星獣牙の救助士と忘却艦隊 第15話「第13章」
風鈴のように細く、しかし尖った金属音が場内を切り裂いた──とはリオが思い描いた最後の音だった。実際にはそれが彼女の耳に届かなかった。爆発の瞬間までは振動が伝わってきて、胸の奥で何かがぶつかる感覚だけが残った。次の瞬間、音は掻き消え、キャンプは綿布に包まれたように静まり返った。
風鈴のように細く、しかし尖った金属音が場内を切り裂いた──とはリオが思い描いた最後の音だった。実際にはそれが彼女の耳に届かなかった。爆発の瞬間までは振動が伝わってきて、胸の奥で何かがぶつかる感覚だけが残った。次の瞬間、音は掻き消え、キャンプは綿布に包まれたように静まり返った。
「――っ!」
リオは叫んだつもりだった。口は動き、唇は四角く震え、吐息が白く浮かぶのが見える。だが答えは返ってこない。彼女の内側で耳鳴りが爆ぜた後、世界は遠く遠く離れていった。自分が放った命令も、仲間の怒声も、地面を踏む敵の足音も、すべてが膜一枚の向こうにある。代わりに左手に残ったのは冷たい震えと、星獣牙の柄が伝える脈動だけだった。
牙はまだ熱を帯びていた。短い白い牙の形をした金属が彼女の掌に嵌り、星明かりのような微かな光を放っている。通常ならこの形は仲間と共有した作戦を「実現」する触媒だ。皆が合意し、同じ意志の回路を通して一度だけ現象を起こす──それが星獣牙のやり方だった。だが今は違う。リオは合意を取る暇もなく、牙を握り締めた。同意を待っている時間はなかった。燃えさかるバリケードの向こうから、忘却艦隊の歩兵が二列に並んで突進してくる。キャンプの避難民が固まり、子供の泣き声があって、指揮の声は届かない。リオはただ、牙が示す光の線を追った。
「合図――」誰かの声がしたはずだった。ミナの声か、カイトか。だが今のリオには黒と白の世界が開く映像だけが先行した。光が鋭く、空間を裂いて回る。牙は彼女の意思を介して、ひとつの「作戦」を強引に形にした。だがそれは、仲間の同意を欠いていたためだろう。狙いは外れ、効果は予期せぬ方向に拡散した。
敵の列の中で、何人かが立ち止まった。彼らの顔は驚愕で歪み、目玉がゆっくりと転がる。銃を構える手がぶれる。ある者は銃を倒し、顔を手で掴んで呻いた。白い蒼い光が彼らの視界を洗い、時間の感覚を引き剥がす。混乱はすぐに広がった。忘却艦隊の歩兵が目の前の仲間を見失い、互いに当たり散らす。だが同時に、キャンプの側でも、誰かが空間の違和感を食らった。数人が耳を押さえ、歩く足取りが乱れる。避難民の女が床にひざまずき、手で頭を抱えている。彼女の瞳は虚ろで、今何を守ればいいのか分からないようだった。
「リオ! なにをしたんだ!」
白黒に滲むミナの顔が、リオの前に迫った。だがミナの言葉は紙で折った羽根のように宙を漂い、舌打ちのような振動だけがリオの身体に触れた。ミナの血が頬を伝い、まるで映画のワンカットを止めたように表情だけが鋭く残る。モノクロの世界は、彼女の感覚の歪みを増幅する。リオは手を伸ばし、ミナの肩に触れようとした。皮膚の感触は冷たく、粗い。だがその瞬間、彼女の指先に細かい震えが走った。自分が差し出した救いが、同時に足元の土を崩している気がした。
「さっさと避難しろ! 傷者を後ろに置くな!」
カイトが誰かを引きずりながら叫ぶ。彼の声はどこか慌てているが、リオには伝わらない。カイトの瞳には怒りと恐れが混じり、短い黒髪が汗で額に張り付いている。彼はリオのそばを一瞬よぎり、顔をじっと覗き込んだ。リオは歯を食いしばり、何とか小さく口を動かしてみせた。カイトは腕を振り、作戦の残骸をまとめるように指を鳴らした。彼の動きは自律的で、仲間を守るための長年の癖がそのまま出ていた。だがその判断も、リオの目には説明不足に見えた。
