眠りを失う王子は神を告発する

眠りを失う王子は神を告発する 第24話「第22章」

朝靄が城下の路を薄く覆っていた。列は長く、灰色の影が道路を繋いでいる。行列を先導する官吏たちの革靴が石畳を刻む音。木箱が軋み、兵士が札を慎重に取り出しては配布袋に放り込む。それは小さな紙片と金属の輪が繋がった呪具──結眠符(けつみんふ)だった。触れれば眠りを奪い、民の夜を王に捧げるとされるものだ。列の顔には疲労と諦め、しかし今日はどこか固い覚悟が混じっていた。公開集会が近づいている。王権はより多くの「眠り」を集めねばならない。

朝靄が城下の路を薄く覆っていた。列は長く、灰色の影が道路を繋いでいる。行列を先導する官吏たちの革靴が石畳を刻む音。木箱が軋み、兵士が札を慎重に取り出しては配布袋に放り込む。それは小さな紙片と金属の輪が繋がった呪具──結眠符(けつみんふ)だった。触れれば眠りを奪い、民の夜を王に捧げるとされるものだ。列の顔には疲労と諦め、しかし今日はどこか固い覚悟が混じっていた。公開集会が近づいている。王権はより多くの「眠り」を集めねばならない。

屋根の陰に、アルヴェールは横たわっている。証束(しょうそく)を掌に包み込み、冷えた金属の重みを指先で確かめた。短く折り畳まれた紙片と、織り込まれた細い紐――それは彼の能力の触媒であり、同時に代償の容れ物でもある。紐に耳をあてれば、かすかな囁きが寄り集まるように聞こえた。誰かの恐怖、誰かの断末魔、生の声が全部、一本の束に縒られていく感触。使うときは、その声を「一つの真実」として公に示せる。だが、束ねるほどアルヴェール自身の記憶が薄れていく。大切なものが砂のように指の隙間から落ちることを、彼は知っている。

「行け、三隊に分かれて封鎖だ。我々は正面じゃなく、補給路を潰す」カエラが低く命じる。肩越しに見下ろすと、リサは小さくうなずいた。彼女の握る短剣の柄には、昨夜の雨が乾いた後の錆が残る。セレイドはアルヴェールの肩に片手を置き、灰色の瞳が強く揺れた。

「もし死者の声を証束で集めるなら、あの場で示すしかない」とセレイドは囁いた。「でも強制的に救済を押し付ければ、結眠符は応答する。前回と同じことになる。あのときの──」

言葉を切る。彼らは結果を知っている。アルヴェールが小規模に証束を使ったとき、救いを求める声が一斉に暴き出され、近隣で配られた結眠符の効力が波紋のように強まった。夜を奪われる者が増え、呪いは“返礼”として跳ね返ってきた。救うという行為が、見えない契約を呼び覚ます。代償は彼だけのものではなかった。

配給路の角を曲がると、薄暗がりから四つの影が躍り出した。小柄な抵抗者たちが箱を抱え込み、紐を切り裂く。始まりは静かだった──断末魔の前の静寂のように。そして次の瞬間、銃声が鳴った。兵士が押し込み、押し返す。木箱がひしゃげ、結眠符が床に散った。紙片が舞う。人々の叫びが連鎖する。

リサが飛び出した。彼女は箱に飛び掛かり、結眠符を抱えたまま後方へ転がした。鋭い金属の輪が彼女の手首に固く絡み、その瞬間薄い光が指先をなぞる。リサは呻き、膝をついた。兵士の一人が銃剣を突き出す。カエラが飛び込んでそれを庇い、刃を弾き飛ばした。二人は押し合いへし合い、砂ぼこりが飛ぶ。

アルヴェールは屋根から跳び下り、駆け出した。だが彼の足は重い。証束が胸の内で熱を帯びる。「証を束ねればいいんだ。リサの声を、証として──」セレイドの声が後ろから届く。「やめろ! 封じる代償を忘れたのか。君の記憶だけじゃない、周囲に返ってくることを!」

