記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す

記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す 第9話「第8章」

地下牢の空気は、冬の山里に似ていた。湿った鉄と煤の匂いが鼻腔を刺し、息を吸うたびに肺の奥が冷える。奥の一室で、銀色の鎖が音もなく揺れていた。揺れ、そして――その瞬間に凍りついた。風景が止まるように、時間が薄い氷膜で覆われた。

地下牢の空気は、冬の山里に似ていた。湿った鉄と煤の匂いが鼻腔を刺し、息を吸うたびに肺の奥が冷える。奥の一室で、銀色の鎖が音もなく揺れていた。揺れ、そして――その瞬間に凍りついた。風景が止まるように、時間が薄い氷膜で覆われた。

「来たか」

囚人はそれでも喋った。声は痩せて、だが確かな輪郭を持っていた。カイム。彼の頬には縄の擦れた痕、左手首には銀の輪が食い込み、そこから微かな霜が指の間にまとわりついていた。ユエンは足を止め、手袋越しに鎖の先端を見つめた。氷は鎖の表面を薄く包み、周囲の空気から温度を奪っていた。指先が触れると、冷たさが骨の芯まで届く感触があった。

「遅かったな、薬師」

ユエンは答えなかった。囚人の目を見ていた。そこには驚きでも怯えでもなく、奇妙な穏やかさがあった。仲間たちが後ろで息をひそめる。ミラは息を殺し、指先で口を押さえている。オルドは壁に寄りかかり、獲物を見る目で周囲の警備の数を数えていた。若いセアンだけは、震える声を押し殺せずにいた。

「見りゃ分かるだろ、またやらかしたよ」

カイムは肩の力を抜いて笑った。笑いは乾いていた。鎖の氷に光が走る。まるで時間そのものが凍ったかのように、室内の滴る水滴も、呼気の白い雲も、すべてが微小な止まり方をしている。ユエンはそれを見て、一度だけ心が引き裂かれるような感覚を覚えた。鎖の氷は彼女の能力の痕跡と同時に、敵が使う保存の象徴でもあった。

「ここで何を見た」

ユエンは問いを投げる。声は低く、薬師としての業務が呼吸のリズムに戻るのを感じた。だが、問いの先にあるものは単なる情報収集ではない。カイムの言葉は、ここに閉じ込められた真実を外へ出す鍵になるかもしれない。そしてその鍵を回すたび、ユエンの胸から一つ、幼い頃の記憶がこぼれ落ちる。

「…

お前らの知らない角度の話だ。こいつらはな、証言を集めるだけじゃ飽き足りねえ。証言を"凍らせ"る。跡形もなくなったはずの出来事を、形だけ残す――そうやって都合のいい真実を作るんだ」

カイムの声が砂利を噛むように響いた。ユエンは記録のために耳を澄ます。しかし、耳に入る声はときどき、遠いところで揺らぐ。彼女は以前に自分が行使した力の代償を思い出す。ある村で、救済のために真実をまとめたとき、彼女は母の笑い声を一つ忘れた。忘却は止まらなかった。代償は計算できない。数え続けた罪の一つ一つが、彼女から形を失っていく。

「鎖はそのための道具だ。銀の合金に呪縛を繋ぐ振動を封じ込め、声を『凍らせる』。証言は形を変え、だが永遠ではない。解除の際に、誰かが強制されれば、呪いの波は戻り、増幅する。無理やり口を開かせた奴らは、後でその身を蝕まれる」

セアンが顔をしかめる。「それって、救いを強制すると呪いが広がるっていうことか」

「そうだ。強制的な救済は治療にならない。回復じゃなくて伝染さ。彼らはそれで支配を維持している――声を凍らせ、解凍の権利を握る」

ミラが低く吐き捨てるように言った。「なら、ここで聞き出して世に出すべきだ。黙っておけるかっての」

「それが選択の奪い方だ」ユエンが割った。「お前はどうしても救出と同時に情報公開をしたがる。だが封鎖された証言を無理に解き放てば、呪いを撒き散らすことになる。カイム自身が話すかどうか、それを尊重するべきだ」

