紅砂鎧の庭師と火山教団

紅砂鎧の庭師と火山教団 第2話「第1章」

雨が止んだあとも、空は重く灰を溜めていた。遠くで唸るように鳴るのは、赤い山の腹が吐く息か、それとも人々の不安か。避難所になっている体育館の入り口には、濡れた毛布と段ボールの壁が即席で積み上げられ、子どもたちの笑い声と大人たちの低い囁きが混ざり合っている。ユウナは角のベンチで、プラスチックの鉢に植えた小さな葉の匂いを確かめるように手のひらを当てていた。土の匂い、湿った根の匂い。彼女はそれを確かめることで、自分がまだここにいると理解していた。

雨が止んだあとも、空は重く灰を溜めていた。遠くで唸るように鳴るのは、赤い山の腹が吐く息か、それとも人々の不安か。避難所になっている体育館の入り口には、濡れた毛布と段ボールの壁が即席で積み上げられ、子どもたちの笑い声と大人たちの低い囁きが混ざり合っている。ユウナは角のベンチで、プラスチックの鉢に植えた小さな葉の匂いを確かめるように手のひらを当てていた。土の匂い、湿った根の匂い。彼女はそれを確かめることで、自分がまだここにいると理解していた。

「ユウナ、また触ってるのか」

ミカが近づいてきて、ユウナの肩を軽く叩いた。避難所の臨時医療班を仕切るその女性は、濡れたコートの裾に乾いた土と泥が付いているのに気づく余裕もない表情をしていた。ミカは幼いアオイを抱えた母親の方へ視線を向けた。アオイの目は大きく、湿り気を帯びているが恐怖を抑えたように落ち着いていた。

そのとき、入り口の方から脚音が重く、確固たるリズムで近づいてきた。灰色の布で統一した服を着た一団が、整列して体育館の中央へ進んでくる。先頭の男は黒い帯を腰に巻き、胸には「火の盟」と刺繍された紋章のワッペンを付けていた。徴募者の到来だ。人々のざわめきが一気に硬い針のように変わる。

「避難者諸君。ここより外へ出る者は、我々の登録を受けること。登録は安全確保のために必要だ」男の声は低く、規則を読み上げるように機械的だった。「不服従は不正と見なす。集団の秩序は我々に委ねよ」

「徴募だって?」タツオが前に出た。年のころ四十手前、避難所の荷物整理を担っていた。彼は腕に入った古い火傷跡を見せるようにして、徴募者の前に立つ。「ここは彼らの避難所だ。望まぬ徴募は受け入れられない」

徴募者の目がタツオに向いた。先頭の男、エンと言った。彼は薄く笑って、腰から小さな端末のような物を取り出すと、空気を切るようにかざした。端末は赤い光を一瞬放ち、人々の胸にある臨時バッジが反応する。いくつかのバッジが点滅した。

「登録は既に進行中だ」とエンは冷たく言った。「我々の管轄下にある避難者は、移送を優先する。協力しない者は、別途隔離する」

ミカの顔から血の気が引いた。協力しない者の隔離。午後の空気がさらに濃くなった。ユウナはアオイの小さな手を握った。アオイがぎゅっと手を引き寄せるのを感じ、ユウナの胸の奥が締め付けられた。

「子どもたちが連れて行かれる――」ミカの声は震えたが、指先は確かに次の行動を探していた。彼女は周りを見回す。リナ、タツオ、数名の若者が集まっている。皆、避難所の中でできる小さな仕事を分担していた顔ぶれだ。

ユウナは土の匂いをもう一度探した。いつものように湿気と根の匂いがあれば、自分は落ち着いて選択できる。だが今、鼻から帰ってくるのは木炭と硫黄の匂いだけだった。山が呼吸している匂い。ユウナは唇を噛んだ。昔、庭を守っていたときには、匂いで病気や虫の兆候を見分けていた。匂いは彼女の情報源だった。それを失うわけにはいかない。

