声を奪う魔導士は明日を選び直す

声を奪う魔導士は明日を選び直す 第8話「第7章」

広場の石畳に、まだ暖かい血の匂いが留まっていた。硝子の匂いにも似た、鉄と油と焦げたロウソクの混じる匂い。人垣は二列に開き、半ば放心した顔と半ば興奮した顔が交差している。掲示板の前に置かれた粗末な台の上で、イルダは四つん這いに膝をついていた。背中には縛られた痕と、白い布で塞がれた深い切り傷がある。唇は震え、しかし目だけが鋭く、広場の端にいる管区長ヴァルドの浮かび上がった侍従の横顔を見据えていた。

広場の石畳に、まだ暖かい血の匂いが留まっていた。硝子の匂いにも似た、鉄と油と焦げたロウソクの混じる匂い。人垣は二列に開き、半ば放心した顔と半ば興奮した顔が交差している。掲示板の前に置かれた粗末な台の上で、イルダは四つん這いに膝をついていた。背中には縛られた痕と、白い布で塞がれた深い切り傷がある。唇は震え、しかし目だけが鋭く、広場の端にいる管区長ヴァルドの浮かび上がった侍従の横顔を見据えていた。

「言え、イルダ。今しかない」マヤが低く囁く。彼女の指先は震えていたが、口元は引き締まっている。傍らにいるロランは、片腕を包帯で巻いていた。彼の鎧は叩きつけられた跡だらけで、胸には泥と灰が混じっている。彼らがやったのだ。記録庫への侵入、取り調べ室の扉をぶち破ったのだ。だが先走った代償は既に出ていた──入口で押し倒された少年が、誰かの足に踏まれて息を引き取った。血が石畳に小さな湖を作り、子どもの瞳は空を見ていた。

「もう…ほんとうに、やるのか」セイジは自分の声が小さくなっているのを感じながら、台の前に立った。彼の胸の奥は冷たい。腕に巻いた黒い帯は、いつもより重く感じられた。帯の下には小さな切り傷があり、そこから時々、薄い光が漏れている。彼の能力は、呪いの証言を「束ねる」ことで真実を形にする──だがそれは、毎度、彼の大切な記憶をひとつずつ奪い、そして強制的な救済は呪いを増幅させる。増幅が起きるたび、誰かの声が消え、別の誰かの思い出が霧散する。

イルダは首を振るようにして顔を上げた。口を裂くようにして言った。「ヴァルドは…私たちを、産業のために黙らせた。届けた。『沈黙令』。――彼らは、声がある者を給料の代わりに集め、鉱山と工場に送った。数を埋めて、売り払ったのよ。子どもたちも、病人も。名簿には――」彼女の胸が震え、唇の端から細い光の筋がこぼれ落ちた。

その光は、まるで吐き出された絵筆のように空を裂き、掲示板へと伸びた。群衆が息を呑む。光の筋は紙や布を掠め、そこに見えないインクで記された文章や数字を浮かび上がらせる。帳面の頁がそっとめくれる音がしたように感じられ、広場の夜風がそれを撫でる。だが光はただの光ではなかった。口から出るたびに、イルダの瞳からはまた別の何かが抜かれていくようだった。

「止めろ、セイジ!」マヤの声が割れた。彼女はセイジの袖を掴んだ。セイジは自分の手の中にある微かな震えを確かめる。彼には選択肢があった。イルダの証言を、その場にいる全員の共同記憶として束ねるか、あるいは彼女の生き残るチャンスを優先して黙らせるか。束ねればヴァルドの嘘は破れ、公開された帳面は即座に市中に拡散する。だが代償は確実に来る──セイジの記憶が、また一つ消える。さらに、集団に対する強制的な救済は呪いを波状的に増幅させ、声そのものが奪われる範囲が広がる。

ロランが台に上がり、イルダの肩に手を置いた。「これでいいんだ、セイジ。命は失われたかもしれない。だが、ここで止めたら、あの子(少年)の死も、誰かがまた同じように使われるだけだ。お前の力で、止められるかもしれないんだろ?」彼の目には血の赤が残っている。怒りだけでなく、疲労と自責が混ざっている。

