噴火槍の鍵師と雲上連邦 第6話「第5章」
灰の匂いが鼻腔を擦り、風が起こす砂嵐が目の前の布テント群を揺らした。音はすべて遠くへ伸び、金属のスクリーンが断続的に震える音だけがはっきりと耳に届く。雲の上を滑る連邦艦の影が、薄い陽光を遮って黒い帯を引いたように地表を横切った。
灰の匂いが鼻腔を擦り、風が起こす砂嵐が目の前の布テント群を揺らした。音はすべて遠くへ伸び、金属のスクリーンが断続的に震える音だけがはっきりと耳に届く。雲の上を滑る連邦艦の影が、薄い陽光を遮って黒い帯を引いたように地表を横切った。
「要、準備はいいか?」と、ミオが低く囁いた。彼女の声はいつもより短く、冷え切っていた。ミオの手は震えていない。だが彼女の指の腹には、昨日の出来事の赤い痕が残っている。自分たちの小さな成功の代償だ。
要(かなめ)は噴火槍を抱えて立っていた。槍芯は火山ガラスのように黒く、先端からはじんわりと熱が伝わる。柄のところに小さな鍵穴が彫られていて、鍵師だった頃の癖で彼は自然とその部分に触れた。冷たく硬い金属。そこから伝わる振動は、心臓の鼓動と地鳴りを混ぜたように身体を揺らした。
「いい。だが一度だけだ」要は小声で告げた。言葉は合図。集まった者たちの目が一斉に彼に注がれる。避難民の列の端、年老いた男が杖を突いて立っていた。子供が一人、テントの中で顔を覆っている。遠景で、連邦の制服を着た執行班の動きが見えた。空では小型の偵察機が灰を蹴散らすように旋回している。
「同意するか?」ミオの問いかけに、一人ひとりがうなずく。シュンは口を閉じたままだが、拳を開いて要の左腕に触れた。接触。合意のしるしが槍に伝わると、鈍い音が指先から伝わった。噴火槍が低く唸り、柄の鍵穴に淡い赤が差した。
要は深く息を吸った。仲間の合意だけを媒介するように──それが槍の性質だった。彼は何度もその感覚を頼りにしてきた。だが今日は違う。今日の作戦は、避難区の忌わしい「灰の帯」を一時的に割り、連邦の補給艦に遮られた裏道を使って老人と子供を脱出させることだった。時間は一分一秒しかない。
「行くぞ」要が合図を出すと、槍先からかすかな熱風が立ち上った。空気がねじれるように光が乱れ、視界の端で薄い裂け目ができた。裂け目に向かって、シュンが呼吸を合わせて駆け出す。ミオは道の両側に立ち、避難民を押し上げる。要は槍の柄を握ったまま、檻の外へと力を注いだ。
それは、ほんの一瞬の奇跡だった。灰の帯が像のように割れて、濃密な熱のカーテンが通り道を創る。老人たちは泣き笑いで走り、子供たちは手を取り合った。連邦の小型機のアラームが空にひびき、偵察機がすばやく反応した。だが裂け目は要と合意した者たちの合意の形に沿って曲がり、避難民を包むように守った。
その瞬間、誰もが勝利の余韻に浸ったはずだった。だが、裂け目が閉じる直前、要の目の端に一つの影が入った。テントの影から、女の子が這い出してくる。顔は泥まみれで、両親の姿は見えない。彼女は要たちの作戦には含まれていなかった。彼女が合意に加えられていないことは、合図を送る指の数で要にもわかった。
「こっち!」女の子が叫んだ。恐怖と訴えが混じるその声は、裂け目の向こうで助けを待つ群れにまで届いた。槍はすでに収束の気配を見せている。要は選択の時間がほんの一瞬に縮まるのを感じた。
合意していない者を槍に取り込むには、最後の瞬間まで同意が必要だ。だが子供の目は、奪われかけた命を問いかけていた。要は振り返った。ミオの顔に苦渋が走る。シュンは咳き込みながらも前に立っている。だがテントの中の多くはまだ動けず、手を伸ばす余裕がなかった。
「要、やめろ」ミオの声が割れた。「我々の合意がない。そうすれば──」
