骨笛剣の配達員と硝子騎兵団

骨笛剣の配達員と硝子騎兵団 第17話「第15章」

瓦礫の合間を風が引き裂く。硝子片が乾いた音を立て、遠くで壊れた看板の金具がぶら下がる。雨宮光は腰に差した骨笛剣の柄に、無意識に指先を滑らせた。冷たい骨の感触が手のひらに吸い付くように残り、まるで昨夜の轟音と赤い閃光がまだそこにいるかのように胸を突く。

瓦礫の合間を風が引き裂く。硝子片が乾いた音を立て、遠くで壊れた看板の金具がぶら下がる。雨宮光は腰に差した骨笛剣の柄に、無意識に指先を滑らせた。冷たい骨の感触が手のひらに吸い付くように残り、まるで昨夜の轟音と赤い閃光がまだそこにいるかのように胸を突く。

「ここからが難しい。下に挟まってるのは──子どもだ」

水城茉莉が指差した先、半ば崩れた地下室の入り口に小さな影がある。ほこりで鼻がむずむずした。子どもは片手で親の名を繰り返し、目だけが大人を追っている。硝子騎兵団の罠は、そのまま放置すれば瓦礫が確実に締め上げる構造だった。崩落すれば数十人単位の負傷者になりかねない。

猿渡源が鉄の梁を引き上げている。綾芽はハンドドリルを取り出し、林太郎は血まみれの包帯を片手に立っていた。皆の顔は使い古したタクシーのメーターのように止まっている。信頼の指針が壊れてから、誰もが互いの目をまっすぐに見られなくなっていた。

「光、あなたが…」茉莉の声に、少し苛立ちが混じる。言葉の先ははっきりしないが、光には意味が通じた。前の戦いで、光は骨笛剣を一人で起動して、計画を”完璧に”遂行した。効果は絶大だったが、その代償は大きかった。仲間の一人が手を失い、選択の余地は奪われた。以来、あの夜の記憶がグループを静かに蝕んでいる。

茉莉は続ける。「同意の仕組みをつくるまで、勝手に使わないでほしい。あれがなかったら…」

「わかってる」光は短く答えた。しかし声に力はなかった。骨笛剣の柄が微かに震え、彼自身も意識の中で震えていることに気づく。火事場の判断はいつも短い時間で問われる。子どもの呼吸は粗い。瓦礫は鳴動している。もしそのまま崩れれば──

脳裏にあの”完璧な一度”の映像がよみがえる。計画は音となり、周囲の世界を一度だけ合わせる。壁は滑り、鉄は曲がり、人は無数の歯車として回った。だがそれは、誰かの手を動かし、選択を押し潰した光景でもあった。仲間の同意を無視したとき、能力は敵にも作用した。あの時、二つの歩兵隊が思考を剥ぎ取られ、ただ機械じみた動きをした。結果、救えた命と引き換えに、別の選択を奪ったのだ。

光は骨笛剣を鞘から抜いた。白い骨の刃先が夕陽を受け、まるで薄いガラスのように軋んだ。刃の中心に、細い管が通っている。笛の穴は五つ。古い歌のように、一度だけ鳴らせば計画が現実になる。だが代価は、いつも彼の体の一部だった。

綾芽が顔を近づけてきた。「光、どうするの。拒否するなら私が──」

「待って」光は手を上げた。自分で決めなければならない。仲間の同意を待っている時間はない。だが同意を得られないまま使えば、また彼らの選択を奪うのだ──硝子騎兵団と同じことを。

答えは思いのほか早く出た。彼は剣を地面に突き立て、管に唇を寄せた。指は穴の配置を覚えている。深く吸い、短い一節を吹き込む。音はひび割れた街並みに吸い込まれた。骨が鳴ると、空気が一瞬冷たく固まった。

瓦礫がゆらりと動く。錆びた梁が歯車のように噛み合い、落ちかけていた塊がゆっくりと持ち上がる。光は脳内で計算された一幕が外側で再生されていくのを感じた。助けるべき人々の位置、手の届く角度、作業の順序──全てが音に伴い調律された。

