噴火槍の鍵師と雲上連邦

噴火槍の鍵師と雲上連邦 第5話「第4章」

朝焼けは、灰と金属の匂いを染め上げていた。粗末なシートで覆われた避難所の列の向こうで、雲上連邦の黒い装甲車がゆっくりと列を作る。車体の側面に光る識別章は、ここにいる者たちの行き先と、行動の可否を決定する端末を携えていた。端末が示す数字は、切り捨てられる可能性のある者たちの「番号」だと、誰もが知っていた。

朝焼けは、灰と金属の匂いを染め上げていた。粗末なシートで覆われた避難所の列の向こうで、雲上連邦の黒い装甲車がゆっくりと列を作る。車体の側面に光る識別章は、ここにいる者たちの行き先と、行動の可否を決定する端末を携えていた。端末が示す数字は、切り捨てられる可能性のある者たちの「番号」だと、誰もが知っていた。

紗夜は噴火槍を地面に立て、柄に残る油の温度を手のひらで確かめた。槍の先からは微かな振動が伝わってくる。振動は決して大きくはないが、確かに何か生きているような感触を伴っている。紗夜の指先に、かつて鍵師だった頃の習性が残っていた。細い金属と回路のつなぎ目を探るときの、冷たく正確な期待だった。

「今回の狙いは、移送データの中継端末だ」航が地図の上に指を置く。航の声は低く、でも震えていた。彼の背にある幾つかの包帯が昨夜の戦闘の名残を物語る。紗夜は頷いた。中継端末を一度でも奪取すれば、連邦の一時的な監視網を突破し、避難民数名を別のルートへ移動させられる計画だ。

「この槍で、みんなの動きを一度だけ“合鍵”みたいに合わせる。全部が同時に動けば、装甲車のセンサーに反応させない隙間を作れる」紗夜は短く説明した。噴火槍は彼女にとって、道具であり呪いでもある。合意が必要だ。槍に触れて、自分の意思で合図を出す者だけが、槍の“同期”に入ることができる。

「よく聞け。誰かが触らずにいると、合わせた計画がその人にも影響を与える。敵に触れていなくても、同じ空間にいる非合意者にまで波及することがある。合意は、単なる儀式じゃない。安全装置なんだ」ミルが言葉を足す。ミルは医療用の肩掛けを外して、紗夜を真っ直ぐ見た。彼女の目に、いつもの明るさはなかった。

「でも時間がない。端末が移動する。全員の合意なんて待ってられない」陸が舌打ちした。彼は端末の位置をスキャンした手袋から情報を投影すると、装甲車の再配置が開始されるタイミングを指で示した。十秒、二十秒。刻一刻だ。

避難所の端に座っていた老人、竹野が紗夜の手を見ていた。彼は槍をじっと見据え、薄い手を胸に当てる。竹野の顔は皺だらけで、目の奥に長い疲労が沈んでいた。だが、彼の指は離れていた。

「私は嫌だ」竹野がそう言った。声はかすれているが、断固としていた。「私はもう、誰かの道具にはなりたくない。お前たちみたいに若い者が消耗するのも、見ていられん」

紗夜は一瞬、指先を閉じた。槍の震えが増すのを感じた。合意が揃わない中での起動は、いつもと違う反応を引き起こす。錆びた鎖のような、音にならない警告が胸に鳴った。

「触れてほしいのは一瞬だ。誓って。ここの誰かが外に出て、二度と戻らないかもしれない。それでもいいかって」紗夜は優しく言ったつもりだった。老人の目にあるのは、かすかな恐れと、もっと強い何かだ。選択を奪われ続けてきた者の、最後の抵抗だ。

そのとき、装甲車のレーダーが微かな音を上げ、車上のパネルが白く光った。カメラアイがこちらを向いた。連邦の監査官だ。黒いコートをなびかせて降りた男は、紗夜と同じくらいの年齢に見えた。胸のバッジが彼の身分を示す。准監査官イサム。紗夜はその名を聞いて、皮膚の奥が冷たくなるのを感じた。彼はただの執行者ではない、彼にも守るべき人がいることを紗夜は以前に見ていた。

