光を偽る占い師は夜明けを疑う

光を偽る占い師は夜明けを疑う 第27話「第二部幕間」

海風が倉の戸を叩き、偽光塔の青白い光が波打つ波間のように柱を揺らしていた。中では、古い木のテーブルに並べられたコップの縁が揺れ、レイナの指先は一枚の紙切れに触れた――漁村の老婆が震えながら書きつけた「あの夜」の断片だ。紙は潮の匂いと煤に染み、角は指の油で柔らかくなっている。外の道を行き交う者たちの足音は遠く、偽光塔の規則的な脈動が倉の板壁に影の指を落とした。

海風が倉の戸を叩き、偽光塔の青白い光が波打つ波間のように柱を揺らしていた。中では、古い木のテーブルに並べられたコップの縁が揺れ、レイナの指先は一枚の紙切れに触れた――漁村の老婆が震えながら書きつけた「あの夜」の断片だ。紙は潮の匂いと煤に染み、角は指の油で柔らかくなっている。外の道を行き交う者たちの足音は遠く、偽光塔の規則的な脈動が倉の板壁に影の指を落とした。

「始めるのか?」カイが低く訊ねた。炉で鍛えた手のひらを服の縁で拭い、彼は用心深くテーブルの隅に寄り掛かった。鍛冶屋の筋肉が眠り、彼の目はいつもより硬い。ミオは肩で笑って見せたが、その目は静かに未知を測っている。三人の間に、取り出された小さな箱が置かれている。箱の蓋には、以前に見つけた施療所の壁に刻まれていたのと同じ、細い刻線の紋様が施されていた。

「これがあれば、繋げられる」レイナは囁くように言った。声はいつもより薄く、倉の空気に溶けていく。箱の中には幾本かの銀糸と、記憶の断片を保存するために用いる乾いた草の束が入っていた。証綴りは、声を繋ぎ、呪いが見せた残酷な真実の形を映す術。使うたびに代償を払わねばならないことは、三人とも知っている。だが今、暴くべき構図は目の前に横たわっていた。

「一つだけ確認して」ミオが言った。手元の灯りが彼女の顔の一部を切り取る。曲芸師の指先はしなやかで、盗むよりも渡すことに慣れている様子だった。「強制する形でこの声を公開するつもり? 当人の意思を上書きして、行政の前で証とするのか?」

レイナは息を飲む。箱の銀糸を取り出し、指先でそっと撫でる。糸は冷たく、微かな振動を伝えてきた。記憶を織り込むたびに彼女のなかで何かが薄れる。最初は遠い匂い、次は色、最後は名前。だが「強制」すると、その代償は呪いの応答を増幅させる。救済は強制の重さで贖われ、呪いはより多くの光を求める。

「私たちがここでやらなきゃ、矢面に立つのは村の人間だ」とカイが言う。言葉に怒りが滲む。彼の答えは簡潔で容赦がない。力で押し切る道を選ぶことを望んでいるのはわかっている。だがレイナの掌にあるのは力ではなく、誰かの言葉を束ねる刃だ。刃が振るわれれば、誰かの過去が削られる。

「やる。証を束ねて、公開する」レイナは蓋を閉めないまま決めた。声の端に震えがあったが、決意は揺るがなかった。ミオは唇を噛み、カイは拳を握り締めた。彼らはそれぞれに自律した判断を下し、行動に移るだろう――それをレイナは知っていた。

銀糸を口元に当てると、糸は微かに暖かみを帯び、倉の影に光の薄い網目が広がった。彼女は一つ、また一つと老婆の言葉を口に重ねる。最初は声だけが繋がり、次第に匂いと風景と触れたものまでが紡がれていく。証綴りは当事者の記憶を重ね合わせ、呪いが編んだ「形」を露わにする。空気の中に、淡い光の縫い目が現れた。波打つ光は老婆の手の皺を拡大し、夜に起きたことの輪郭を浮かび上がらせる。

しかし、束ね切る直前、レイナの胸の奥に冷たい引き裂きが走った。ある景色の輪郭が消えかける。彼女の脳裏にあった、幼い日の砂浜で拾った貝殻のざらつき――その記憶が、指の隙間からこぼれ落ちるように消えていった。驚きとともに彼女は糸を握り直す。舌の上で覚えていたはずの、祖母が夜に歌ってくれた短い歌の最後の一節が、いつのまにか抜け落ちていた。名前、声、肌の温度がひとつまたひとつと薄れる。指先に残るのは冷たさだけだ。

