万華鏡砲の補給士と箱舟財団

万華鏡砲の補給士と箱舟財団 第24話「第22章」

朝靄が残る広場の空気は、ざわつきと埃の匂いで満ちていた。テント列から延びた簡易スピーカーが、低い声で本日の議題を告げる。人々の輪はいつもの夜会議よりも遥かに大きく、子どもたちの足音と老女たちの咳が混じる。万華鏡砲は広場から外れた高台に置かれている。虹のような金属面が朝陽を受けて細かな光の破片を撒き散らした。見る者の視線が吸い寄せられる、その視覚的な誘惑が、この場の緊張を一層深めていた。

朝靄が残る広場の空気は、ざわつきと埃の匂いで満ちていた。テント列から延びた簡易スピーカーが、低い声で本日の議題を告げる。人々の輪はいつもの夜会議よりも遥かに大きく、子どもたちの足音と老女たちの咳が混じる。万華鏡砲は広場から外れた高台に置かれている。虹のような金属面が朝陽を受けて細かな光の破片を撒き散らした。見る者の視線が吸い寄せられる、その視覚的な誘惑が、この場の緊張を一層深めていた。

「ここでやるんだ。公開で、全部を」梨央は拳を開きながら言った。手に持つのは小さな黒板と一冊のメモ帳。供給士の肩書きを持つが、彼女は今、合意形成の仲介者に徹している。髪は短く切りそろえ、今日の冷気で白く光る。隣にいるミアが無線機のスイッチを押し直し、短くうなずいた。

「広場での承認があれば、誰が何をするかが透明になる。財団が後から『勝手に使った』と主張しても、証拠が残る。分散作戦の鍵はそこだ」梨央の声は低いがはっきりしていた。広場の端で、避難民の代表シズエが腕組みして味方を見る。顔に刻まれた深い皺が、言葉を待っている。

「でも時間がない。偵察が報告してる。箱舟の偵察機が次の尾根を越えてくる、二十分以内だ」カイトが無線を握りしめた。彼は戦闘班のリーダーで、いつも先を急ぐ。薄い傷痕が口元に走り、目が焦っている。

「二十分をどう使うかが問題だ」梨央は顔を上げて、万華鏡砲の方角を見た。砲塔は高台の囲いの中、技術パネルが無造作に露出している。普段なら彼女がその制御環境のそばに立つのが慣例だった。だが今回は距離を取る。制御に触れる者が一人だと、彼女の能力は単独での起動を許してしまう。単独起動は反動で感覚の一部を奪う。それは既に誰もが知る痛みだ。

「だからこそ公開だ。万人の前で選ぶ。一度だけの共有作戦なら、その『一度』は正しく使うべきだ」梨央の言葉が、群衆の中で細い波紋を作る。賛同の拍手と、ためらいの囁き。賛成の目は若者に多く、慎重な老人の顔には不安が滲んでいる。

議論は始まった。賛成派は透明性と正当性を、反対派は時間の浪費と箱舟の目を引くリスクを挙げる。ミアが手を挙げ、小さなプロジェクターを広場に投影する。偵察映像の断片がスクリーンに流れ、尾根を越えた黒い点が増えていく。群衆の気配が変わる。戦況は刻一刻と迫っている。

「分散班は移動を開始。各自の決定権は維持される。だが共有作戦の発動だけはこの場の合意が必要だ」梨央は終了の合図を出した。声が広場の空へひびき、人々は小さな輪で賛否を示すために立ち上がる。透明なボードには賛成の青、反対の赤が並ぶ。カメラを付けた若者が記録を始める。ミアが安心したように息を吐いた。

その瞬間、砂利を踏む走る音。カイトの無線が悲鳴のように割れ、ミアの頬が引きつった。高台側から鋭い金属音が連続する。偵察班が報告する前に、グラウンドの外れで撃ち合いが始まったのだ。

「児童が包囲されてる! 北の柵を突破されるぞ!」声が切迫する。小さな群れ――子ども達と母親たちが柵の陰に追い詰められている映像がスクリーンに跳んだ。槍のような影が迫る。群衆から悲鳴と怒声が湧いた。

カイトの指先が白くなり、目が血走る。「今だ。万華鏡を使え、梨央! 一人でも構わない、救えるのは今だ!」彼の言葉に、怒りと哀しみが濃く混じる。彼は走り寄ろうとする。

