記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す

記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す 第21話「第19章」

地下室は冷え切っていた。煉瓦の壁に沿って並んだ棚に、薄暗い瓶が並ぶ。すべてユエンの調合した薬瓶だが、いまそこに並ぶのは保護薬の試作ロット──結晶が静かに囁くように揺れる小さなガラス球だ。灯りは少なく、唯一の明かりは瓶の内側から滲む青白い輝き。光はゆっくりと呼吸するように脈打ち、時間が引き伸ばされる錯覚を与えた。

地下室は冷え切っていた。煉瓦の壁に沿って並んだ棚に、薄暗い瓶が並ぶ。すべてユエンの調合した薬瓶だが、いまそこに並ぶのは保護薬の試作ロット──結晶が静かに囁くように揺れる小さなガラス球だ。灯りは少なく、唯一の明かりは瓶の内側から滲む青白い輝き。光はゆっくりと呼吸するように脈打ち、時間が引き伸ばされる錯覚を与えた。

「準備はできているか、カナ?」ユエンは声を落とした。手先は震えているが、表情は定まっていた。彼の前に座る女の肩には、まだ焼け跡の煤が残っている。薄茶色の髪は切られて乱れ、瞳にはぶつ切りの記憶が刺さったように鋭く光る。カナは小さく頷き、紙の包みを抱え込むように両手を握りしめた。

「行こう。静かに呼吸して」セラが近づき、カナの手を取る。セラの声は低く穏やかだが、その目は硬い。地下室の片隅にはミハルが控え、木箱には最後の高濃度保護薬が一つだけ残っている。箱の蓋はテープでぐるぐる巻かれ、端から変色した銅の匂いがした。

ユエンは瓶を取り、指先で蓋を回した。ガラスに指先を触れると、微かな冷気が掌に刺さる。保護薬は触れるだけで、記憶の温度を抑える働きをする。だが「抑える」というのは対症療法であり、永続しない。長期保存には向かないことを、誰よりも彼が知っていた。

「今回は、一度に二つ──カナの証言と、君の口述を紡ぐ。君が聞き取りをする間、僕が『結晶』に潰し込む。同時に記録として残すんだ」ユエンは説明する。声に迷いはないが、それは習慣の中の決意だった。彼が持つ技能――他者の記憶を束ね、凍結して証言として残す能力――には、明確なルールがある。多数を束ねるほど、彼自身の記憶が薄れる。救済を強制するほど、呪いは増幅する。彼はこれを“数え直す”ために使っているが、その度に、自分の棚から一つずつ思い出を取り出してきた。

カナが口を開く。声は砂を噛むように荒く、しかし途切れずに続いた。兵士の足音、炎の匂い、母が叫んだ声。ユエンは聞き取りながら短冊に要点を書き留めた。だが同時に、彼の中で別の感覚が波打つ。頭蓋の奥、冷たい水が注がれるような感触。鋭い氷片が脳のどこかに刺さり、何かが溶けて粒子になって落ちていくような痛み――それが、彼が証言を“武器”として束ねる代償だ。

「今だ」ミハルの合図で、ユエンは瓶に書かれた小さな刻印を指でなぞった。刻印は古い言葉で「守る」と刻まれているが、保護薬の効果は言葉ではない。ユエンの掌が暖かくなると、瓶の内の結晶がみるみる膨らむ。光は強くなり、空気は硝子の中へと吸い込まれるようにしぼんでいった。床の埃が舞い上がり、時間がゆっくりと動く──彼がいつも演出に用いる“スローモーション”だ。現実が引き裂かれ、記憶が氷の層とともに封じられていく。

しかし同時に、ユエンの中で確かな欠落が始まった。小さな名前、子供の笑い声、ある晩の月光――そうした些細で愛しいものが、指先から零れ落ちる砂のように消えていく。彼はそれを目で見ているように感じた。結晶の中にカナの証言と共に、自分の記憶の一片が映り込む。小さな、白い鳥が窓辺に止まった夜のことで、それは彼が守れなかった誰かの面影に似ていた。

