万華鏡砲の補給士と箱舟財団

万華鏡砲の補給士と箱舟財団 第19話「第17章」

朝の光が薄く伸び、キャンプのテント群を淡く洗った。焚き火の煙と、缶詰の匂い、古い毛布の油臭さが混ざった空気に、短い歓声がこだました。志摩由紀は無造作にまく手袋の指先で、段ボール箱の端をつまんだ。箱の中には浄水パック、粉ミルク、折り畳み式の携帯コンロがぎっしりと詰まっている。彼女はそれを渡す先を探しながら、顔の向こうに立つ群衆の表情を見渡した。ひときわ輝く笑い。引きつった安堵。子どもの目がいつもより大きく見えた。

朝の光が薄く伸び、キャンプのテント群を淡く洗った。焚き火の煙と、缶詰の匂い、古い毛布の油臭さが混ざった空気に、短い歓声がこだました。志摩由紀は無造作にまく手袋の指先で、段ボール箱の端をつまんだ。箱の中には浄水パック、粉ミルク、折り畳み式の携帯コンロがぎっしりと詰まっている。彼女はそれを渡す先を探しながら、顔の向こうに立つ群衆の表情を見渡した。ひときわ輝く笑い。引きつった安堵。子どもの目がいつもより大きく見えた。

「ユキ、配分はどうする?」カノンが近づき、声をかけた。カノンの眉はいつものように吊り上がっているが、手は震えていた。彼もまた、選択を迫られた一人だ。

「優先は小さいテントの家族。医療はミハルに回して」由紀は短く答えた。声の端に緊張があった。日常のルーティンが、今日ほど脆いものに思えた日はなかった。三日前の映像流出で箱舟財団の一部が揺らぎ、若手職員や現場の保安官が分裂し、何人かはここへ手を差し伸べると名乗り出た。だが制度としての圧力は依然強く、衛生線の外側からは黒い装甲をまとった巡回隊の影が見える。

由紀はふと、荷台に立てかけてあった万華鏡砲の砲身に目をやった。光沢を持った異形の金属で、表面は角度によって色が変わる。砲身の内部には、幾何学模様のように鏡が組み込まれている。触ると冷たく、わずかに振動が指先へ伝わった。それを持つたびに、前世の感覚が胸の奥でうずく。彼女は補給士であった。支えるための選択を誤れば、現場が壊れることを誰よりも知っている。

場面は切り替わり、箱舟財団の会議室。高い天井と革張りの椅子、長テーブルの上に散った報告書。理事長の亀山は指先を組んで淡々と語った。壁のスクリーンにはあの映像の静止画がいくつも並んでいる。映像は、財団の一部部隊が避難民の自律的な選択を妨げるために、選択肢を偏らせる実験を行っていたことを示していた。

「このまま黙殺すれば、市場は沈静化する」亀山は冷ややかに言った。「だが露見した以上、迅速な制圧が必要だ」

若手の早川透は、椅子にもたれかかって顔色が悪かった。彼は何日も悩んだ末、ここに一枚のUSBを差し出していた。内部のセンサー網と、いくつかの手続き文書を抜き出したものだ。早川は自分の手でそれを渡すかどうかの選択を、ずっと抱えていた。

「私たちの仕事はデータの整理だ。選別は上層がする」副理事の声が鋭く跳ねる。だが会議室の空気には亀裂が走り始めていた。数人の若手職員の目が、疲れながらも確固たる意思を帯びている。誰かが立ち上がり、静かに言った。

「我々は間違った方向へ進んでいます。外へ出ます」

その決意は、外のキャンプへと届いていた。早川は密かに由紀へ連絡を送った。彼は自分で出来ることを一つ、差し出すと決めたのだ。だがそれが制度の中心を破るには至らない。箱舟財団は巨大で、幾層もの手続きと自動制御で成り立っている。そのコアには、個々人の選択を「効率化」するためのプロトコルが据えられていた。壊れているのは表面だけかもしれない。