「尊重って――相手が罪を犯して、それでいいのか!」ミラの声が弾けた。目が鋭くなる。仲間内の静寂が一瞬裂ける。

カイムがにやりと笑った。「そういうだろうな。で、薬師はどうする? 俺を拷問にかけるのか、杖の力で口を割らせるのか、それともお前の記憶を売って情報を買うのか」

ユエンは答える前に、自分の手を見た。手の甲に小さな瘢痕がある。そこには、かつて凍らせた誰かの絶叫がこびりついているような感覚がある。力を使うたびに記憶が削られる。その代わりに集めた真実は確かに重かった。だが重さの代償が、彼女から取り去ったものを戻すわけではない。

「俺の罪を、俺が数える自由をくれ」とカイムは言った。「お前らが俺のために判断するな。公判に出て、顔の皮をはぐように語ってもいい。だがそれは俺が選ぶ罰であって、お前の能力の道具であってはならない」

その言葉に、仲間たちは沈黙した。目配せが行き交う。オルドは歯を噛む。彼は軍務出身で、効率と成果を重んじる。だが彼の瞳にも、どこか遠くを見据える光が宿っていた。セアンは震えながらも首を縦に振る。ミラは怒りを含んだままゆっくりと口を結んだ。彼らはそれぞれの価値で判断を下す瞬間に立っていた。

「お前が望むなら、公の場で自分のやったことを認めろ」とオルドが言った。「だがその場は操られている。お前が語ればそれを"凍らせ"て、また都合のいい形に変えられる可能性がある。証言は塔の庫に送られ、永久に『保存』される。そこを潰すか、あるいはお前の言葉が押し込まれる前に外へ出すか、我々は選ばなきゃならない」

カイムは顔をしかめた。「だから俺はここを出たいんだ。牢じゃなくて、選択の場へ」

ユエンの胸の中で、数えられた罪の数がまた一つ光る。彼女は手を握りしめた。力を使えば、彼女は瞬時にカイムの証言を自らの体内に取り込み、それを整えて公表することができる。だがそれは彼女自身の記憶を薄め、同時に、封鎖の仕組みを一時的に崩し、呪いを震わせるリスクを伴う。もっと恐ろしいのは、それがカイムの意思を無視することになる点だ。彼が求めるのは自らの裁きの選択だ。救済を強制することと、彼が望む自由は、根底から相反している。

「私には選べない理由がある。力を使って勝手に真実を形作るのは、救済ではなく支配だ」ユエンは静かに言った。「でも、ここで放っておくわけにもいかない。カイム、あなたは自らの言葉を世に出すことを本当に望むか?」

カイムは息を吸った。鎖の先で、氷が薄く光る。彼の指先に触れると、小さなひび割れが走るように見えた。そのひび割れは、のちに解かれるときの合図かもしれない。

「望む」と、彼は短く言った。だが続けて、驚くべきことを付け加えた。「だが、それだけじゃない。俺はこのままただ晒しものになるつもりもねえ。俺が背負っているのは俺の罪だ。だがお前たちがここからどうするかも、お前らの罪だ。救いを押し付けることは、別の誰かを不幸にする。だから俺はお前らの判断を試す。俺をここから連れ出し、公の場で自分を曝け出すか、それとも別の道を探すか。選べ。俺を救え、でもそれは俺が望むやり方でだ」

ミラの目が潤んだ。セアンは拳を握りしめる。オルドは軽く笑ってから、哀しげに首を振った。

「俺たちのやり方で救うわけにはいかない、ってのか」ミラが吐き出す。「でも、置いていくわけにもいかない。どうしろって言うんだ」

ユエンは鎖の氷を指先で撫でた。冷たさが指先から伝わり、脳の奥にいつもの鈍痛を走らせる。力を使ったときの感覚だ――他人の過去を丸ごと抱え込むような、血の味のする重み。思い出のかけらが細く崩れていく。ユエンはそのたびに、自分の中の何かを差し出してきた。だが今日、彼女は異なる決断を下した。

「私がやるのは最小限だ」ユエンは静かに宣言した。「カイムの言葉を勝手に組み替えない。あ