だが刃を抜いた瞬間、耳鳴りが襲った。高い蝉の声のような、鋭い金属音が右耳に刺さる。味覚が溶けたように消え、鼻を通る温度が一変して冷たくなった。視界がすり切れる。光は膝を折る。頭の中が波打ち、現実が薄いスクリーンのように遅れてついてくる。

「光!」茉莉の声が遠い。綾芽が支えに手を伸ばすが、その手先も遠い。瓦礫は動き続け、奇妙な調和で空間を編み直した。子どもは救出された。林太郎が抱え上げ、泣きながら「大丈夫か?」と繰り返す。表面上は救済が成立した。

しかし、光が聞いたのはそれだけではなかった。能力は同意を無視した代償として、近くにいた硝子騎兵団の兵器群にも作用していた。彼らはただの兵器ではなかった。司令の一部が「計画」に取り込まれて、普段は見せない異様な動きを始める。ドローンは中腰で静止し、歩兵たちは方向を見失ったかのように互いに体を突き合わせた。機械じみた動作で、彼らは意図しない形で崩れた構造物の方へ押し出される。

その結果、裏手にいた小さな倉庫が悲鳴のように崩落した。人で埋もれることはなかったが、崩落の衝撃で数名の避難民が動けなくなった。光は手元の感覚がぼやける中で、その連鎖を理解した。自分は敵に”意思なき行為”を強いたのだ。選択を奪うのは、硝子騎兵団のやり口で、彼らは制度として人の選択を剥ぎ取り、均一な行動を押し付ける。今、光はそれと同じことをしてしまった。

茉莉の顔が、怒りと悲しみで歪んだ。「またよ。何度しても同じ。自分の正しさを証明するために誰かの身を削る──光、あなたはそれをやめないの?」

言葉は鋭利だ。光は唇をかむと、味覚が戻らない舌でかすかに笑った。「でも…助かった」

「助けた。でも代わりに奪った。選択を、だ」茉莉の手が光の肩を叩く。強さがそこにある。怒りは非難ではなく、共同体を守るための痛みの共有だった。

綾芽は工具箱から小さな布を取り出し、光の耳周りを押さえる。「聴力は一時的でしょう。けどそれだけじゃない。体のどこかを代償にされるたび、取り戻すまでに時間と信頼が必要になる」

林太郎が子どもを茉莉に預け、光の顔を覗き込む。「あれを使うの、どうにかしよう。合意の仕組みを、物理的に組み込めないか?」

その言葉で皆が黙る。瓦礫の合間で、遠くに歯車のような足音が聞こえる。光は骨笛剣を抱きしめる。剣の鞘を開けると、柄の内部に小さな空洞があり、薄い縞のようなものが見える。そこにはかつて気づかなかった細工が施されていた──五つの小さな凹み。掌の形に合わせられたように。

「これ、知ってた?」光は綾芽に問う。綾芽は首を振る。

「いや。私が触っても気づかなかった」綾芽はライトを向け、凹みをじっと見た。光の手のひらにはまだ骨の冷たさが残る。凹みに触れると、ほんのわずかに振動が伝わった。骨の内部から遠い鼓動のような低い音が聞こえる気がした。

「合意のためのカギかもしれない」猿渡がつぶやく。彼は力仕事を担う巨体だが、考えるときの顔は穏やかに変わる。「例えば五人が同時に手を置いて、同じ節を吹く。それで初めて音が外に出る。個人で鳴らしても空しく終わるように」

綾芽は工具を取り出し、凹みと骨の繋ぎ目を慎重に調べた。「精密だわ。これ、作ったやつは最初から共同で鳴らすことを想定してたんじゃないか。個人で使えるのに、なぜ拒んでいるのか。わざとだ」

茉莉がそっと笑った。「それなら、怒るのは私たちじゃない。作ったやつに感謝すべきかもね。…光、あなたがひとりで吹いたとき、ここに触れていた?」

光は記憶をたどる。あの夜、何か冷たい感触が剣の柄に絡みついた気がする。確か、誰かの手の跡を覆っていたような。だがその時は時間がなかった。彼は否定した。「触ってない。触ってれば多分…」

「多分、同意を得られてたかもしれない」茉莉の声は静かだ。「でも今は、それをどう形にするか。手で触れる仕組みか、音の同時性を検知する回路か。綾芽、お願いできる?」

綾芽