リサの手首に結眠符が食い込み、薄い光の筋が彼女の皮膚に這った。彼女の瞳は一瞬遠のいた。兵士が笑ったように見えた。だがリサは笑わず、喉から出たのは短い命令だった。

「このままじゃ、ここにいる人たちが──」彼女は歯噛みして、ゆっくりと足を引いた。「行けよ、アルヴェール。君の声が必要だ」

その言葉にアルヴェールは立ち止まる。声が必要――それは、民の前で真実を示せという意味だ。だが同時に、彼が束ねることで、結眠符が応答して増幅する。リサの手首から広がった光が、通りの向こうの民の肩に届く。男が急に膝を折り、遠くで子どもが眠ったまま目を開けなくなる。かすかな光の波紋が広がったのをアルヴェールは見た。

彼は証束を掌で揉んだ。紐が小さく震え、紙片の端が触れて彼の指を切った。痛みが走る。紐に寄せられる声が一斉に押し寄せ、温度を伴って胸に刺さる。幼い女の笑い、母親の祈り、誰かの最後の言葉。束ねるごとに彼の記憶の片端が冷たくなる。幼い日の母の膝の匂い、父の声が遠くなっていく。彼はそれを止めたかった。だが目の前ではリサが兵士の手に捕らわれ、肩に縄が食い込む。彼女の唇が震え、血が口端に滲む。

「アルヴェール、示してくれ。誰も黙らせてはならないと、まともな朝が来ると教えてくれ」リサの瞳はきらきらと濡れている。彼女は自分の体に刺さった結眠符を睨んだ。「それを見せれば、ここにいる人たちが選べる。俺たちだけの決めごとでなく――」

セレイドは彼の腕を引いた。指先に触れた瞬間、アルヴェールの掌から一枚の紙片が滑り出し、路面に落ちた。そこに書かれていたのは、彼が幼少期に描いた落書きの断片だった。彼はそれを認めることができなかった。記憶がただ縮み、冷たく固まり始める。証束を使えば、彼はリサたちの声を束ね、民の前で示すことができる。しかし示すとき、心のどこか重要なページが抜け落ちる。しかも相手の呪具は必ず反応し、より多くの眠りを奪う方向へ働く。

「アルヴェール、君は何のためにここにいる?」セレイドは目を見開いた。「神を告発するために。だけどその告発が誰かの選択を奪う結果になるなら、それは我々の望む形か?」

だがリサは静かに笑って、力の限りに首を振った。「俺は選ぶ余地を作りたいんだ。俺が死ぬことでひとりでも声を掴めるなら、俺はそれでいい。だが……」彼女の目がアルヴェールを捉えた。「君の記憶が消えることだけは、俺は赦せない。君の過去は、俺たちが守るべきものだ」

兵士たちが縄を引き、リサを立たせようとする。彼女はわずかに踏ん張り、片膝をついたままアルヴェールに懇願するように目を向けた。時間が引き伸ばされる。人々のざわめきが波紋のように広がり、結眠符の光が路を染める。古い時計塔の針がゆっくり進んだ。

アルヴェールは証束を握り直した。紐が刺すように冷たい。耳鳴りのような声が頭の中でまとまり、ひとつの映像を形成し始める。リサの最後の瞬間、汗と血、笑い。映像は強烈で、すべての目を集める力を持っている。もし今、あの映像を紐に縒り付けて見せれば、ここにいる人々の多くは立ち止まり、配給を拒むだろう。だがその反作用で、結眠符の発動は局所から全域へと波及する可能性がある。つまり「救い」はさらに多くの眠りを奪う手段と化す。

彼の掌の中で、証束の紐が震えた。アルヴェールは思い出す。幼い日の父が屋根裏で教えてくれた隠し歌、友人と分け合った菓子の甘さ、リサが初めて戦いで笑った顔。指先から、記憶が細い灰色の糸のように剥がれ落ちる感覚が恐ろしいほど現実的に襲ってくる。彼は拳を強く握って、痛みを噛みしめた。

「使え」カエラの声が、震えながらも決然と響いた。「だが、制御して。証を示す場所を選べ。ここで広げれば、飢えた人々が意思を奪われる。私たちは君の意志で民の選択を強制する気はない。だが、真実を見せなければ始まらないとも思う」

アルヴェールは俯いた。選択肢が二つに見えた。一方は証束を今、ここで使ってリサの声を集めること。もう一方は、リサの犠牲を受け入れ、民衆が自らの判断で何を選ぶかを尊重すること。どちらを選んでも、代償は必ずだれかの体温を奪う。どちらを選んでも、彼の胸の中には穴が開く。

遠くで、配給の列が再編される