万華鏡砲の補給士と箱舟財団

万華鏡砲の補給士と箱舟財団 第21話「第19章」

濁った水が流れる音と、金属同士が擦れる高い音が、雨上がりの朝の薄い光に溶けていった。相澤椿は、泥にまみれた手袋の縁で顔を拭いながら、作業台に広げた図面をもう一度辿った。図面の端には鉛筆で「給水弁A→B」「濾過ユニット3の予備電源」と走り書きがある。手元の工具箱からは古い油の匂いと、わずかな銅の香りが立った。指先でプラスチック缶のリップをつまみ、封を切る。燃料用の浄化溶剤だ。量は限られている。振り返ると、小松リナが古いゴムホースを二本抱えて、石井創がトーチで金具を炙っていた。加賀田咲は地下室の暗がりで膝を折り、手探りで配管のジョイントに指を入れている。

濁った水が流れる音と、金属同士が擦れる高い音が、雨上がりの朝の薄い光に溶けていった。相澤椿は、泥にまみれた手袋の縁で顔を拭いながら、作業台に広げた図面をもう一度辿った。図面の端には鉛筆で「給水弁A→B」「濾過ユニット3の予備電源」と走り書きがある。手元の工具箱からは古い油の匂いと、わずかな銅の香りが立った。指先でプラスチック缶のリップをつまみ、封を切る。燃料用の浄化溶剤だ。量は限られている。振り返ると、小松リナが古いゴムホースを二本抱えて、石井創がトーチで金具を炙っていた。加賀田咲は地下室の暗がりで膝を折り、手探りで配管のジョイントに指を入れている。

「三分以内に箱舟の車列がこの道を通るって、見張りが言ってる」とリナが息を切らして言った。声に砂が混じる。彼女の額には泥と汗が混ざった筋が流れている。

椿は図面に爪先を向け、指で最短ルートを示した。「弁を切り替えて地下経路に流量を集中させる。濾過は咲と創が抑える。リナ、車列をここで引っかける。偽の燃料漏れを作るんだ。音と煙で注意を逸らす——」

「でも、電源の切り替えは同時にやらないと意味がない。二箇所同時に作業できる人手が足りない」咲が顔を上げ、指先に油をべっとり付けたまま言った。彼女の声は平常よりずっと低い。危険な作業が続いたせいで、笑いが消えている。

椿は仲間の顔を順に見た。リナの瞳は硬く決意を帯びている。創はまだ若く、口元に不安が残る。みんなの同意が必要だった。計画を「共有」して、同じ舞台の上で実行する——それが一番確実だ。万華鏡砲の仕組みを知る者なら、誰でもわかる。合意が揃って初めて、意図は軌道に乗る。

「集合をかける。ここで三分以内に意思表示をくれ」椿はそう言って、作業台の端にかけてあった布をはがした。布の下で、冷たい金属と多面ガラスの怪しい塊が息を吐くように光った。万華鏡砲――彼女はそれをそう名付けていた。砲身は無数の小さなプリズムで覆われており、薄く潮のように流れる油の膜が内部で光を乱反射している。手にすると、微かに振動が伝わった。近くの鉄板に映った自分の姿が、プリズムのせいで細かく分断される。

「椿さん、本当に使うのか?」創が声を震わせた。「一度使ったら——」

「分かってる」椿は言った。声は低いが確かだった。「一度で終わらせるなら、僕がやる。共有できない部分を捨ててでも——」

リナがその言葉を遮った。「待って。全員が『はい』と言ってないのに、私たちは何の選択肢も残らない。私たちの意思を奪うことになるなら——」

「奪う?」椿はそれに苛立ちを抑えられなかった。時間は目の前で燃えている。車列はもうすぐだ。もしこの場で躊躇すれば、濾過ユニットは奪われ、地下水路の入口は封鎖される。選択の余地などないように見えた。