「お前は――!」
サヤカが鋭く言い放った。彼女は機動隊形の一角に立ち、手には小さな端末を握っている。端末は震え、そこに映るのは歪んだ敵の動きと、リオの手に残る星獣牙の輪郭だ。サヤカの顔は青白く、顎が震えている。彼女は短い呼吸の後、端末をリオに突きつけた。言葉はないが、その中にある怒りは明確だった。サヤカは仲間の意思決定のプロセスを何よりも重んじる。リオの行為は彼女にとって越えてはならない一線だった。
リオはゆっくりと牙を覗き込んだ。内部で星のような点が瞬いている。使用の際、牙は皆の思考の結晶を一度だけかじり取り、現実を曲げる。それが本来のルールだ。だからこそ合意は必要だった。皆で決めたとき、その代償は共有される。痛みは分かち合われ、犠牲は計算された。だが今、彼女はそれを無視した。自分の判断で、仲間の合意を飛び越えてしまった。
「助けなきゃ――逃げる時間を稼がなきゃ」彼女の心の中の言葉は、読める文字のように鮮明だった。正しさの尺度は一つではない。眼前の人々を守るという彼女の倫理が、仲間の「選ぶ権利」を踏みつけたという事実もまた真実だ。リオは手の甲で目をこすった。涙が出るが、それも小さな波のようにゆっくりとした動きでしか見えない。
場内は既に救援の流れを作り始めている。カイトは負傷者を担ぎ、ミナは疎開路を確保する。ジローが傷の応急処置を施し、老女が子供を腕に抱き締める。彼らの判断は独立して、そして一致しない。だがそれは彼らが「選ぶ」ことを止めないからだ。事は進行し、リオは自分のしたことの結果を目で追う。敵の混乱を突いて、数名が逃げ出した。だが同時に、避難民の中から一人、意識を喪ったまま動けなくなった者がいる。リオはその者に近づき、肩に触れた。布の感触、その人の呼吸の温度は確かに伝わった。だが鼓膜の反応はない。聴覚の一部を失った代償は、救助士にとって致命的な欠損でもあった。
「リオ、説明しろ!」
ミナの声がようやくリオの内部に到達した。遅れて入ったその音は、リオにとって鋭く矢のようだった。言葉は届いても、その細かな抑揚は失われている。怒りは形を崩し、ただ重さだけが残る。リオは震える唇で言葉を作った。口の動きは早く、しかし彼女には自分の発する音がどう聞こえるのか分からない。ミナは歯を食いしばり、彼女を睨みつける。そこには裏切りとでも言うべき感情が流れていた。
「……一人でやった」
口元の震えが止まらない。サヤカの眉が激しく崩れた。カイトは言葉を発さずに拳を握る。誰もが自分の選択で動いている。だから彼らはリオを責める資格がある。だが同時に、彼らは救われた人々を前にして、行動を続ける。これもまた選択だ。リオはその光景を、白黒の写真のように眺めた。
遠く、忘却艦隊の本隊がまだ周縁をうろついている。短い衝突は収束しつつあるが、その端に落ちていた一つの物体がリオの視界に入る。金属製の小型端末、丸い目のようなレンズが一つ付いたそれには、微かな刻印があった。星獣牙の柄と同じ紋様──回転する三叉の模様が、端末の表面に刻まれている。リオはそれを指で拾い上げた。冷たい。だが指先に伝わる感触は確かな現実だ。
「これは……」
サヤカが端末に気づき、近づいてきた。彼女は渋い表情でその刻印を覗き込む。端末を示す小さな光の反射が、彼女の瞳に跳ね返った。その一瞬、サヤカの顔が硬直した。何かが咽び泣くように彼女の胸に沈み込むのが見える。ミナもまた端末を見た。その刻印は、ただの記号以上の意味を持っているらしかった。
「これ、忘却艦隊の……?」ミナの声は震えた。だがリオにはわずかにしか入らない。
サヤカは端末を裏返した。中には小さな発光する基盤があり、そこに押し込まれたような一片の金属粉が光っている。サヤ