「レイナ!」ミオの声が裂ける。光の網が外側へと広がり、倉の板壁に映る偽光塔の輪郭と混ざり合う。縫い合わされた証は、すぐに使われることを要求する。だれかの救済を約束すれば、糸は解かれ、その力は外に向かって波及する。レイナは老婆の言葉を公開声明の形に整え、不特定多数の前で読み上げるためにその束を固めた。

「公開する、今ここで」と彼女が宣言すると、銀糸は一瞬きらめき、そして倉の外で鳴る鐘のような低い音が響いた。偽光塔の脈動が瞬時に速まり、周囲の光が濃く、暖かく、身体に吸い付くように深くなる。人々は知らずに額に手を当て、安心と恐怖の混じった表情をみせた。だがその変化は、救済の実行と同時に、呪いが増幅している証左でもあった。

数時間後、施療所の扉の前に市の役人が現れ、収容者の解放を命じられる。治療という名目の枠組みが白日の下にさらされ、被害者たちは表舞台に引き出された。レイナの証は確かに人々の耳を動かした。だが解放の直後、街角の光柱の下で、ある異変が起きた。解放された者の皮膚に、薄い糸状の痕が浮かび上がり、その線は空気に触れると細かな光を放った。最初は小さな発光だったが、数分のうちにそれは隣町へ、また別の広場へと連鎖的に発現していく。呪いは「減った」どころか、拡散の速度を増していた。

「見ろ……!」カイが喉で出した声に、怒りと恐れが混じっていた。彼は扉を叩き、自分の腕を振り回して何かを壊したい衝動を抑えきれなかった。ミオは震える手で懐から巻物を取り出す。そこには夜間の保守記録、塔の補修スケジュール、そして資材搬入の一覧がぎっしりと書かれていた。ミオの指先がある単語で止まる。

「綴糸工房――暁誓院第六柵」その文字を見た瞬間、倉の空気が重くなった。記録の端に手書きで添えられたメモ。紋様――レイナが持っていた箱の蓋に刻まれていたのと同じ細い刻線が、搬入品の欄に描かれている。綴糸。証綴りで使った銀糸と同名の材料。関係は偶然ではない。

レイナは身体を震わせ、なくなりかけた記憶の跡を探すように掌を胸に当てる。だが、そのとき別の消失が起きた。彼女が守ると誓った誰かの名が、掌の中で細い風に乗って消えていった。名前だけが抜け落ちる。空白ができる。守る対象の輪郭が、彼女の中から薄れていく。心臓が締め付けられるように痛んだ。

「何だって……? 綴糸が、あの工房で?」カイが唾を吐いた。怒りは制御できない衝動へ変わった。彼は決して待てるタイプではなかった。だがミオは静かに、すぐに行動を決める。

「私は入るよ、夜の補修班の隙を突く。内部の写真が必要だ。カイ、外周を押さえてくれ。レイナ、あなたは――」ミオの目はレイナに向けられた。「証を使うときは、もっと慎重に。私たちで代替手段を作る。あなた一人に全てを任せない。」

その言葉は、仲間としての自律だった。カイは唇を噛み、鍛冶屋としての衝動と仲間へ従う判断の間で揺れたが、やがて硬く頷いた。「分かった。俺が外を固める。だが次は壊す。壊して終わりにするぞ」

三人の選択は並列に決まった。だが、レイナにはひとつの残酷な現実が残る。綴糸と証綴りが同じ根から来ているという発見は、術が制度の一部である可能性を示していた。彼女が今繰り出した救済は、制度に燃料を与えたに過ぎないのかもしれない。しかも、守るはずの者の名前が抜け落ちたという事実は、彼女自身の記憶がこの先さらに奪われるという予告でもある。

「私が……もっと覚えていられたら」レイナは小さく呟いた。言葉は自嘲に染まり、影の中で消えた。ミオは彼女の肩に手を置き、短く伝えた。「覚えていられる部分を増やす方法を探す。だがまずは真実を確かめるの。工房の内部。この記録の起点を。」

外では、偽光塔が昼間のように灯りを