星獣牙の救助士と忘却艦隊

星獣牙の救助士と忘却艦隊 第22話「第20章」

石畳の広場に火皿の列が揺れ、顔は均等に照らされていた。油の匂いと煙が混ざり、冷たい夜風が渡るたびに小さなざわめきが波打つ。リオは手のひらに収まるほどの黒い牙――星獣牙を見つめていた。牙の表面は温度を持ち、内部から薄く青い脈動が漏れている。言葉に出せない緊張が、彼の胸にある決意の重さを押し付ける。

石畳の広場に火皿の列が揺れ、顔は均等に照らされていた。油の匂いと煙が混ざり、冷たい夜風が渡るたびに小さなざわめきが波打つ。リオは手のひらに収まるほどの黒い牙――星獣牙を見つめていた。牙の表面は温度を持ち、内部から薄く青い脈動が漏れている。言葉に出せない緊張が、彼の胸にある決意の重さを押し付ける。

「始めるわよ。順番は守って」サユリが低い声で指示を出す。周囲には避難民や近隣の住民、そして四人の仲間──カイ、ユウタ、サユリ、リオが並んでいた。市の代表であるミナが壇上の前に立ち、手にした紙を握りしめている。

「今日は…私たちの"選択"を、外に示すために来ました」ミナの声は震えているが、火の光が彼女の目をしっかり映し出していた。「忘却艦隊が私たちの過去を消すと脅しています。私たち一人ひとりが、自分で選ぶことを証明します。合意があることを、ここで記録する!」

サユリが牙を掲げ、装置の端子に嵌めた。牙の周囲に薄い紐のような光が走り、四つのタッチポイントが現れる。合意の記録装置は、星獣牙を媒介にして、参加者の意思をひとつの「作戦」に結び付ける。触れた仲間だけが共有した作戦を一度だけ実現できる。その条件は明瞭だった──全員の合意がそろうこと。だが静かに、周りの誰もが知っている代償もあった。単独で強行すれば、身体の一部を代償として奪われる。仲間の合意を無視すれば、力は敵にも作用する…。

「次、リオ」カイの声。彼は装置の隣で手を待たせている。ユウタは汗を拭い、周囲の顔を見渡す。リオは牙の冷たさを掌の上で感じた。火の光が指の筋を映し、鼓動が耳に詰まる。

だがそのとき、上空から低く唸るような金属音が広場へ降りてきた。全員が顔を上げる。暗闇の端に艦影が見え、球形の探査機が静かに降下する。忘却艦隊のプローブだ。金属の表面が月光を吸い込み、深い青い波紋を広げる。

「プローブ…来た!」誰かが叫ぶ。ざわめきが奔り、紙が風に飛ぶ。ミナの手元から一枚のメモが滑落し、地に落ちた瞬間、彼女の表情がふっと薄くなる。言葉が出ない。周囲の数人が、さっきまで決めていたはずの言葉を思い出せずに固まっている。

「干渉波だ。記憶の配列を乱している」ユウタがしゃがみ、端末を掲げる。彼の目は白い光の反射で鋭くなる。「あのプローブは同時に大勢の『選択』を晒して、混乱を作る。記録を始められたとしても、途中で壊される可能性がある」

サユリが牙の付け根に手を置いたまま、仲間を睨む。「全員でやるべきだよ、リオ。今ここで欠ける手があっては、記録は完全にならない。約束しただろう、合意を尊重するって」

だがカイが苦い顔をして手を上げた。「俺、足止め食らった。外側の門で暴動が起きてる。今すぐには来られない」

空気が一気に重くなる。広場の向こうで子どもの泣き声が上がる。プローブの波動は低周波の振動を地面に伝え、石畳が微かに震えた。

「時間がない。このまま待ったら、プローブに全部持っていかれる」ユウタの声に焦りが滲む。「選択自体を塗り替えられる。ここで止めないと…」

リオの手は牙に強く吸い寄せられた。サユリの冷たい目が彼に釘付けになる。自分の手が牙を包むと、青い脈動がリオの血管にまで伝わる感触がした。頭の中に仲間たちの顔がフラッシュする。全員で決める予定だった。カイもいるはずだった。だがカイは来られない。ミナの声は途切れがちだ。人々は混乱していく。

