万華鏡砲の補給士と箱舟財団

万華鏡砲の補給士と箱舟財団 第23話「第21章」

金属の管が喉を鳴らすように響いた。冷えた空気の中、ライトの円が壁に走り、鋭い影を刻む。浅葱麗は肩越しに万華鏡砲の胴を抱え、指先で刻まれたレンズ割りの縁を確かめた。触覚が確かなうちに確かめておきたかったからだ。筐体は思ったよりずっしりしていて、内部で何かが低く回っているのが伝わってくる。

金属の管が喉を鳴らすように響いた。冷えた空気の中、ライトの円が壁に走り、鋭い影を刻む。浅葱麗は肩越しに万華鏡砲の胴を抱え、指先で刻まれたレンズ割りの縁を確かめた。触覚が確かなうちに確かめておきたかったからだ。筐体は思ったよりずっしりしていて、内部で何かが低く回っているのが伝わってくる。

「ここが、通路の分岐。監視カメラの死角が三つある」奥野透が床に転がした端末の地図を覗き込み、指で赤い点をなぞった。薄い隙間から漏れる蛍光灯の光が、彼の顔の一部を青白く染める。奥野は財団の内部データを握っていた。彼の言葉には確信と少量の恐怖が混じっている。

守屋誠が扉に耳を寄せ、呼吸を整えた。「向こうに制圧班の足音。二隊。配備は変則的、でも掃除ロボの巡航パターンと重なる。赤外線は三分ごとに切り替わる」

「三分ね」鳳楓が短く言った。彼女は隊の戦術担当で、計画の穴を見つけるのが得意だった。楓の瞳に、いつになく硬いものがあった。窓ガラスに落ちる雨粒のように、緊張が落ち着いてリングを作っている。

麗は万華鏡砲を膝に据えた。銃口のように見える先端に、無数のプリズムが嵌め込まれている。普段は補給士として物資と情報を分配する彼女が、これを使うのは一度きり――それを皆が知っている。

「もう一度、ルールだけ確認する」麗が言った。自分の声がやけに乾いているのを感じた。千回も繰り返した説明ではあるが、今この場所で事が起きれば、説明は言葉でしかない。「この砲は、我々が合意した単一の作戦を“具現”する。合意に基づくから、具現された作戦は俺たちの行動を正確に再現する。だが、全員の意思がなければ、砲は同時に“外側”にも作用する。それに単独で発動すれば、使用者の感覚の一部が反動で奪われる」

野口耕一が手を震わせながらバッグから何かを取り出した。小さな写真だった。折れ曲がった角に、坊やの笑顔が写っている。「俺のあいつがそこにいるって言ったんだ。実験対象だ。……全員の合意を取るのは当然だ、でも時間がない」

「だから急ぐんだ」楓は短く、しかし確実に言った。彼女は床に置いた手で、今この場の重さを受け止めている。仲間たちの顔が、彼女の小さな掌に集まって見えるようだった。

奥野が小さく笑った。皮肉に近いだけど、笑顔はどこか悲しかった。「財団は“合意の模倣”を実験装置に組み込んだ。落とし穴はそこだ。模倣が真の合意と区別つかなくなる瞬間が用意されてる。映像にもそう写ってただろう?」

麗は首を振った。映像は頭に焼き付いていた。金属のクランクが回り、薄氷を踏むような電子音が立ち上る。モニターの中央に、合意を宣言する大勢の口が映っていた。だが彼らの目は虚ろで、誰かが「はい」と言わせているようだった。あの音、あの光――砲の前で繰り返されるシークエンスは、意思を“なぞる”ためのパターンに見えた。

「合意がない状態で砲を使ったら、どうなる?」守屋が訊ねる。

「仕様書には“拡散”とだけ書いてある」奥野は答えを持っているはずだったが、そこで黙った。誰も説明のできないことが、最も恐ろしかった。砲が何を“拡散”するのか。彼らの合意の形なのか、それとも意思そのものか。

「俺は自分の子を救いたい」野口の言葉が、壁の金属音のように冷たく響いた。「だが俺の一人よがりで他人の意志を翻弄するわけにはいかない。皆が同意して、初めて正当化できる。……野良の“合意”を真似する権利はない」