イサムは周囲を見渡し、そして竹野に向かって一歩近づいた。誰もが息を詰める。

「ここで暴動は起こさないでほしい。私も命令で動いている。ただ――」イサムの声には、手短ながら温度があった。「私の妹がこの避難所にいる。彼女は、今日の移送で行き先が決まる。紗夜、君は誰だ。どうしてここで槍を振るう?」

紗夜は言葉を選ばずに答えた。「鍵師だ。噴火槍の使い手。誰かを道具にしたくないだけだ。あんたの妹のために動くなら、私たちは同じ側にいるはずだ」

イサムの目が一瞬ほんのり驚いたが、すぐに無表情に戻る。「なら君たちにはわかっているだろう。槍は一度しか、しかも合意が全員に必要だ。合意の無い使用は――代償を伴う」

彼の言葉は説明ではなく、確認だった。しかしその声には別の意味が含まれていた。イサムは連邦の内側を知る者だ。彼の中にも葛藤がある。ミルはその表情を見逃さなかった。

「時間がない」陸がまた叫んだ。「待てないんだ!」

紗夜は槍に手を伸ばした。合意が揃わないまま起動すれば、身体の一部を代価として失う。彼女は前世で危険現場を支えた鍵師として、危険の先取りをしてきた。代価の痛みを知っている。だが、竹野の顔を見たとき、紗夜の胸の中にあるもっと古い種類の責任が疼いた。守られる側が選べる未来を残したい。今、目の前の人を逃がさなければ、彼らに未来はなかった。

「私が引き受ける」紗夜は低く言った。言葉が終わる前に、彼女は槍を両手で握りしめた。合意を得るための儀式は飛ばす。誰にも触れさせずに、紗夜だけの意思で同期を収束させる。槍の中心で何かが鳴る。金属と内臓のような音。乾いた硫黄のにおいが空気に滲んだ。

最初の代償は、思ったよりも早く訪れた。紗夜の耳がまず、層を失った。遠くで叫ぶ声が、ガラスの割れるように歪んで聞こえる。次に、右手の感覚が薄れていく。指先がまるで氷に触れているかのように麻痺した。だが槍の力は強く、同時に走った。「合鍵」は作動した。数人の仲間の動きが、一瞬にして結合される。避難所の群衆が、奇妙に滑らかに動き出した。装甲車の脚下にできた微かな隙間を、複数の人間が同時に通り抜けようとする。

しかし、竹野の腕はそこに無かった。彼は最後までその手を槍に触れなかった。合意の欠如は、規則の警告どおりに作用した。槍の同期は、非合意者にも波及した。装甲車のフェンスの一部が熱で歪み、予期せぬ方向へと跳ね返った。弾みで、先頭の装甲車の燃料線が露出し、ぱちんと小さな火花が散った。次の瞬間、爆発音が避難所を裂いた。

火と煙の中で、紗夜は世界を遠ざける感覚を抱えた。耳の中には厚い綿が詰まったようで、周囲の声は遠い。呆然とした視界の端で、イサムが盾を取りながらも、妹を抱えて倒れているのが見えた。彼は燃えさかる車の影で苦痛に顔を歪め、だが同時に誰かを守るために手を伸ばしていた。彼の行為は、紗夜の中の敵味方の境界を曖昧にした。

爆発の後、静けさが押し寄せる。煙の匂いと焦げた金属の香りが紗夜の鼻腔を満たす。だが、味も音も、正しい位置に戻らない。右耳の奥は空洞のように乾き、討ち死にした時計のような静止感が残った。ミルが駆け寄り、片膝をついて紗夜の顔を覗き込む。彼女は手探りで自分の耳に触れた。冷たい血の匂いが指先につく。

「聞こえるか?」ミルが耳元で叫んだが、その声は紗夜の右耳に届かない。左耳はかろうじて音を拾う。片側の世界だけが存在するバランスは、砂の上の塔のように不安定だ。紗夜はゆっくりと首を振り、かすかな笑みを浮かべた。それは勝利の笑みではなく、代償を確認する顔だった。

避難者たちは、その混乱の隙に走り出した。紗夜の仲間も、火を避けながら中継端末を抱える二人の技術者を押し出す。陸が負傷した脚を引きずりながら、端末を抱えて紗夜の元に飛び込んでくる。紗夜は右手の感覚が薄いまま、槍を地面に突き刺して止めた。

イサム