火薬花の教官と擬態兵団

火薬花の教官と擬態兵団 第18話「第16章」

体育館の窓から低い夕陽が差し込んで、埃っぽい空気に薄い橙色の縞を作っていた。木製の床に座る人々の影が長く伸び、折れた椅子や運動用具の残骸に落ちる。火薬花の箱は端に積まれ、蓋がいくつか外れて中の鉛色の筒と、薄紙で包まれた花弁状の薬莢が覗いている。匂いはいつも通り――乾いた硝煙と、金属を舐めたような冷たさが混じっていた。

体育館の窓から低い夕陽が差し込んで、埃っぽい空気に薄い橙色の縞を作っていた。木製の床に座る人々の影が長く伸び、折れた椅子や運動用具の残骸に落ちる。火薬花の箱は端に積まれ、蓋がいくつか外れて中の鉛色の筒と、薄紙で包まれた花弁状の薬莢が覗いている。匂いはいつも通り――乾いた硝煙と、金属を舐めたような冷たさが混じっていた。

「まずは座ってくれ。今日は目で合意する訓練だ」

ルカは背筋を伸ばし、手にした一つの改良火薬花を示した。ミオの作業痕がくっきり残る。銅色の小さなリングが根元に嵌められており、薄い管が花の芯まで通っている。リングの内側には、遠目には見えない細い刻線が刻まれていた。ミオがいつものようにそばで手袋越しに頷く。髪の先に溶接の匂いが残っている。

避難民たちが肩を寄せ合う。ノボルは膝を抱え、サラは幼い娘の髪を撫で、ケンジは頬に手を当てて黙っている。ファリナさんは昔の兵士だったと出会ってすぐにわかった細い腕の筋が光っていた。誰もが、擬態兵団に対して何を「合意」するかを信じられずにいる。

「合意の合図を増幅する、ってミオは言ってたね」

ミオが説明を始める。声は機械的な自信を含んでいるが、針のように冷たいわけではない。

「リングは、四つのバンドと相互に同期する。呼吸、視線、鼓動の揃いを検出して、同時に一定の位相に入ったときだけ花弁が光るようにしてある。光が満開になれば、あらかじめ打ち合わせた『作戦』のみが一回だけ実現する」

「つまり、人が揃わなければ何も起きない。強制で動かされることはないってことか?」ファリナが尋ねる。声にかすかな震えはあるが、希望も混じる。

ルカは頷いた。「そう。ただし、完全に安全というわけじゃない。試すよ。小さな花でね。誰も触らないで。見ててくれ」

ルカは指先で銅のリングに軽く触れると、バンドの一つを自分の手首に巻いた。残りのバンドはテーブルの上に並べられている。ミオが小さなパネルを操作し、リングが淡い藍色に一瞬滲むのを確認する。観衆の空気が一斉に変わる。誰もが息を呑んだ。

ルカはゆっくりと息を吐いた。その吐息が床に落ちる音が、他の音を消していく。自分だけで位相を揃え、合図を出す。小さな火薬花がふわりと光り、花弁が開いた。その光はほんの一瞬で、冷たい閃光が目を刺す。

同時に鈍い痛みが耳朶の奥で疼き、ルカの世界の輪郭が一度薄くなった。左耳から低い金属音が鳴り、ルカは手で耳を押さえる。匂いが遠のき、味覚の鋭さが薄れた。床の木の節目がふたつに分かれて見えるような、皮膜の剥がれのような感覚。

「……やっぱり、代償が来る」ルカはかすれた声で言った。聴覚に残った金属音に、言葉がふわりと溶けた。指先の感覚も少し抜けている。五分ほど経つと痛みは徐々に引いていくが、輪郭の鈍りは消えない。触れた花の残り香だけが、薄く鼻腔をくすぐった。

ケンジの目が鋭くなる。「一人で使うと、こうなるのか。使い勝手のいい流行りの技術じゃないな」

「一度だけ」――ルカはその言葉をまざまざと感じた。仲間と共有して作戦をするための力だ。単独行動は、敵に対しても働くかもしれないが、使用者は必ず感覚を失う。代償は安くない。