その瞬間、通路の向こうで金属が擦れる音がした。巡回が来た。影がドアの前を横切る。麗は息を止めた。三、二、いち、――彼女は目で合図を送った。楓が応じ、守屋は無線機を親指で押し込み、奥野は端末を胸に抱いた。

「よし、一気に抜ける。奥野、先行してターミナルにアクセス。ノイズの同期を作る。野口、守屋、俺と楓は出口を確保する。麗は……」楓の視線が麗に向いた。「麗は砲を組み込む。合意の手続きは移動中にやる。全員の意思を口に出して」

彼らは手を伸ばし、輪になるように肩に手をかけた。合意の手続きは儀式めいていた。言葉を声にすること、視線を交わすこと。いつも彼らがやってきた共同体としての約束。だがその輪の中に、確信のない息が混じっていた。

ドアが大きく開いた。二名の保安が通路を通り抜ける。ライトが一瞬、麗たちの狭い陰を洗った。奥野が腕の力を込めて端末を操作する。監視システムに小さな乱れが走り、保安の足がわずかに乱れた――予定通りだ。

「今だ」楓が囁き、守屋がうなずいた。麗は万華鏡砲のスイッチに触れた。その時、脳裏を一つの考えが走る。もし誰かが途中で同意を取り消したら、どうなるのか。もし誰かの意思が偽りだったら。もし、合意と見せかける何かが仕組まれていたら。

足音の方向から、急にアラーム音が断続的に放たれた。誰かが見張りに気付いたのだ。奥野の顔が蒼くなる。端末のスクリーンに赤い点が増えていく。

「警備が増えた。やつらは予想外のルートで来る」奥野が吐き出すように言った。「ウチで拾った映像、あいつらは“合意の模倣”のための広場を用意してる。広場に人が集められ、試験が始まる。時間は──」

「三十二分後」野口が言った。彼の言葉は刀のように冷たかった。「あの部屋は囚われた人で満たされる。模倣が始まったら、彼らの“意思”が書き換えられる。子どもも、老人も関係ない」

奥野が端末を叩いた。「広場は中枢と直結してる。複製砲は模倣の差し金を受けて、局所の“合意パターン”を拡大再生する。つまり――一度に多くの“合意”を生成するための器具だ」

「ようするに、奴らは“同意”を偽装して、集団の選択肢を奪うつもりだ」守屋が低く言った。「我々が合意を作るなら、それは本物だ。でも砲を使うだけで“与えられた合意”をばらまくのは、違う」

麗は胸の奥が締め付けられるのを感じた。選択の自由を奪われる側の顔が、写真の笑顔と重なった。万華鏡砲は両刃だった。守るための道具が、同時に支配の道具にもなり得る。

「もう場所は分かった。実験施設は岬の観測塔の地下だ」奥野が小さく喚いた。「直通の配電室と同軸リンクがある。そこを断てば、模倣の同調は遅れる。でも砲の複製は動く。止めるには、砲そのものを破壊するしかない」

楓が振り返る。「それをするのに、麗。あなたが砲を使うしかない」

麗の手が震えた。銃身の光が彼女の手の影を壁に揺らす。周囲の声が遠のき、冷たい金属と皮膚の感触だけが残る。もし彼女が単独で発動すれば、感覚の一部を奪われる。だが全員の合意を取る時間も、安らぎもない。足音は近づいている。

「皆、聞いてくれ」麗は言葉を絞り出した。「俺(私)は使うとき、誰かの“強制”を受けたくない。合意は、各自が自発的に出すんだ。もし誰かが抵抗するなら、使わない。代わりに俺は別の方法を探す」

野口が麗を見た。写真を胸に押し当てるようにしている。彼の瞳に決意が灯る。「俺の合意はある。野良の“同意”を模倣するのは認めない。でも、俺は子どもを救いたい。麗、俺たちは君を信じる」

楓も黙って頷いた。「私たちも同意する。だけど条件がある、麗。砲を使ったら、誰もその場で“強制”を増やさないこと。合意は解除可能で、参加者の意思の尊厳を保つこと。――それを壊し