骨に歌う孤児は最後の村を守る

骨に歌う孤児は最後の村を守る 第6話「第5章」

夜の瘴気が低く垂れこめた畦道で、レンは指先に小さな木片を転がした。端はかじられたように欠け、焦げた香りがまだ残る。消えた家族の持ち物――母の指輪ではなく、弟が最後に握っていたらしい玩具の一片だった。畦の向こうに見えるのは、村はずれの古井戸。そこから聞こえてきたという笑い声のことを、彼は少し前に聞いたばかりだ。

夜の瘴気が低く垂れこめた畦道で、レンは指先に小さな木片を転がした。端はかじられたように欠け、焦げた香りがまだ残る。消えた家族の持ち物――母の指輪ではなく、弟が最後に握っていたらしい玩具の一片だった。畦の向こうに見えるのは、村はずれの古井戸。そこから聞こえてきたという笑い声のことを、彼は少し前に聞いたばかりだ。

骨片はポケットの中で冷たく鳴る。レンは息を吸い、骨に触れた。いつもの冷たさ、そして微かな振動。骨が歌い始めるときは、必ず小さな痛みが胸に走る。声は骨そのものではなく、そこに囚われていた記憶の層を掻き鳴らす。レンは昨夜、この村の裏手で拾った鳥の羽根と一緒に骨を鳴らし、女の子の叫びを引き出した。だが引き出すたびに、一つずつ彼自身の記憶が薄れていく。

「レン、時間だ」背後でミサの声。虫の羽音よりも低い。彼女はマントを肩にまとうと、手の中の紙片を差し出した。紙には小さな名前、近隣の畑主の名簿が走り書きされている。ミサは情報網作りに余念がない。潮の匂いではなく、いつも泥と煙の匂いを探して歩く女だ。

「この玩具、井戸の側で見つかったんだ。年寄りが言うには、夜に誰かが呼ぶ声を聞いたって」レンは玩具を締め直し、骨に向けて唇を寄せた。骨片は微かに鳴る。ひとつの音が、別の音を呼ぶ。彼は集めた証言を重ね合わせる。声は合唱になる。合唱は、真実の輪郭を作る。

「やめておけ」タルクの低い声が背骨を震わせた。タルクは武装を確認するために、荒れた背中の鞘に手をかけている。鉄の匂い、油の匂い。彼は泥だらけのブーツを踏み直し、腕に浮いた傷跡を指でなぞった。「真実を持ち出すと、統御院の目が来る。あいつらは"救済"って言葉で人を縛るんだ。お前が曝せば、俺ら全員を焼き場に並べるだけだ」

「それでも、知られなきゃ救えない」レンは骨の振動に合わせて指を震わせる。合唱が膨らむ。合わさった声たちが、井戸の底の空気を攪拌する。女の子の小さな叫び、母の呆然とした息、弟の喉を詰まらせるような砂の音。レンは一つずつ拾い上げ、集約する。集約するほど、彼の中の記憶が薄れる。

最初に減ったのは、母の髪型だった。次に、弟の名前。そこにあったはずの夕暮れの匂いや、父の爪のざらつきさえ、指先でつまめなくなる。レンはそれを感じながらも、なお声を繋げる。真実が重なるほど、村の闇が透けて見える。透けた先には、統御院の服飾をまとった者たちが立ち並んでいた。黒い襟飾り、金糸の十字。彼らは証言をコピーし、帳面に刻んでゆく。刻むたびに"救済"の確定が下り、救済は呪いを生む仕組みになっている。

「やっと会えた、旅の方」土手の影から、足音の軽い女が現れた。巡礼の装束だが、布は擦り切れ、肩には刺繍ではなく手縫いの紙片が縫い込まれている。彼女は膝のところに傷跡を抱え、目が深い。レンは骨の響きを切り、彼女を見た。彼女の名はマリアと呼ばれていた。昨夜、林道で会ったときは、統御院の外にも呪いを利用する宗派があると告げていた。