キャンプへ戻る途中、由紀はミハルと話をした。ミハルは包帯を整えながら、由紀の手元にある万華鏡砲の鍵ケースをじっと見つめた。

「いつ使うんだ?」ミハルの声は低い。目ははっきりと彼女を見つめているが、合意を示すほど温度は高くない。

「まだだ。共有の合意がなければ使えない」由紀は言った。万華鏡砲は一度だけ、仲間と共有した作戦を具現化する力を持つ。仲間全員の主体的な合意が前提だ。逆に言えば、その合意がなければ発動しても効果は両側に返る。由紀はそのルールを噛み締めるように呟いた。「それと、単独で使えば、感覚の一部を失う――」

ミハルが顔をしかめた。誰もが知っている代償だ。由紀は以前、孤立した場面で一度だけ試みたことがあった。帰ってきたのは、半分閉じた世界と失った音だけだった。だが今、時間は少ない。巡回隊の無線が遠くで鳴る。カノンの情報で、彼らが予定より早く動いていると知った。

「合意を待っている暇はない」カノンが冷えた声で言った。「子どもたちの列が伸びてる。やつらは選択の時間なんかくれない」

由紀は万華鏡砲の砲尾に手を触れた。指先に伝わる冷たさが、鼓動を引き締める。いくつもの可能性が頭をよぎる。合意を取るか。強引に使うか。待つことで誰かが犠牲になるのなら、彼女は何を選ぶべきか。彼女は補給士だ。決断が現場を支える。だが、補給は人の選択も支えるべきではないのか――その疑問が胸を刺す。

巡回隊の車両のエンジン音が近づいた。黒いシールドの隙間から、銃口がちらりと見えた。群衆の中にざわめきが広がった。子どもが泣き、テントの端で誰かが押し合いを始める。由紀は息を吸った。息が砕けるように冷たい。

「やるよ、私がやる」彼女は短く言った。カノンの目が見開かれ、ミハルの顔が青ざめた。由紀は合意を得られなかった。全員の承諾はなかった。だが彼女は待てなかった。

砲の操作座に腰を下ろすと、彼女は発射前の手順を無意識に踏んだ。砲尾のカバーを外すと、内部の万華鏡がゆっくりと回転し始め、表面に無数の模様が踊った。光が指の間をすり抜け、皮膚に小さな熱を残す。由紀は肺の中の冷気を押し出し、意識を一点に集めた。共有する「作戦の像」を頭の中で描く。群衆の分散経路、避難車の配置、偽の匂いで誘導する小さな煙幕。彼女は一つずつ映像を並べていった。

光が爆ぜた。万華鏡の内部で散った色が、一斉に外へ飛び出すかのように、視界を裂いた。由紀は耳元で何かが弾けるような鋭い痛みを感じた。次の瞬間、周囲の世界から音が消えた。子どもの叫び声があったはずの位置は、静かに凍りついているだけだった。心臓の鼓動は遠く、固有の振動になって胸の内で揺れた。

効果は確かに現れた。空中に生じた光の筋が、現実の構造を押し広げて一瞬の通路を作った。人々はまるでその道が正しいと信じたかのように歩き出す。由紀は安堵をほんの一瞬味わった。

だがその時、彼女の視界の端で、黒い制服が同じ通路を歩き出すのが見えた。巡回隊が、まるで同じ提示を受けたかのようにその誘導に従っていた。由紀の胸が縮んだ。合意を無視して使ったために、力は仲間だけでなく敵にも作用したのだ。彼らは計画通りに動く群衆を塞ぐ位置取りを瞬時に修正し、排除の態勢を固める。

目の前で、逃げた人影が止められ、地面に押し倒される。ミハルが走り寄ろうとしたが、由紀にはその足音さえ聞こえない。彼女はもがき、手を伸ばすが、音のない世界では鼓舞も合図も届かない。光はまだ微かに残り、虹色の軌跡が人混みを包む。巡回隊の声は聞こえずとも、彼らの冷たい効率は確実に伝わってきた。由紀は自分が作ったものが、誰かの選択を奪っていることを、体の奥でわかった。

「ユキ!」カノンの口元が震える。彼は叫んでいたはずだが、由紀にはその声は届かない。ミハルが彼女の肩を掴む。指の震えと、布の擦れる感触は感じる。だが言葉の形は見えない。由紀は手探りで自分の耳を押さえた。鼓膜の内側で、何かが欠けている。彼女は過去に失った感覚の一部が、また剥ぎ取られたことを理解した。

数分の出来事の後、早川と名乗る若者の存在が周囲を動かした。彼は既に内部のセンサーの一部を外部から切断してお