「ユウナ、何か考えあるの?」リナが低く尋ねた。リナの瞳は真っ直ぐで、恐怖よりも行動を求めていた。ユウナは頷き、声を低くして状況を説明した。

「私にできることがある。だけど条件がある」ユウナは手元の鉢の土を指先で掬い、指の間を滑らせた。砂より細かい、赤い粒が混じっているのを見つけた。火山灰の粒が、日差しにほんの少し紅を帯びている。ユウナはそれを見つめながら、呟いた。「紅砂鎧。私は、それを媒介にして一つだけ――みんなで共有する作戦を、一度だけ現実にすることができる」

周囲がそこで凍りついた。紅砂鎧の話は、避難所での噂の一つだった。古い民話のように語られることもあり、ある者は迷信として笑い飛ばしていた。ユウナ自身、能力を完全には理解していなかった。ただ確かなのは、彼女が昨夜、鉢の土からあの粒を探り出したことと、その粒を指で円形に撫でるときに手のひらが熱を感じたことだ。

「共有、ってどういう意味だ?」タツオが問い返した。「強制するのか?他人の意志を越えて動かすのか?」

ユウナは首を振った。「違う。合意がないと動かない。逆に、合意を無視して使うと、効果は味方だけじゃなく、対象――つまり敵にも作用してしまう。だから、全員の意思が揃うことが必要だ。もう一つ。私一人で発動すると代償がある。感覚の一部を喪失する――私は嗅覚を失うかもしれない」

リナの眉が上がり、タツオの表情が一瞬険しくなった。ミカはアオイの髪の匂いを確かめるように、その子の後頭部に顔を近づけた。髪の匂いは彼女にとって安心の符号だった。ユウナはその動作を見て、言葉を続けた。

「でも――今は選択する時間がない。徴募者が既に登録を始めている。子どもたちを一斉に運び出される前に、出口の一つを確保しないと。私の提案はシンプルだ。三つの役割がいる。注意散漫を作る者、出口を塞いでいる警備の注意を引く者、そして子どもを静かに移動させる者。私が紅砂を媒体にして、その瞬間だけ全員の動きを同じコアに合わせる。合意をくれれば――一度だけ、全員が同じ瞬間に動ける」

タツオが静かに息を吐いた。「代償はお前の嗅覚か。……お前、庭師だったんだろ?匂いがどれほど大事か、分かってるはずだ」

ユウナは肩をすくめた。庭師としての記憶は彼女の骨に染みついていた。土の匂い、花の香り、虫を呼ぶ湿り気。嗅覚を失うことは、それらを失うことを意味した。だが、アオイの震える指先を見たとき、彼女の決断は速かった。

「やる。私もやる」とリナが言った。目の中には恐怖があったが、そこには確固たる意志もあった。タツオも、他の若者も順に頷いた。ミカは短く息を吸ってから手を突き出し、グループの中心で皆の手が重なるようにした。

「合意する」とミカの声が周囲に響いた。「私たちはやらせる。子どもを守るためだ」

ユウナは小さな握り拳を作り、鉢の赤い砂粒を両手ですくうようにして胸元へ押し当てた。手のひらが熱を帯び、赤い粒が躍るように指の間で光った。そこから、空気が震えるようにして、ほんの一筋の赤い線が生まれた。細い糸のように、だが確かに存在する線がユウナの手からリナ、タツオ、ミカへの指先に飛び、繋がれた。

「いくよ。三つ数えて――」

ユウナが呟くと、全員の呼吸が合わせられた。彼らの心拍が一つの鼓動のように重なり、時が収束する。体育館の喧騒がスローモーションになる感覚。赤い線は、人々の視界に刻まれた痕のように浮かんだ。空中に描かれるその線は、まるで誰かが糸でみんなを綴じたかのようだった。

「一……二……三!」

瞬間、全員が同じ動きをした。リナが大声で転倒したふりをして人目を引き、タツオが紐付きの大きな布を引っ張って扉を塞いだふりをした。ミカは子どもたちを抱え上げ、最短距離を走った。ユウナは自分の体内にあった熱を、指先から線を伝わせ、仲間たちの動きを正確に同期させる。時間が、一瞬だけ真っ直ぐになった。

徴募者の隊列の隙を突いて、出口が開いた。子どもたちの列はざわめきと共に押し出され、濡れた地面を駆け抜けた。ユウナは誰かの小さな手が自分の指をすり抜けていくのを感じた。それがアオイだった。アオイの目が見上げ、口の端に小さな笑みが浮か