「ユエン!」セラが短く叫ぶ。ユエンははっとして瓶から手を離した。瓶の光は瞬間的に収まったが、彼の胸に冷たい空洞ができていた。指先を噛むようにして、何かを取り戻そうとするが、そこにはもう戻らない溝だけが残る。

「大丈夫か?」ミハルが声をかける。ユエンは微笑みを作り、首を振った。だが、喉の奥には鉄の味が残る。彼は数えるように指先に触れ、自分の“数”を確かめた。記憶が一つ減った。それは値札ではない。代償は、いつだって血肉に近い。

「証言は二時間、安定する」ユエンは言った。「それで街頭で映写すれば、民衆は見る。だが──王権は『偽造』と叫ぶだろう」

地下室の空気が重くなる。セラの眉が寄る。王権側のプロパガンダ班はすぐに反撃する。彼らは先月、偽の証言をばらまき、保護薬の映像を加工して見せたばかりだ。あの映像は人々の感情を引き裂き、ユエンたちを「記憶破壊者」と呼ばせた。今回も同じ手を使われる危険があった。

「プロパガンダに備えなければならない」セラは冷静に言った。「だが私は、あの村の人々の声を先に届けたい。公の場で——選択肢を示すために」

「選択肢は必要だ。だが時間が足りない」ミハルが木箱を指さす。中の瓶は高濃度だが一つしかない。次に作るには原料の結晶が必要で、街道が封鎖されている今、それは手に入らない。

そのとき、カナがぽつりと言った。「私の前で、もう一つの声を聞かせてほしい。強い人の声を。私たちの名前を持つ人の──」

ユエンはカナの目を見た。彼女の瞳は揺れていた。彼女が言いたいのは――自分の村で何が起きたかを話すだけではない。原因となった軍の上位者の記憶、判断をまるごと引き出して証明することだった。だがそれは“武器”を二倍にすることを意味する。ユエンが束ねる真実が増えれば増えるほど、彼の記憶は削られていく。さらに問題なのは、もしその上位者が救済を拒んだ場合、彼らが強制的に記憶を削がれることで呪いは増幅するということだ。強制は禁忌であり、代償は想像を絶する。

「彼らの上の人間なら、民衆は動くかもしれない」セラが言った。「だが私は強制はしない。自分の意志で語る者を探そう。そのための時間が必要だ」

その瞬間、地下階段から足音がした。ドアの向こうで、複数の足が急ぎ足で通り過ぎる。セラは瞬時に動き、地図を集め、カナを丸めるように抱いた。ユエンは照明を落とす。ガラス球の光だけが幽かに揺れる。

「外に出るのは危険だ。だが向こうの広場で行われる祭りに、映像を流せればいい。人が集まる」ミハルの声は低い。だが彼の目つきが変わる。地下室に縛られた空気の中で、彼だけが行動の速度を持っていた。

「私、やる」突然、リクが言った。リクは普段は口数の少ない男だ。筋肉が落ち着いて、指には古い火垂るのような痕跡が残る。ユエンはリクの顔を見ると、理解が瞬時に巡った。リクはかつて王府の監視兵だった。彼が言う「やる」は、自分の記憶の一部を差し出して、証言を補強するという意味だった。

「君は王府の記録を持っている。君の証言があれば、上位者の意図が見える」セラは眉を上げた。「だがそれは、リクの中の記憶を削ることになる――」

「わかっている」リクの声は断固としていた。「あの夜の指示を僕は忘れたくない。忘れたくないから、みんなに見てほしいんだ。ユエン、やってくれ」

ユエンはリクの瞳を見ていた。そこにあったのは後悔と責任、そして自分で負うべき罪を誰かに託すわけにはいかないという強さだった。彼はそっと手を伸ばし、リクの手のひらに指を重ねた。掌から伝わる熱が、つめたい瓶の光を更に引き立てる。

「ただし、ルールを守る。強制はしない。君が自分で申し出たんだ。僕は君の意思を尊重する」ユエンは呟いた。言葉には別の重みが含まれていた。強制すると呪いが増幅する。その増幅は、強制された側だけでなく、周囲の記憶の温度をも変え、広がるように凍てつかせる。以前、ユエンは「救済」と称した行為が一つの村を真冬のような静けさに閉じ込めたことを思い出す。それは治癒