背後から咲が声を出した。「私は使っていい。だけど条件がある。直後の影響と、僕たちの投票を待って。ちゃんと議論の時間をくれ——」

「それだけでいいのか?」椿は彼女を見た。咲の手は震えていないが、目は赤い。

「それだけだ」咲は首を振った。「今は手が足りない。私たちには君の経験が必要だ、でも——」

リナの頷きは鈍かった。創はまだ沈黙している。椿の胸の鼓動は、工具箱の中のスプリングのように高鳴った。決断は指先に迫っていた。

「いい。全員の合意を得る時間はない」椿は言った。声は震えなかったが、手が僅かに震えた。「僕が単独で——」

言い終わる前に彼は布を掴み、万華鏡砲を肩に乗せた。プリズムが彼の肩に触れると、冷たさが肉に伝わる。彼は長い息を吸い、狙いを定めた。作戦の全景が頭の中で回る。給水弁、電源切り替え、偽の漏洩音、煙幕、車列の誘導。単純な一連の動作ではない。だが、彼は補給士としての訓練で、最も融合的な配置を組み立てることができた。

トリガーに指が触れた瞬間、世界に小さな割れ目が入ったような感覚が走った。プリズムの奥で光が奔り、澄んだ鐘の音が幾重にも反響した。空気が一瞬、濡れたガラスの匂いを帯び、金属の味が舌先に広がった。次の瞬間、計画は起動した。

地下の弁が同時に閉まり、旧式のポンプが逆回転を始め、わざとらしい蒸気と小さな爆発音が道路脇から鳴った。車列の先頭車両が急ブレーキを踏み、数台が縁石に乗り上げる。監視カメラのレンズに蒸気が噴きつけられ、視界は一瞬で乱れた。そこまではうまく行った。

だが同時に、椿は自分の指先から何かを奪われたことに気づいた。右手の感覚が消えていく。最初は冷たさ、次いで疼きが遠のき、最後に指先が存在を忘れられたように軽くなった。工具を握る感触が薄れ、レンチの重さが宙に浮いているだけのようだった。彼は咳き込み、視界の端で世界が少し色褪せた。匂いも、味も、何かが薄く、遠くなった。頭の中に鈍い鐘が残る。

「椿! 大丈夫か?」リナが駆け寄る。彼女の手が椿の肩を掴み、その力で彼は体を支えられた。創が工具を手放し、咲が慌てて医療袋を取り出す。仲間の動きは素早かったが、瞳の奥にあるのは怒りだった。

「なんで……全員の合意を——」咲が言いかけて黙った。言葉を呑み込む。椿は自分がやったことの重みを、感覚の欠落と同時に理解した。彼の行為は、そこにいた全ての者の選択を一方的に押し付けるものだった。リナは震える声で言った。

「君が独断でやったら、私たちの意思を奪ったのと同じだ。たとえ結果が良くても、方法が間違っている」

外の道路では、箱舟財団の車列が混乱の中で徐々に再編を試みていた。数名の職員が車外に飛び出し、無線を探したが、無線は雑音に満ちている。椿が発動で引き起こした「偽の漏洩」は、敵にも影響を及ぼしていた。だがその影響は、敵の判断を封じただけではない。いつか彼らに同じ手段で選択を奪われる種を、今ここに蒔いてしまったかもしれない。

椿は手袋を外そうとしたが、右手の指先は痺れていてボタンが押せない。彼は左手で右手を掴み、感覚を探ろうとした。薄い布越しに伝わるのは温度と形だけだ。工具箱の中から皺のある乾燥布を取り出し、こめかみを押さえた。祈るように目を閉じる。匂いが、世界から一層消えていくのを感じた。油の匂い、雨の匂い、体温の匂い。それらが音のように消えていく。

「これで何を守ったんだ?」石井が吐き捨てた。怒りは恐怖の代わりだ。彼は椿の右肩を叩き、目を逸らすことなく言った。「仲間の選択を奪った。私たちの穴を一つ埋めたが、信頼を割ったんだ」

椿は口を開けた。言葉が出てこない。彼の胸の中に、補給士としての義務と仲間としての義務がぶつかっていた。秤にかけると、どちらも重い。どちらを優先しても、代償は発生する。

その時、車列の近くで誰かが叫んだ。椿たちは顔を向ける。箱舟財団の一台から、封筒のようなものが投げ出され、地面で跳ねた。粉塵が舞い、封筒は泥に落ちて開いた。中から小さな金属片が滑り出し、太陽の光を受けてプリズムのように光った。椿は無意識にそれを見つめた。手の内の喪失の痛みとは別の、胸がひりつくような冷たさが走る。

リナが片手でそれを拾い上げ、息をのむ。「これは……万華鏡の欠片」

金属には、箱舟財団の刻印が押されていた。小さな三日月を二つ重ねたような模様。椿の身体の中で何かが崩れた。相