「リオ、ダメ!」サユリが手を出す。彼女は本気で止めようとしている。だが彼女の指先は牙には届かず、数センチの距離で止まった。

「俺がやる、今!」リオは叫び、言葉を紡いだ。「俺たちの合意を、ここに残す。逃げ場を作る!」

牙に触れた瞬間、世界が白い閃光で満ちた。音は一度だけ炙り出され、次に消えた。リオの耳の奥で、何かが切り離されるような痛みが走る。高い方の音が刈り取られる感覚。彼は叫びを上げようとしたが、声は確かに出たものの、周囲の小さな物音が消えた。心臓の鼓動しか、はっきり聞こえない。

手元から光の紋章が広がり、一本の光の弧が人々へと伸びていった。それはまるで透明な紐のように集団の頭上へ絡まり、言葉にならない約束を結わえた。プローブの波形が光に触れ、反射する。瞬間、広場の大半の人間は自分が今ここで発した意志を強く感じ、記録は成立したように見えた。

しかしその直後、計器が不穏なデータを弾き出した。ユウタの端末が赤く点滅し、プローブの外殻から逆方向の位相が返ってきた。牙の発する合意信号が、プローブに"写し"取られたのだ。

「なんだこれ…」ユウタが息を吐く。プローブは牙から放たれた合意の波形を解析し、それを元に自らの干渉アルゴリズムを書き換えている。牙が"合意"を外に出すと同時に、その情報が敵にも渡り、敵はそれを利用して選択を改変する手段を獲得してしまった。

広場の端で、年配の女性の眉間がゆがむ。彼女は自分が確かに「ここにいた」ことを思い出そうと手を伸ばすが、母親の名前を突然忘れたと呟く。そこにいたはずの青年が、なぜ自分がこの場に立っているのかを思い出せなくなる。合意の記録は一部を守ったが、同時にプローブに「写し」を与えたことで、逆に選択の標的を増やしてしまったらしい。

リオは牙を離すと、手の感覚が薄れていくのを感じた。指先が痺れて、掌の皮膚に焼けつくような痛みが残った。何よりも痛いのは、聞こえないことだ。高音が消えた世界は急に狭くなり、サユリの声がこもる。彼女は近づいてリオの顔を覗き込み、怒りと恐れを混ぜた声で言った。

「どうして勝手に…! 私たちは合意でやるって決めたのに!」

リオは顔を上げ、反論する代わりにユウタの端末を見た。そこには、プローブが送った新しい波形が解析される様が赤い線で表示されている。波形の中に、先ほど牙が記録した"言葉の符号"がそのまま埋め込まれている。敵は合意のパターンを元に、より精緻な消去を試みる準備をしている。

「牙を使うと…写しができるんだ」ユウタが吐き出すように言った。「合意を記録した『形』が、そのままプローブの学習データになる。彼らはそのパターンで選択の痕跡を探し出し、逆に消しに来る。君が単独で使ったことで、彼らに教えてしまったんだ」

広場に静寂が垂れ込める。遠くのプローブが光を強め、低い唸りが再び広がる。子どもがまた泣き出し、ある男が自分の腕に刻んだ古い傷の意味を忘れてしまったことに気づくと、顔をしかめた。

サユリは牙を奪い返すようにしてリオの手から引きはがした。牙は冷たく光り、青い脈動が弱まった。リオの耳に、サユリの言葉は断片的にしか入らない。会話の輪郭だけを掴み取り、細部が欠け落ちる。

「代償は…これか」リオは呟く。高音が聞こえないため、自分の声のトーンがわからない。世界は一段と孤立して見えた。

だが犠牲はそれだけに留まらなかった。ユウタの端末が反転した表示を示す。プローブが牙の合意を解析し、ある種の「対位」を生成していた。合意の写し――反記録だ。敵は今、牙の書式に沿って"合意を消す"方法を見つけつつあるということだ。

「彼らは私たちのやり方を学んでる。次はただの消去じゃない。『合意そのもの』を失わせに来るかもしれない」ユウタの声は震え