそちらを見た。
「何だ、あれは?」ルイが言う。ミカは双眼鏡を取り、舞台のはずれを覗き込んだ。そこには薄い体格の家族がいくつか立っていた。舞台に呼ばれた避難民の列。だが、一人の男が群に押し込まれ、眼をぎゅっと閉じていた。彼の傍らで、係員が腕を引いたり押したりしていた。あの押し付けられた笑顔は作り物だ。
「強引に連れてきてる」サトハが息を詰める。「彼らを使ってショーを完遂するつもりよ。理不尽だ――」
ミカの手は自然と灯火斧の柄に触れていた。布の向こうの金属は冷たく、振動を内包しているようだった。選択の場を作るのは彼らの作戦だ。共有で使えば、目に見える選択肢を場全体に実現できる。だが今――係員が家族を乱暴に舞台に押し上げた。子どもの靴がぬるりと石畳に引かれ、誰かの叫びが上がる。
「待て!」ミカは叫んだ。短い叫びが夜に吸い込まれる。ルイが手を伸ばしたが、ミカは振り向かなかった。合意を取る時間などなかった。誰かが被害を受けるのをその場で見過ごすことなどできない。観測員として、彼女の中にある衝動は即座に反応した。
布を剥がす――冷たい刃の輪郭が夜の空に小さく反射した。ミカは灯火斧を握り、視線を舞台に定めた。考える前に、彼女は能力を引き金に引いた。彼女の頭の中に、かつて仲間と練った作戦の断片があった。会場の色を逆転させ、避難民がリアルな選択を差し出す映像を重ねる。だがそれは「共有された」作戦ではない。ミカの一存で形を決めた一撃だった。
斧が振り下ろされる瞬間、世界が音を失うような感覚を受けた。まず耳が鋭く響き始めた。左側から金属的な叫びが突き抜け、次いで深い、ひかえめな痛みが顎の奥から広がった。目の前で色が引き裂かれ、空気が紙のように薄くなった。次の瞬間、広場全体に彼女の頭の中の断片的な映像が溢れ出した――子どもの絵、母親の手、砂でできた城、避難所の狭い通路、ミカ自身が失敗した過去の断片。映像は鮮烈で、だが方向性に欠けていた。
観客の多くが息をのんだ。歓声の端が切り裂かれ、同時に何人かは声を上げて膝を折る。係員の一人が、腕を引かれた男から目をそらして固まった。彼の顔に初めて、「違和感」と「恐れ」が滲んだ。だが周囲の何人かは、見せられたものを怒りと受け取り、口々に罵声を浴びせた。ライブ映像は瞬時に割れ、SNSはその切れ端を喰らい合った。
ミカは叫びを上げようとしたが、左耳にはもう何も入ってこなかった。世界は急に左右でバランスを崩し、彼女の重心がずれた。唾を飲むと、金属の味が舌の右側に残った。鼻の一部が詰まったように感じる。視界はぼやけるが、輪郭は残っている。代償は確実に来た。彼女はふらつきながら屋根に膝をついた。
「ミカ!」ルイが叫んだ。だがミカには右耳からの声だけが断片的に届く。手を伸ばす視線の先で、サトハの顔は蒼白だった。ケンジは既に数メートル下に飛び降り、舞台へ向かって走り出している。
ミカの能力は作用した。だがそれは「共有した作戦」ではなかったため、範囲は限られず、敵にも作用した。係員の何人かは、強制的に見せられた映像によって一瞬自分の行為を疑い、動きが鈍った。だが同時に、ショーを見ていた多数は混乱し、ある者は敵への共感を失い暴走する者もいた。ミカの頭の中に走ったのは、「操作する側にとっても、選択を奪うことは脆い」という冷たい予感だった。
舞台の上で、ひとりの女性が立ち上がった。彼女は司会者に押し出されていた避難民の中の一人で、アリサと呼ばれる若い母親だった。いつもはしおらしく、作られた笑顔を張り付かせられていた人物だ。だが今、彼女の目は何かを決めたように光っていた。誰もがその小さな動きを見逃さなかった。
「私は、私の子どもに決めさせません」アリサの声は震えていたが、確実に届いた。ミカの右耳を通して、その言葉は鮮明に入った。周囲の音はまだ不穏だが、言葉の輪郭は切れずに残った。「ここで夢を見せるだけで、私たちの選択を奪わないでください。私たちは、あなたたちの見世物じゃない」
観客の反応が二分した。拍手する者、怒鳴る者、そして無言のまま固まる者。司会者が叫んで彼女を制しようとした瞬間、係員の一人が突然膝をついて嗚咽を上げた。あの強い男が、地面にうずくまって自分の手を見つめている。ミカはその光景を見て、能力が与えた「介入」が、敵の側に思いがけない亀裂を生んだことを理解した。だが同時に、代償は不可逆だった。左耳の聴力は戻らず、彼女の世界は片側で薄くなっていた。
「ミカ!」ルイがもう一度叫ぶ。この声に、彼女は涙が混じ