「敵にも作用する」シュンが続ける。彼の声は冷たかった。「それでどうなるか、わかってるだろう。連邦の人間にも同じ“保護”が及ぶ。混乱が生まれる。追撃がエスカレートするかもしれない」
要は目を閉じた。槍の柄がわずかに震えるのを感じる。合意の数と形が、儀式のように彼の掌の中で確かめられている。女の子の小さな手が泥から差し出される。そこに恐怖だけがあることを要は見た。
選べ──仲間の合意を尊重するか、いま目の前の命を優先するか。選択の重さは、彼が鍵師として生きてきた年月よりずっと重かった。
要は肩を引いた。抜き去る感覚とともに彼の意志が決まった。合意の輪を壊してはいけない。そうすれば槍は敵にも作用し、誰もが傷つく可能性がある。だが彼はその瞬間、ある別のものを選んだ。
「一人でやる」要は低く言った。言葉は合図にならなかった。ミオたちの手はすでに彼の手から離れている。要は槍を強く握りしめ、少女へと向き直った。合意の輪に彼女はいない。彼は自分の身体にしか頼れない。槍にそのすべてを押し込む覚悟を決めた。
残った光が、槍先でちらついた。熱が身体を貫き、奥歯がキーンと鳴る。要は黒い砂の匂いの奥に自分の過去の香りが混ざるのを感じた。鍵師として扉を開けたときの、金属の匂い。孤独に耐えた夜の甘苦い匂い。彼はそれらを全部、槍に託した。
槍が一度、深い咆哮を上げた。裂け目が再び開く。女の子は救われ、老人たちと一緒に押し出される。だがその瞬間、要の身体に鋭い圧力が返った。耳の奥が遠ざかり、世界の音が削られていく。視界の端が白く滲み、左手の感覚が溶けるように薄れていった。
「ああっ!」ミオが叫び、手を要の腕に伸ばしたが、要はもう反応が遅い。彼の中で何かが切れた。遠いところで何かが砕ける音がした――彼にはそれがもうはっきりとは聞こえない。
裂け目は閉じ、群れは安全圏へ運び込まれた。だが帰路は血のように静かだった。要は座り込んで、震える指先を見つめる。指先は温かいが、何かが欠けている。匂いの世界が遠のき、味が薄れ、左半分の聴覚が欠落している。世界は左右で切断された二重の絵だった。
「要!」ミオが彼の胸を叩いた。だが要はその叩きの音を半分しか感じない。顔の半分に、薄い汗と灰がつく。子供の手が彼の袖を掴んだ。女の子が小さな声で「ありがとう」と言うのを、要はかろうじて聞き取った。
そのとき、空から重い音が落ちてきた。連邦の偵察機が警戒を解除し、複数の小型艇が避難区へ向かって降下してくる。排気の振動が地面を通して伝わり、群衆の間に新たな恐怖を生み出した。要の耳鳴りはその振動を斜めにしか捉えられない。
「監視データがこいつらを呼んだ」シュンが短く言った。彼の目は鋭く光る。要は、無理に立ち上がろうとしたがめまいが襲った。ミオが支え、二人で群衆を押しまとめる。要の手から槍が滑りそうになり、ミオがぱっとそれを受け取った。槍は冷たく、彼女の掌で穏やかに沈黙する。
そのとき、防護服に白い徽章を付けた大柄な男が隊列を引いてやってきた。彼の顔には行政印が押された金属のバッジが煌めいている。制服はきっちりと整い、動きには無駄がない。だがその動きの端々に苛立ちが透けていた。
「あれが噴火槍か」男は低く、確信を含ませて言った。声は冷たいが、複雑な何かが混じっていた。彼が手袋を外したとき、指先の古い傷が見えた。まるで以前に火と接した証のようだった。
「執務官、立入検査だ。混乱の原因を確認する」副隊長が早口で答える。だが執務官は指先で要の方へと視線を向けた。そのとき、彼の眼差しの奥には忘れがたいものがあった――遠い記憶の断片のようなもの。
執務官は歩み寄ると、要をじっと見下ろした。「君、名前は?」
要はかすれた声で名を告げる。執