梨央は動かなかった。広場の空気が彼女の鼓動より速く震える。もし彼女が今単独で起動すれば――反動は確実だ。耳が遠くなり、視界が色を失う。以前、その代償を身を持って学んだときの冷たさが、胸の中で再び息を吸った。だが、放っておけば子どもたちは死ぬ。選べない。誰かが代わりに決めてくれるわけでもない。

「カイト、ここで起動するのは駄目だ。合意のサインが出てない」梨央は低く言った。だがカイトは手首を振りほどき、姿勢を崩して走り出す。彼は一度も合意にこだわらない男ではない。しかし、目の前の小さな命が声を上げると、理屈は簡単に割れる。

「いいか、待て!」梨央は後を追った。高台へは短い坂道が続く。砲の囲いのフェンスに指をかけたところで、銃声が一つ、二つ――近くで火花が散り、誰かの叫びが響いた。母親の顔がスクリーンでひきつった。カイトが見えた。彼の右手は制御端末へ伸びていた。

「やめろ!」梨央は飛びかかった。腕が触れた瞬間、何か冷たいものが頭の中を走った。万華鏡のコアが震えるような感触。梨央は制御盤に導かれるように指を置いていた。機械は熱を持ち、光が爪先から胸へと滲む。それはまるで、身体が光に飲み込まれていくような感覚だった。

彼女は決断した。指先から伝わる残酷な確信。単独でも使えると知りつつ、合意のない発動は能力を「汚す」危険がある。だが目の前の叫び声は、待てるほど寛容ではなかった。梨央は制御パネルに手を押し付け、出力を引き上げる。操作は簡単だ。だがその瞬間、身体に鋭い反動が走った。

音が、色が、香りが、次々と逃げていった。まず足元の砂利が何の抵抗もなく滑り落ちるように感じた。耳鳴りが鋭く、周りの声は木片のように砕ける。視界はステンドグラスを覗いたように分断され、輪郭が破れては再構成される。冷たい金属の味が舌に張りつき、鼻から息を吸っても匂いはなかった。痛みではない、喪失だった。彼女の中からある「知覚」が抜かれ、そこに穴が開いた。

「梨央!」カイトの声が遠い。ミアの手が彼女の肩を掴むが、握力がわずかしか伝わらない。高台の向こうで、万華鏡砲の砲口から光が噴き出した。虹色が砲身を走り、空気を裂いていく。光の帯は折り重なり、まるで巨大な万華鏡が空を回転するようだった。

光は柵を越えた群れの上空で瞬間的に広がり、子どもたちの目に星のように落ちる。敵の影も、その光の中で踊り、動きが止まる。だが――それは同時に、広場の端にいる味方の視界も歪めた。無線が瞬断し、数名の兵士がバランスを崩して転んだ。箱舟の小型偵察機が光の中で軌道を乱し、短時間だが落下を始める。だが落下の先にあったのは、決して確実な救いではなかった。味方のひとりが遮蔽物の陰で頭を打ち、うずくまる。

「何をしたんだ、梨央!」怒号が飛ぶ。カイトは怒りと安堵が入り混じった顔で、しかしすぐにその顔がひきつる。単独発動は、能力にとって「共有の合意」を欠いた忌み手に等しい。結果は半ば救済であり、半ば混乱だった。敵も味方もその光の衝撃に晒され、制御は効かない部分にまで及んだ。合意のない起動は、安全装置を外した刃のように振るわれた。

梨央の喉がカラリと乾き、味が消えた舌が震える。視界はぼやけ、輪郭の一部が色を失っていく。耳に残るのは低いハミングだけだ。ミアが必死に無線を回して隊員を確認するが、応答はまばらだ。救われたはずの子どもたちは怯え、数人が転倒した。その場には歓喜の波はない。高台の光は残響を残しながら、ゆっくりと消えていった。

「事故だ、事故! これが共有作戦の合意なしの代償だ」ユウトが声を震わせながら言った。彼は装置の専門家で、万華鏡砲の細部を知っている。梨央の行為が彼の予測を超えていたわけではない。だが予測と現実は別だ。ユウトの目が砲のコアに吸い寄せられる。表示パネルの一部が赤く点滅している。

「コアの反応……一回