「マリア。どうしてこんな所に」ミサが名を呼ぶ。マリアは手をかざし、微かな笑みを漏らす。風は音を運び、稲穂が波打つ。

「ここにいる人たちは、"選び"に縛られているの。外側と内側、同じ呪法の異なる運用よ。統御院は儀式で"名を残す"。私たちの宗派は、記憶を選ぶ――善意のためと称して、誰かの最も大事なものを差し出させる。私もやった。私は自分の子を差し出した。子供の顔は、私の中で消えた」マリアの声は砂のように乾いていた。言葉そのものが痛みを伴う。レンは骨の重さを手のひらに感じる。マリアの言葉は、自分の代償とシンクロする。

「何を差し出したんだ?」ハイネが静かに問うた。彼は統御院と交渉を試みるため、制服じみた外套を纏っている。皮の匂い、真面目な顔。彼の眉が一瞬だけ吊り上がった。統御院の言葉を覚えておく男だ。交渉は静かに骨が砕ける瞬間でもある。

「名前の半分だけを残す契約。子の存在を黙示させる代わりに、村を干ばつから守る。選択は外見上の救済を与える。けれどそれは自分の一部を払うこと。払う人は"救われる"と称して治安と秩序に組み込まれる。そこの違いは少ない」マリアが杖をつきながら、地面の石を指さした。石の端に、微かな刻印がある。古い文字だ。レンはそれを見て、骨の歌を引き締めた。

「それで、あなたはこの宗派と何の関係が?」ミサが詰め寄る。ミサは疑う目が鋭い。マリアは小さく息を吐き、夜空にうっすらと光る線を見上げた。

「私は、"救済者"として雇われていた。人々の差し出す記憶を整え、選ばれた名前を帳に写す仕事をしていた。だがある時、帳の中に自分の名を見つけた。私は自分で選んだつもりだったはずなのに、選択の側が私の選ぶ自由を奪っていたの」彼女の目が濡れる。レンは自分の胸の空白に気づく。母の笑い方を思い出そうとするが、手の中の玩具と骨だけが確かな存在だ。彼女は続けた。

「統御院も、私たちも、同じ回路を使う。痛みを秤にかけ、秤の一方に"救済"、もう一方に"忘却"を置く。誰もが選びたがるが、選べない者を作るのは制度の方だ。あなたたちはここで何をするつもり?」

レンは骨を握りしめた。合唱は再び膨らんだ。夜風が骨の歌を掻き消そうとする。だが骨は強情に鳴り、井戸の底からかすかな影が揺れた。マリアの言葉は、レンの能力の代償を制度の悪辣さと結びつけた。彼は、ただの個人的代価を払う孤児ではなく、同じやり方で人々の記憶を密かに管理する組織と対峙しているのだ。

「俺は、証言を集める」レンは答える。声は震えたが、自分で決めた言葉だった。「でも、そのために失いたくないものも、もう決まっている」

「何を失った?」タルクが吐き捨てるように言う。夜は切迫する。谷間からは遠く、統御院の角笛の音が聞こえてはこないが、彼らは敏感になっていた。村を守るために、仲間はそれぞれの準備を進めていた。ミサは情報網を張り巡らせ、タルクは武器を整え、ハイネは統御院に会うと言っていた。レンの心は、骨の歌と引き換えに消える何かで満たされていた。

マリアは帽子のつばに手を置き、ひとつの封印された布切れを取り出した。それは小さな包みで、紙縒りが何度も巻かれている。彼女はそれをレンに差し出した。「これ、あなたの家族のどこかで拾ったものよ。統御院の運用記録の断片。彼らが"救済"を記すために使う帳のコピーの一部だ。全部ではない。だが、見ればわかる。帳の中には、消された名前と、消した人々の記憶を引き継ぐ者の欄がある」

レンは包みを開けた。中には黒インクで書かれた欄と、小さな刻印。刻印は、見覚えがあった。彼はそれを見て、薄れた記憶の中に残る父の掌を思い出しかけた。指先が痺れる。包みは薄いが、重みがある。マリアの手が震えている。

「帳を出すなら、場所がいる。統御院の中枢、"名の塔"にある。だが塔は、救済を受けた者たちの守り手によって護られている。そこに近づくと、呪いが放射される。呪いは思い出を溶かし、代わりに秩序を埋め込む。帳を暴けば、あなたはもっと多くを失うだろう」マリアの目が鋭くなる。「あなたが真実を武器にするほど、呪いは強くなる。救済を強制する行為は、呪いを増幅するの。わかる?」

レンは紙片を折りたたん