ミオが小刻みに肩を震わせながら機材を点検する。「同意が揃わない限り、花は満開にならないよう調整してある。けれど、統計的に位相判定が危険な時がある。例えばパニックで全員の呼吸が一致してしまう場合とか、強制的に位相を作られる場合には問題が出る」

グループ訓練は始まった。まずは呼吸合わせの練習だ。ルカは皆に手を差し伸べ、小さなカウントを声にする。三拍を取る。吸って、止めて、吐く。目を合わせ、指先を互いに触れ、鼓動を意識する。最初はぎこちなく、呼吸がバラバラだった。誰かが急に笑ったり、子どもが泣き出したりすると、位相が崩れる。しかし、二回、三回と繰り返すうちに、少しずつ揃ってくる。

ミオが低い声で指示する。「今だって、合意は訓練の一部だ。合意ってのは声を揃えることじゃない。相手の判断を待つという態度だ。自分が何に同意するかを知ること。相手の顔を見て、自分の胸の鼓動を確かめること」

練習の途中、ノボルが無言で片腕を離した。彼は目を泳がせ、手の甲に汗をかいていた。合意がブロックされるとリングの光はすっと消える。静寂が戻る。

「どうして?」ルカが問いかける。ノボルは言葉を選び、やっと口を開いた。「俺には、守りたいものが何かわからないんだ。俺だけが合意したら、やっぱり何か失うんじゃないかと……」

「それで正しい」ルカは答える。声に揺らぎはなかった。「合意が揃わない時は、何かを変えるサインだ。押し付けるんじゃなくて、話す時間が必要ってこと」

その瞬間、体育館の外で金属板に何かが当たる音がした。皆の頭が一斉にそちらを向く。薄暗がりの窓に、人影が一つ、素早く通ったように見えた。警戒が戻る。

「偵察かもしれない」ケンジが低く言う。目が綻んでもいない。

ミオが素早くパネルを確認する。リングのログが点滅する。そこで、誰も予想していなかった異変が見つかった。ミオの顔が硬直する。

「ルカ、見て。さっきのテストのログに――微妙な同期の痕跡がある。外部からの位相干渉、というか、同一周波を持つ信号。」

ルカの胸が凍る。外部から同意の位相を作られる――擬態兵団の得意技だ。彼らは人の表情を真似、人の判断を先回りして介入する。だがここでミオが続けた。

「だけど、これは違う。波形が乱れている。誰かが意図的に、合意を作ろうとしている。おそらく――外で見ていた誰かだ。試したんだ」

「試したって?」

ミオは小さく笑った。笑いの端に怒りが混じる。「誰かが、試しに一人で火薬花を使った。俺の検知はそれを捉えた。外に立っていた偵察が、影響を受けた跡がある」

体育館の入口がきしみ、外から足音が近づく。みなが緊張の糸を強める中、外部で一度だけ発せられた合意の位相が、擬態兵団の一員の動きを鈍らせた、とミオは報告した。つまり、単独使用は敵にも作用しうる。しかし、その代償で使った者は感覚を失う。情報は矛盾を孕んでいた。敵を止められるかもしれないが、代償は大きい。

ケンジが拳を握る。「なら、俺が――」彼は立ち上がりかけたが、ルカが前に出る。

「違う。今は試す時じゃない。私達はまず、ここにいる全員の意思を固める必要がある」

サラの手が小さな拳を作る。娘の頭を優しく撫でながら、彼女は周りの顔を見た。「でも、あの人たちがまた来るかもしれない。私達の子どもが外で捕まったら……私、もう怖くない、って言えない。誰かが引き受けてほしい」

一瞬の沈黙。誰もがサラを見た。肌の温度が伝わるように近い距離で、選択が呼吸に乗って伝わる。

「私が合図者になります」ファリナが立ち上がった。年寄りの体がきしむように見えた。誰も予想していなかった。

「ファリナさん?」ノボルが驚きを滲ませる。

「長生きはしたが、私はもう守るものが少ない。でも、あなたたちはまだこれからだ。私の合図で、みんなが自分で選ぶための一回が生まれるなら、それでいい」ファリナの声にはもう震えがなく、針のように真っ直ぐだった。

ミオが手を差し伸べ、リングをファリナ