セイジは唇を噛んだ。胸の帯が、低くうなるような痛みを帯びる。記憶が「引かれる」感覚はいつも突然に来る。針で繰り返し刺されるような、細く深い痛みが心の縁を削っていく。彼は自分の母の顔を思い浮かべた。子供の頃に二人で見た夜店の提灯。母が差し出した小さな鈴の感触。だが記憶は、いつもより脆く感じられる。もし今束ねれば、それらの端がもつれて切れていくだろう。

イルダが再び息を吸った。光の裂け目が口元から広がり、掲示板に次々と像を投げつける。名簿。運送指示書。日付と、送り先の名前。「北道黒軸商団」「鍛冶町第二坑」「聖墳地建設局」。数字は冷たく、そこで綴られた人名はタグのように付されている。広場の人々は、それらを手に取れるかのように凝視した。やがて、帳面の頁に押された印章が、一つの大きな印影を示す──「統管府経済部」。

「嘘じゃない」誰かが言った。その一言は刃のように響き、群衆の先に控える侍従たちの間に動揺を生む。ヴァルドの側近が剣に手をかけ、顔を歪めたが、その瞬間、近くにいた老婆が喉を押さえた。声を上げようとしたのか、呻き声だけが出て、そしてそれすらも喉でつまされたかのように消えた。波紋のように周囲へ広がる──誰かの喉の奥が急に乾き、言葉が出なくなる。最初は小さな断続的な消失だった。やがて、叫びが消え、話し言葉が切断された者が増えていく。

セイジの手の中に、細い糸のようなものが見えた。イルダの吐く光は、彼の掌に絡みつく。証言を束ねるには、彼自身がその糸を結ぶ必要がある。結ぶたびに、どこかの記憶が抜け落ちる。最後に結ばれた糸は、彼の胸に深く食い込み、古い温もりを引き剥がした。彼は思わず膝を折りかけた。景色が揺れる。母の歌詞の一節が、舌の先まで出かかるのに言葉にならない。まるで手で掴む前に砂が崩れるようだ。

「やめろ!」マヤが叫んだが、その声もやがて薄れていった。彼女の目からは涙が溢れている。ロランは歯を食いしばり、拳を握る。セイジはもう後戻りはできないと感じ取った。彼の手は既に光の糸を紡ぎ、イルダの証言を共同の記憶として固め始めている。糸を結ぶごとに、掲示板の像が鮮明になった。帳面に書かれた暗号のような備考欄に、はっきりと「割当:完全沈黙」と記されている。そこには、声を奪われた者の扱い方、労働単位に換算する方法、そして沈黙者の「回収先」として宗教団体や私企業の名が列挙されていた。

束ね終えた瞬間、広場は静寂に包まれた。静寂の重さが、鼓動のように胸を叩く。だがその直後、消失は別の形で現れた。遠くの屋根から、誰かが一斉に叫んでいる声がした。だが、叫びはやがて途切れ、声のない叫びだけが夜に残った。数十人――いや、数百人の声が、一斉にどこかへ吸い込まれるように消えた。喉の奥に何かが詰まっている。振り返った人々の顔は、驚きと恐怖でひきつっていた。ある母親は赤ん坊を抱き上げ、泣き声が出ないことに気づいて顔色を失った。男が自分の名前を叫んだ。口は開いているのに、言葉は出ない。指から、透明な砂のようなものが零れ落ち、風に散っていった。

「セイジ…」マヤの声はか細く、しかし確かな怒りを帯びていた。「あなたはわかってる。これをやれば、また誰かの声が奪われる。あの子(少年)の死を、私たちはどう償うっていうの? あなたがこんなふうに、記憶を失っていくのを見て――私たちがどう言えばいいのよ!」

セイジは、自分の胸に空いた穴の場所を探した。そこには、確かに何かが欠けている。母の顔を思い出そうとしても、その額の皺がぼやける。幼い日の木の下で交わした約束が、細い紐のようにほどけていく。だが目の前には、白く浮き上がった帳面がある。そこに記された数は嘘ではない。ヴァルドの署名は実体を持ってここにある。露出された真実は、人々に選択の機会を与える種子だ。セイジはその種子を見逃すわけにはいなかった。

「増幅は止められないかもしれない」彼は声を絞り出す。「だが、ここで本当だと知るのと知らないのとでは、次が違う